第24話 とある魔物の目覚め
すいません!
ちょっと多忙なのと、かなりの難産でした!
よろしくお願いします!
――【海魂の冥穴】最深部。
深い、どこまでも暗い海の底。
光すら届かない深海のさらに奥で、それは眠っていた。
遥か昔から、長い眠りについていた存在。
何故、今になって目を覚ましたのか。
冒険者たちがダンジョンへ侵入したから――という単純な話ではない。
ただし、冒険者たちの存在が無関係だったわけでもなかった。
問題は、彼らがこのダンジョンで何をしたのか。
正確には――何を倒したのか。
この封印を維持するための鍵。
それは、六体のサハギン・ロードだった。
遥か昔、何者かによって封印されたこの存在は、六体のサハギン・ロードの命を鍵として、深海の底へ閉じ込められていた。
ところが、つい先ほど、その鍵が失われた。
六体すべてのサハギン・ロードが、冒険者たちによって討ち取られたのだ。
「……ギャ?」
長い眠りから目覚めた存在は、ゆっくりと目を開いた。
何が起こったのか。
自分は何故、ここにいるのか。
断片的に残された記憶を辿りながら、少しずつ過去を思い出していく。
かつて、世界中の海を我が物顔で泳ぎ回り、好き勝手に暴れ、数え切れないほどの被害をもたらしたこと。
やがて、自らを遥かに上回る力を持つ存在と遭遇したこと。
『統治者』の一人。
海を支配する覇者――『ヴァイスポセイドン』。
その圧倒的な力に屈し、その配下となった。
そして、主の命によって、とある存在と戦った。
結果は――敗北。
その戦いを最後に、深海へと封じられた。
それから、どれほどの年月が過ぎたのか。
今、ようやく封印が解かれた。
「……ギャ……」
記憶を辿り終えた存在は、口元を歪める。
「ギャギャギャギャギャ!」
醜い笑い声が、深海へ響き渡った。
身体をゆっくりと動かす。
海底へ沈んでいた巨体が、次第に速度を増していく。
目指す場所は、海の外。
遥か昔に閉じ込められた存在が、再び外の世界へ飛び出そうとしていた。
Sランクダンジョン――【海魂の冥穴】。
その最深部に封じられていたものこそ。
このダンジョンにおける、真の脅威だった。
その名は――【邪海龍、アドランティカ】
◆
「……あの、本当にありがとうございました」
「はい! 無事で良かったです!」
死ぬ思いで戦い続けたサハギン・ロードとの戦闘。
それを終わらせたのは、俺ではなかった。
アイリーンさんが、あっという間に片付けてしまったのだ。
しかも、あれだけの大魔法を連発した直後だというのに、本人は息一つ乱していない。
「……」
いや、もう慣れてきたつもりではある。
アイリーンさんが規格外に強いことなんて、今さら驚くようなことじゃない。
それでも、こういう時に感じる無力感は、やっぱり凄い。
超級職『配信王』になった。
最高位神器――グランドレガリア【七星剣・セプテントリオン】も手に入れた。
以前の俺とは比べものにならないほど強くなった。
それでも、アイリーンさんとの距離は、まだまだ遠い。
焦りを感じないと言えば嘘になる。
だけど――
「……よし」
俺は小さく呟いた。
今の自分にできることは、一歩ずつ前へ進むことだけだ。
いきなりアイリーンさんと肩を並べられるようになるわけじゃない。
だったら、今日より明日。
明日より、その先。
一歩ずつ強くなっていけばいい。
その先にはきっと、アイリーンさんの隣で対等に戦える未来がある。
そう信じて、ひたすら努力する。
それでいい。
「ん? 何か言いました?」
「え?」
アイリーンさんが不思議そうにこちらを見る。
「い、いえ! 何でもないですよ!」
「ふーん……変なハヤトさんですね」
「そ、そうですかね?」
自分に気合を入れるために呟いただけなのに、しっかり聞かれていたらしい。
顔が妙に熱い、変な汗まで出てくる。
……恥ずかしい。
「そういえば」
アイリーンさんが何かを思い出したように口を開く。
「あっ、そうだ。ハヤトさんが助けた三人組なんですけど、無事にダンジョンから脱出できましたよ」
「本当ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に引っ掛かっていたものが一気に消えた。
「はい。目の前で転移の巻物を使って脱出していったので、間違いありません」
「そっか……良かったぁ」
サハギン・ロードと戦っている間も、ずっと気になっていた。
俺が戦っている間に、あの三人に何かあったら。
そんな考えが頭から離れなかった。
「それと、ハヤトさんにお礼を伝えてほしいって言ってましたよ」
「そうですか……」
自然と笑みがこぼれる。
「……はぁ。安心した」
これで、心残りはない。
「よし」
俺は改めてセプテントリオンを握り直した。
「じゃあ、後はこのダンジョンを踏破するだけですね」
「そうですね!」
アイリーンさんも笑顔で頷く。
サハギン・ロードは確かに強敵だった。
けれど、あいつらは、ダンジョンボスではなかった。
つまり、この先には、さらに強大な存在が待ち構えている可能性が高い。
「それじゃあ、先に進みましょうか」
「はい!」
二人で歩き出す。
まだ見ぬダンジョンの最深部へ。
俺たちは、【海魂の冥穴】のさらに奥へと進んでいった。
◆
同じ頃、この世界のどこにも存在しない、とある異空間。
そこには、小窓ほどの大きさをした空間の裂け目が浮かんでいた。
映し出されているのは、【海魂の冥穴】
その光景を二人の人物が見つめている。
「……リゼル様。気付いておられますか?」
「ええ」
リゼルは静かに頷いた。
「大昔に私が滅ぼしたはずの魔物が……解き放たれましたね」
「まさか、あの魔物がSランクダンジョンのボスとして設置されているとは……」
アベルの表情には驚きが浮かんでいる。
「はい。私も、そこまでは読めませんでした」
リゼルは映像を見つめたまま、僅かに目を細める。
「悔しいですが……完全に裏を取られた形になりますね」
「しかし、何故サハギン・ロードのような魔物が封印の鍵に?」
「……」
アベルの疑問に、リゼルは少しだけ考え込む。
やがて、静かに口を開いた。
「恐らくは、私たちの介入を防ぐためでしょう」
「介入を……?」
「ええ」
リゼルは空間の裂け目へ視線を向ける。
「私たちの力は、ダンジョン内部にまで届きません。ですから、あの魔物がSランクダンジョンの内部で復活した時点では、私たちが直接手を出すことはできない」
「なるほど……」
「それだけではありません」
リゼルの声が、僅かに低くなる。
「有力な冒険者を排除するためでしょう」
「冒険者の排除……」
「六体ものサハギン・ロードを倒せる人間は、そう多くありません」
その言葉に、アベルも状況を理解し始める。
「つまり……」
「ええ。六体のサハギン・ロードを倒せるほどの実力者を、ダンジョンボスとの戦いへ誘導する」
「そんな回りくどいことを……」
「忘れましたか?」
リゼルが静かに問い掛ける。
「かの者たちの目的は、ダンジョンの維持と創造です」
「……」
「そして、その最大の障害となるのが――冒険者です」
アベルの表情が強張った。
「では、今回の狙いは……」
「冒険者」
リゼルは即答した。
「中でも今回は、Sランク冒険者……アイリーン・スカーレットを排除することが目的だと考えるべきでしょう」
「……!」
アベルの顔から血の気が引く。
「しかし……あの『紅蓮の魔女』ですよ!?」
思わず声が大きくなる。
「人間の中でも最高峰の実力者です。しかも、私たちが用意した復活の玉や転移の巻物、セーブポイントまである。あれほどの冒険者が、簡単に命を落とすとは思えません」
「……ええ」
リゼルも否定しなかった。
「あなたの言う通りです」
アイリーン・スカーレット。
最高位神器――グランドレガリアを身に纏い、圧倒的な戦闘力を誇るSランク冒険者。
たとえ強大なダンジョンボスと遭遇したとしても、そう簡単に敗北するとは考えにくい。
それはリゼル自身も理解している。
それでも、胸の奥に、拭いきれない不安があった。
「ですが……今回の件は、あまりにも用意周到です」
「……」
「私たちが倒したはずの魔物を、わざわざダンジョン内部へ封印していた」
リゼルは一つずつ、状況を整理する。
「その封印を解く鍵として六体のサハギン・ロードを配置した」
「……」
「そして、そのダンジョンを……このタイミングで出現させた」
そこまで口にしたところで、リゼルは一度言葉を止めた。
「偶然だとは思えません」
「つまり……」
「ええ。あのダンジョンに侵入してくる冒険者を確実に仕留めるための、何らかの対策まで用意されていてもおかしくありません」
アベルは息を呑んだ。
「そ、そんなことが……」
「できますよ」
リゼルは静かに答えた。
「あの魔物は、『統治者』の一人……『ヴァイスポセイドン』の配下です」
その名を聞いた瞬間、アベルの表情が明らかに強張る。
海を支配する『統治者』。
その配下が、今回のダンジョンに封じられていた。
偶然であるはずがない。
「……彼なら、その程度の策は平然と用意するでしょうね」
リゼルは空間の裂け目を見つめ続ける。
「ダンジョン内部へ私の『紫光』を届けることができない以上、今の私たちにできることはありません」
「では……」
「ええ」
リゼルは目を閉じる。
「アイリーン・スカーレットたちを信じるしかありません……『邪海龍、アドランティカ』の討伐を」
その祈りが届くかどうかを知る者は、まだ誰もいなかった。
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