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3話

 知らない天井。無機質な照明。見覚えのない色のベッドに、横たわっている。俺は、どうなった?

「お目覚めですかーい」

声の方向に目を向けると、妙に見覚えのある姿が椅子に座っていた。

ああ、こいつ、昨日俺の前に現れた人だ。

昨日は意識が朦朧としてよく見えなかったが、そいつは少し銀色寄りの黒い髪をし、俺より少し高い程の背丈をしている。

「…誰だ」

「ひっでぇなあ、育ちが悪いのかな。命の恩人を前に、開口一番にそんなこと言うのかよ」

「だがまあ、自己紹介くらいはしたろうかな?」

随分と軽い口調。男は椅子を後ろ脚だけで揺らしながら、こちらを見る。

「特異災害対策総局第二班所属、瀬名 迅。あんたの命の恩人の名だ、覚えておけよ」

特異災害対策…なんだって?

「お前は、この前襲ってきた男と同類か?」

「一緒にすんなよ、あいつらとな」

表情ひとつ変えず、言う。

「命の恩人…そうだ、昨日のあの化け物はどうなったんだ」

「昨日?不思議なことを言うもんだな。あんた、丸三日ぐっすりだったぞ」

三日…だと…?驚きを、隠せない。それほどまで疲弊していたのか?

「安心しろ。学校には、すでに連絡を入れておいてある。そんで、あんたの身体も無事だ。頭も、… まあ今のとこ はな」

一拍置いて、男が言う。

「そんであんた…俺"ら"についていくか、一人で突き進むか…どっちがいい?」

何?こいつは今、なんて言った?俺に…

「俺をどうする気だ」

「質問に答えろよ」

「…」

「だがまあ、そうだな」

「まずは、説明でもするか」

男…瀬名の持っている小さめのバッグから、ホワイトボードであろう物が出てきた。

「まず、先日あんた襲ってきた化け物は俺らの間では一般的に歪体と呼ばれるものだ。

 知性のあるやつ、ないやつ。人間に異常に似ているやつ、あんま似てないやつ。そして…

 強いやつ、弱いやつ。まあ、俗に言うピンキリだ。」

「歪体ってのは三種類いる。

 そのうちの一体は、祈歪と呼ばれるもので、名前の通り歪んだ祈りだ。

 あんたを先日襲ったやつと同種だな」

瀬名はホワイトボードに、雑に円を描く。その中に、小さな点。

「人間の願い。怒り。後悔。諦め。そういうもんが、溜まって溜まって、どっかで破裂する。

 そして、形をもつ。」

円の外に、滲むような線を書き足す。

なるほどな。詰まるところ…

「三日前のは、誰かの願いってことか」

「正解。理解が早いな。だが問題は、そこじゃない」

ペンを止める。部屋の空気が止まる。

「ただの誰かの願いってンなら、あそこまで強くなりゃあしねえ。確かにごく稀に突然変異ってもんはいるがな、 アレはそういう感じじゃなかった」

「あんたに反応したんだよ」

「…何?」

こいつは、俺のせいだって言いたいのか?

「勘違いしているようだからいうが、時間が経てばああなっていた。

 …あんたは歪体の成長を、爆発的に促進したんだ」

「結局、俺のせいじゃねえか」

「落ち着けよ。俺は誰のせいだって揉める小学生の喧嘩をしにきた訳じゃないぜ」

瀬名は、再びホワイトボードに描き始める。

「異常なのは、あの歪体じゃねえ。あんただ」

「俺…だと?」

俺が、異常?本当に俺は…何に成ってしまったんだ。

「歪体の成長の促進自体は、割とよくあることだ。問題なのはその次…

 成長剤にされた側は、力の制御が困難になり…最悪暴発して死ぬ」

「?!」

死…だと…?!

喉が勝手に震える。瀬名は、目を逸らさない。

「どうだ、自分の置かれてる状況が少しは理解できたか。じゃあ選択肢を与えよう。」

瀬名は指を二本立てる。

「一つ、俺らの管理下に入る。訓練を受けて、力の扱いを覚える。暴走した時にゃ、俺が止める。

 二つ、ここを出る。普通に戻る。学校行って、テスト受けて、恋でもして生きろ」

普通に戻る、か。

俺は、ただの高校生だ。そのじじつはこの先も変わらないし、変えたくない。

普通に生きて、普通に働いて、普通に死ぬ。それだけで、よかったのに。

つまらない人生?願ったり叶ったり、じゃねぇか。

そう思っていたはずだ、数日前までは。

あの力を使ってから、俺の人生にほんの僅かの、色がついたのだと思う。

灰色の世界に、一つの輝きを見つけた。

「…普通に戻る、って」

自分でも情けないくらい、声が掠れている。

「表向きはな。戸籍も学校もそのままだ。なんてったって俺らは政府公認の組織だからな、そういう のは裏で処理する」

「…そうか」

「一つ、聞いていいか」

瀬名が俺の言葉に反応する。

「どうして、俺なんだ。どうして俺は…」

俺は、疑問で仕方がなかった。なんの変哲もない人間だったはずの俺に、次々とこんな事件が起こってゆくのに。

「さあな」

「まだまだ謎の多いものだからな、この世界は。完全に理解することなんてできやしない」

謎、と来たか。ならば…

「加えて一つ…俺みたいなのは、他にもいるのか」

瀬名の視線が止まる。表情が、重くなる。

「いる。それも山ほどな。あんたみたいに適応できたやつは、極めて稀な場合だ」

「…」

「暴発して街一つ吹き飛ばしかけたケースもある」

さっきまでの軽々しい雰囲気の瀬名は、いなくなっていた。

刺さるような視線が、痛い。


 無機質な天井を見る。

普通に戻れるかもしれない。

でも。

またどこかで、俺みたいなやつが何も知らないまま死ぬかもしれない。

助けるのが遅れて関係ない人の命が奪われるかもしれない。

その時に、俺は何も知らなかった顔で日常を生きてられるのか。

胸の奥が、じわりと熱を持つのを感じる。

恐怖じゃない。逃げたい衝動でもない。

「…訓練を受ける」

瀬名の口角が、僅かに上がった気がした。

「生き残りたいからじゃねぇ」

「俺は…選ぶ側に立つ」

沈黙。

瀬名は、じっと俺を見つめている。値踏みするようでもなく。試すようでもなく。

ただ、確かめるように。

「覚悟が半端だと、すぐ崩れるぜ」

「わかってる」

本当は、わかってなんかいねえよ。崩れる感覚も、死ぬ瞬間も。…それでも。

「知らねえまま終わるのが、嫌なんだ」

瀬名の目が、揺れる。

「そうか」

その言葉には重みがあった。

「じゃあ一つだけ言っとくが、」

瀬名の視線が逸れる。

「助けられない命は、必ず出る。それでも…選べるか」

これは確認だ。覚悟の再確認。

目を閉じる。浮かぶのは、まだ見ぬ誰か。助けられないかもしれない未来。それでも。

「…それでもだ」

目を開ける。明るい光が、目に差し込む。

「それでも俺は、人間を見限らねぇよ」

「…めんどくせぇ奴だな」

その声色には、ほんの僅かな安堵が混ざっていた。


 「…ま!そう答えると信じてたよ」

先ほどと比べ随分と軽い表情を浮かべる瀬名。だが、その目の奥の硬さは消えていない。

「人間を見限らねえ、か。随分と大層なこと言うもんだな。あとで後悔しても知らねえぞ?」

「しねぇよ」

即答できたのは、強がりだ。本当は、怖い。それでも。

「じゃ、もう転校とかの手続きとかは済ましておいてるからな。お前は今日から、観測対象兼訓練生 だ」

…ん?何か今、変なこと言わなかったか?転校???

「何驚いてんだ、当たり前だろう。この選択をしたのはお前だぞ」

「待て待て待て」

ベッドから身を乗り出す。

「転校ってどういう意味だ」

瀬名は指を折りながら数える。

「機密保持。安全管理。ついでに訓練効率」

「ついでで人生変えんな」

「お前も、特に未練とかないだろ?住まいとかも全部こっちで準備しているからな」

…。未練がない、訳じゃない。けど、それを口にするほど子供でもない。

「ま、安心しろよ。新しく行くところは、お前みたいなやつばっかのとこだ。身体が回復したら楽し みにしてろよ?」

立ち上がり、指を刺しながら瀬名は言う。

「三日も寝てたんだ。今日はもう休め。明日から地獄だ」

「地獄、ね」

俺はもう一度、天井を見る。

さっきと同じ天井のはずなのに、少しだけ色が違って見えた。






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