丸山父と大曲さん
丸山長官から呼び出される時はいつも緊張する。
寿司屋の個室でそわそわと身体を揺らしていると「こんばんわ」と長官が現れる。
「お疲れ様です!」
反射的に立ち上がって深く頭を下げると「肩肘張らずに座ってくれて良いよ」と声を返してくる。
この還暦間際にしては小綺麗な雰囲気の男性こそが丸山長官、丸山莉乃の父である。
「失礼します」
「大曲くん、莉乃の様子はどうだい?」
「しっかりやってくれてますよ」
父親として末娘の様子を聞きたいから、と言われてもどうにもお高い寿司屋の個室は不慣れで落ち着かない。
「具体的には?」
「少なくともその日までに済ませないといけない仕事が終わるまではちゃんと付き合ってくれますし、あと彼女はあの辺の事情に詳しいので細かいところで助けてくれてますね」
「役に立ててるかい?」
「ええ、新人故の不慣れさなどはありますが言語・文化面の知識量はうちでは一番かと」
お寿司を摘みながら近況を伝えると、丸山長官は楽しそうに聴きながら日本酒をちびりと呑んでいる。
「そういえば、直接娘さんから聞いたりはしないんですか?」
「あの子は聞けば答えてくれるんだが長話になると面倒くさいって嫌がるんだよ」
「うちの娘もそんな感じでしたねえ」
田舎に残した妻と娘のことを思い出して頷くが、よく考えたらうちの娘より丸山さん(娘の方)が年上だったことを思い出した。
「大曲くんのところは娘さんと息子さんがいるんだったか?」
「はい、倅が東京の大学に居るもんですからこの東京赴任を期にデカい家を借りて一緒に住んでおります。まあ倅は一人の気楽さがなくなったとぼやいてますが、私としては不慣れな東京に一人でいるよりはずっと気楽ですし助かってますがね」
そう言えば息子は今日は大学のサークルで飲み会で遅くなると言ってたし、今日中に帰って来るならここの寿司の残りを詰めてもらうか?と考えてしまう。
「そうかそうか、せっかくだし君も土産に折り詰めを持ってくと良い」
「わざわざそんなこと!」
「いいさ。わたしはここに来るときは必ずカミさんの分も買わないといけなくてね、ついでに一つ増える程度なら大した違いはないさ」
丸山家の夫婦事情が垣間見たが、少し悩んでから「では、ご馳走になります」と軽く頭を下げた。
「うちのが役立てるように育ててくれているんだ、そのお礼だと思ってくれれば良い」
「……丸山長官は娘さんのこと大事なんですねえ」
「そうだねえ。莉乃は上2人と違って昔から出来があまり宜しくなくて色々と手のかかる子だったから、どうにも可愛いのさ」
「手のかかる子ほど可愛いと言いますもんねえ」
「うちのカミさんと同じこと言うね、本当になかなか子育てってのは上手くいかないもんだ」
ハハハと笑いつつ酒を酌み交わしていると、この人もただの父なのだと分かる。
一人の父として娘を案じているのなら、こうして飲みに付き合うのもやぶさかではない気がした。
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翌日。
「父親と赤坂の寿司屋行きました?」
寿司屋のカードを手渡しながら丸山くん(娘の方)が聞いてきた。
どうやら先ほど落としたカードを拾ってくれたらしいが、なぜか背筋がヒヤッとする。
「あー……うん」
「だと思った。あのクソ親父なんか言ってました?」
「可愛い娘がちゃんとやれてるのが聞きたがってたよ」
「可愛い娘ねぇ……不出来なクソガキとしか思って無さそうですけど」
「そこまでは言ってないよ」
その瞬間、丸山くんの表情が不機嫌からブチギレ5秒前まで悪化した。
「つまり出来が悪いとは言ってたんですね?」
「あー……ハイ」
ここで嘘をついても仕方ないので肯定すると、不機嫌さ丸出しの舌打ちを打った。
「そういうとこなんだよな」
つまりは、彼女は父親から出来が悪いと語っているのが嫌で嫌でたまらないらしい。
(長官が嫌われてる理由そこかぁ……)
丸山長官はある種の謙遜も兼ねてそう言ってるのかもしれないが、娘である彼女からしたら兄姉と比べられているようで不愉快さが先に立つのかもしれない。
両親から不出来な娘として期待されないでいるのが嫌だと言う、ある種の複雑な心理が彼女の中にとぐろを巻いてるのだろうか。
(特に丸山長官の息子さんは起業家として有名になったし、余計にそういう心理が働くのかもなぁ)
「でも僕は君のことを不出来だとは思ってないよ」
「お世辞を言っても何も出ませんよ」
「本心だよ。実際ここの中じゃ君が一番あちらの事に通じてるから、色々助けてもらってるしね」
本心から思っている事をそう伝えてみると、彼女はしばらく押し黙って疑うように僕の顔を見た。
「この間も三角さんの書類の翻訳手伝ってくれたでしょう?あれ、すごく助かったって言ってたよ」
「そりゃ仕事ですし」
「うちでちゃんと君は役に立ててるよ」
彼女の胡乱げな眼差しはしばらく続きそうだ。




