後編
大浴場で一通り身体を洗った後、露天風呂に向かう。
空は太陽が西に向かいかけている。旅館は高台にあるので海は遠目に見えた。朝ならもっときれいな風景が見えるかもしれない。
青紅葉も夕日で赤く染まっていく。
紅葉の巨木の脇に岩で囲まれた露天風呂に身体を滑り込ませた。湯の成分かそれとも長年の使用で摩耗したのか肌に触れる感触はつるりとしている。
上を見上げれば紅葉の大枝が空を覆う。
お湯の温度はやや温め。ゆっくりと入れる。
紅葉の木はライトアップされている。私はぼんやりとその枝を眺めていた。
紅葉の隙間からそろそろ星が見えだしてくる。もうしばらくしたら部屋に夕食が運ばれてくるだろうか。
今日はゆっくりして明日は近辺を観光して職場と家族に土産を買いに行くことにしようなどとこれからのスケジュールを考えていた。
そして再び目を伏せる。
湯に紅葉が映りこんでいた。まるで昼間の池のように紅葉の枝の中に今度は鯉の代わりに私がすっぽりと入り込んでいるようだ。
そして、枝の隙間を泳ぐものがあった。
それは白一色。私が目を細めて観察するとそれは白い手だった。
何かを探すように、すがるように手だけが蠢いている。
ふと石碑にきざまれた温泉の由来を思い出した。
江戸時代にこの辺りで地震が起きた。その地震で出来た地割れからお湯が沸いたのだそうだ。
温泉と地震は同じプレートテクトニクスの産物なので地震で温泉が湧くというのはなくもないことなのだろう。
その温泉で傷ついたものは傷を癒し命をつなぎとめたという由来。
ここに漂っているのは命をつなぎ留められなかった人たちのものなのか。
地震が起きた元凶を恨んでなのか、それともこの湯に触れて生き延びたいというむなしい望みゆえなのか、手は湯の中をさまよいたゆたう。
ゆらゆらと揺れる白い手。風が紅葉を揺らす。それに合わせて手は揺れ続ける。
紅葉




