『魔界出発』
魔界に到着してから、3日が経過した。
魔王城の食堂で美味しい朝食を取ったヒカリとミレイアは、人間界に行くために荷物の整理をしていた。
城塞都市ノクターニアには多くの店があり、旅に必要な道具は全て揃えることができた。
もちろんお金を持たないので、終焉ノ島で手に入れた素材を売却している。
禁足地に指定されている終焉ノ島で手に入る素材はどれも超レアで、驚きのあまり魔界の素材屋は白目を剥いていた。
特に高額だったのは、ミラージュウルフの虹眼とクリスタルゴーレムのコア。
ミラージュウルフの虹眼は、死んでさえいなければどんな重症すらも治してしまうギガポーションの材料で、高純度の魔力結晶であるクリスタルゴーレムのコアは魔力兵器のエネルギー源として使われており半永久的な供給を可能とする。
素材を売却して得られたのは、世界共通の白金貨250枚。
日本円換算で約2500万円相当。
国家が動くほどの価値であるため、人間界に持ち込んでしまえば盗品扱いされるだけでなく命を狙われてしまうだろう。
シルヴェリアからのアドバイスで数カ月分の生活費を財布に入れて、残りは魔王城の金庫に預けることにした。世界で一番安全である。
「ふう、これだけあれば1週間は問題ないね」
「うん」
パチッと音を立て、リュックのボタンを留めるミレイアとヒカリ。
1週間分の道具を買い揃えている。
ミュエルの空間転移で送り届けてはもらえるが、人間界と魔界の境界に広がる森林まで。
森林を出て、数分歩くと監視所がある。
監視所には魔力結界が張り巡らされており、魔族が接近するとガーディアンが起動して襲い掛かってくる。
駐在兵は配置されていない。
理由は単純で、監視対象が一般兵で対処できるレベルではないから。
駐在兵を置くということは、怒り狂ったドラゴンの前に生まれたての赤子を放り投げるようなものである。
「2人とも、準備はできたか?」
荷物の準備が完了すると同時、コンコンというノックの音。
扉を開けて入ってきたのは、シルヴェリアだった。
「うん」
「ばっちりだよ」
ヒカリとミレイアを一瞥すると、シルヴェリアはこくりと頷く。
「では、見送りだ。皆が待っているぞ」
シルヴェリアに連れられて――
魔王城の中庭に行くと、そこにはアルラを除いた魔王軍四天王たちが待っていた。
「ヒカリ、本当に行ってしまうんだね。寂しくはないか、ボクも付いていこうか」
「アンタが一緒にいたらガーディアンに即バレよ。あと、勇者が動き出しているみたいだから戦力低下はマズいわ」
「レヴィアの言う通り、今戦力を分散させるのは避けたい。現代の勇者は1万年前と同じで聖剣ヴェルデグラディウムに選ばれている。貴様なら理解できるだろう、ルフィン?」
「魔王様の生死は我々次第か」
聖剣ヴェルデグラディウムに選ばれた勇者は、シルヴェリアと互角の強さを持つことになる。
1万年前の勇者がそうであったように。
「ヒカリ、これを持っていけ」
シルヴェリアはヒカリの前に立つと、そっと手袋を差し出した。
黒い布手袋。
手首には控えめなフリルがあしらわれ、可愛さと品の良さが同居している。
だが、それ以上に目を引いたのは、布そのものの質感。
「綺麗な手袋……シ、シルヴェリア、さん……これ、は?」
「ワタシ特製の手袋だ。それを着けてさえいればミレイア以外にも触れられる。余程のことが無いかぎり破れることはないから安心しろ」
「シ、シルヴェリア、さん……!!」
嬉しさのあまり、涙を浮かべるヒカリ。
「ふふ、着けてみろ」
「う、うんっ……!!」
シルヴェリアに促され、ヒカリは右手から手袋を着ける。
すっと抵抗なく指が収まった。
「どうだ」
「安心する……」
違和感は無い。
締め付けも重さも感じない。
むしろ手袋をしていない時よりも手の輪郭がはっきりする。
「肌触りも良く1日中着けていても蒸れることはない。ワタシの最高傑作だ」
「ありがとう……」
「失くしたらお尻ぺんぺんだからな」
「うん、大切にする……!!」
左手にも手袋を着けて、手を閉じたり開いたりする。
「ミレイア以外と会う時は必ず着けていろ。如何なる理由があっても絶対に外すな。それは貴様が人間界で生きるための境界だからな」
「……うん」
シルヴェリアに真剣な表情で言われ、ヒカリはこくりと頷く。
「後は……先ほども話題として出てきたが、勇者には気を付けろ。表舞台には顔を出さないせいで容姿はワタシも知らないが、これだけは分かっている。聖剣ヴェルデグラディウムに選ばれた勇者は魔力を持たない」
「魔力を持たない、か」
「ミレイア、勇者には近づくな。剣を抜かせるな。万が一剣が抜かれた場合は全力で逃げろ。あの聖剣はとにかくヤバい。戦おうなんて考えるなよ」
「……わかった」
ヒカリに傷を負わせることのできるシルヴェリアがここまで恐れる勇者。
戦闘厳禁、逃亡推奨、まさかシルヴェリアの口からそのような言葉が出てくるとは。
ごくりと唾を飲むヒカリとミレイア。
「では、行ってこい」
「「ありがとう!!」」
小さく手を振るシルヴェリアに、笑顔でお礼を言うヒカリとミレイア。
「ミュエル、2人のことは頼んだわよ」
「うん、まかせて」
「やはりボクも……」
「ダメって言ったじゃない」
「うう……」
付いて行きたい気持ちを抑えきれず無意識のうちに身体が動いてしまうルフィンの腕を、レヴィアはガシッと掴んで逃がさない。
「それじゃあ、行こっか」
「うん」
ミレイアは軽くジャンプしてリュックの紐の位置を整えると、ヒカリの手を握る。
「じゅんびおっけーみたいだね。それじゃあ、てんいする!!」
ミュエルが空間魔法を唱えた瞬間、ヒカリとミレイアを青紫色の魔法陣が包み込む。
シルヴェリアと魔王軍四天王たちに見送られながら、ヒカリとミレイアは人間界へと転移するのだった。




