カノン
「あんた大丈夫だったの?」
真依が言った。お昼休みにお弁当を食べているときに。昨日の六限目のことがどんな風に伝わっているのかわからなくてカノンはどう答えようか迷った。
「今日のあんたなんか殺伐としてるし。なんていうか、オーラが黒い」
「そうかな?」
自分ではいつもとそんなに変わらないきがしていたけれど。
「ちょっといろいろあって」
「バカ兄貴のこと?」
カノンは少し驚いたあとで首を振った。
家族のことを積極的に話したことはなかったと思っていたのに、真依の口から兄のことが出たことが意外だった。そのことを言う。
「え。あんた気づいてなかったの? 特にお母さんとお兄さんのこと話すときのあんた、なんか黒いよ。カノンってバカ嫌いでしょ」
内心でどきりとしたカノンが反論するよりも先に美紀が「わかるぅ!」と言った。
「ときどきカノンがあたしを見る目がこわいの」
冗談めかした言い方だった。
少し遠くで吉崎くんがこっちを見て頷いた。
西宮くんに向けて「こないだ体操着渡されたときの小島の目つきがさぁ……俺、心臓とまるかと思った……」とぼやいている。
カノンが思っていたよりもずっと見透かされていた。見透かされた上で、見逃してもらっていた。カノンは思わず笑ってしまった。もちろんここでカノンがもしも「そう。私、バカが嫌いなんだ!」なんてことを口走れば、二人はカノンのことを愚か者を見る目をしてカノンを見限り、去っていくだろう。世界はそこまで寛容ではない。でもカノンの真っ黒さをいちいち咎めるほど狭量でもなかった。きっと美紀や真依にだってカノンに話せない「真っ黒」な部分があるのだ。カノンは少しだけ自分を許してあげれる気分になった。大丈夫だよとやさしく手を添えられた気持ちになった。
きっと自分はこんな風に、誰かに自分を許されて快い気持ちになったり、誰かの心無い言葉に気分がざらついたりを繰り返して生きるのだろう。銃弾が自分のこめかみを撃ち抜く日まで。
学校が終わり、塾で綾香にそんな話をした。名前の通りに生きるのだと。
綾香は「呆れた! あんた、自分の名前の由来も知らないわけ」と言った。
塾終わりにカノンの手を引いて「ついてきなさい」と言って、自分の家まで連れて行った。人気のない家にあがらせてもらい、なんだかよくわからないまま綾香が自室で、ヴァイオリンを取り出すのをぼんやりと見ていた。綾香が弦を構えた。
「パッヘルベルのカノン、弾きまーす!」
曲が終わってから、「ねえ奏音。カノンは、規律って意味だよ」と教えてくれた。
「だから警察官になるってのは、いいと思うよ。ぴったりくる。でもアホなことするためになるのはやめな。ダサいよ!」
おわり




