第23話 ハヤト VS サハギン・ロード ③
――『海魂の冥穴』内部。
「……うん……ここは?」
島袋ガクトは、ゆっくりと目を開いた。
意識が戻るにつれて、少しずつ記憶が蘇ってくる。
サハギン・ロードに襲われた。
仲間と共に必死で逃げたものの、強烈な水魔法をまともに受けてしまった。
その後は――
「……」
思い出せない。
どうやってここまで来たのか。
誰に助けられたのか。
どれだけ記憶を遡っても、サハギン・ロードに襲われた直後からの記憶が完全に抜け落ちている。
それだけではない。
死を覚悟するほどのダメージを負ったはずなのに、今の身体には痛みがまったくない。
起き上がってみても、どこにも異常は感じられなかった。
「……どうなってるんだ?」
「……良かった、意識が戻ったんですね」
「……!?」
突然聞こえてきた声に、ガクトは慌てて振り向いた。
そこに立っていたのは、一人の女性。
その姿を見た瞬間、ガクトは目を見開いた。
「あなたは……アイリーン……スカーレット……」
「はい、そうですよ」
女性は、にっこりと笑った。
間違いない、彼女はSランク冒険者――『紅蓮の魔女』アイリーン・スカーレット。
世界的にも名の知れた、超一流の冒険者だ。
「な、何でこんなところに……!?」
「ついさっき、ここに倒れているあなたたちを見つけたんです。三人とも命が危ない状態だったので、エリクサーで治療しました」
「三人……?」
その言葉を聞いた瞬間、ガクトは我に返った。
「そうだ! 仲間たちは!?」
「落ち着いてください。お二人なら大丈夫です。ほら、そこに」
アイリーンが指差した先。
そこには、『斬ん人』の仲間二人が横たわっていた。
「お二人とも、まだ意識は戻っていません。でも、命に別状はありませんよ。エリクサーを飲ませましたから、もう少しすれば目を覚ますはずです」
ガクトは二人の姿を確認すると、穏やかな表情で眠っている。
微かな寝息も聞こえてくる。
「……良かった……」
全身から力が抜けていく。
本当に助かったのだ。
サハギン・ロードに襲われた瞬間は、三人ともここで終わると思っていた。
支給されていた『復活の玉』を使えば蘇生することはできる。
だが、死ねば、それまでに積み重ねてきた経験値は失われる。
何より、一度死んでしまえば、次も同じように助かる保証などどこにもない。
「ありがとうございます……」
ガクトは深々と頭を下げた。
「貴重なエリクサーを俺たちなんかのために……本当に、ありがとうございます!」
「いえいえ。困っている人を助けるのは当然ですから」
アイリーンは笑顔のまま答える。
ガクトは顔を上げた。
「俺たちは……どうやって助かったんですか?」
当然の疑問だった。
「もしかして……アイリーンさんがサハギン・ロードを倒してくれたんですか?」
その問いに、アイリーンは少しだけ誇らしげな表情を浮かべた。
「いいえ」
「え?」
「あなたたちをモンスターから助けたのは……私の相棒ですよ」
「相棒……?」
そこで、ガクトの脳裏に一人の人物が浮かぶ。
「まさか……『神速の配信者』が?」
「ええ、そのまさかです」
アイリーンは嬉しそうに笑った。
「頼りになる、私の……相棒です」
「相棒……ですか」
その言葉を聞きながら、ガクトは二人の関係について何となく察したような、そうでもないような複雑な気持ちになった。
「それじゃあ、私もハヤトさんのところへ向かわないと!」
「え?」
「失礼しますね!」
そう言い残すと、アイリーンは一気に駆け出していった。
あっという間に小さくなっていく背中を、ガクトは呆然と見送る。
やがて、その姿が視界から消える。
「……すごい人たちだな」
今日という日のことを、ガクトは一生忘れないだろう。
『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』。
世界に名を轟かせる二人に出会い、そして命を救われた。
この日の出来事は、きっと『斬ん人』にとっても大きな転機になる。
そんな予感を抱きながら、ガクトは再び仲間たちへ視線を向けた。
◆
超衝撃爆弾が炸裂した直後。
凄まじい衝撃波に巻き込まれた俺は、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
壁にでも叩き付けられたら危なかっただろうが、幸いにもそこまでのダメージは受けていない。
「……いてて……」
身体を起こして周囲を見渡す。
多少のダメージは受けている。
それでも、以前のようにエリクサーが必要になるほどの致命傷ではない。
爆心地からそれなりに距離があったこと。
超級職となってステータスそのものが大幅に上昇していること。
そして、新たに装備した【星纏衣・アルタイル】。
この三つが大きかったのだろう。
問題は、サハギン・ロードたちだ。
「……おお」
その惨状を見て、思わず声が漏れる。
爆心地のすぐ近くにいた二体は、遥か後方まで吹き飛ばされていた。
ピクリとも動かない。
残る三体も無傷では済まなかったようだ。
少し離れた場所にいたため、即死こそ免れているものの、身体には明らかなダメージが残っている。
銛を構えてはいるものの、その動きには先ほどまでの鋭さがない。
〈すげぇ……一気に形勢逆転じゃん〉
〈超衝撃爆弾の爆発に耐えちゃうんだ、『神速』さん〉
〈強くなったよねぇ……〉
〈これで勝利は決まったかな?〉
うん、俺も、そう思った。
ここまで来れば、勝ちはほぼ確定だろう。
後はセプテントリオンの能力を使いながら、一体ずつ確実に仕留めていけばいい。
よほど変なことが起きない限り、問題ない。
そう考えながら、セプテントリオンを構える。
『神速』を発動させようとした、その時だった。
「ギュァアア……」
「ギュァアアア!」
「ギュァアアアアアアアアア!!!!」
満身創痍の三体が、突然雄叫びを上げ始めた。
それぞれの咆哮が重なり合い、洞窟全体を震わせるような異様な音へと変わっていく。
「……何だ?」
嫌な予感がする。
ただの威嚇じゃない。
こいつらは、何かを仕掛けようとしている。
〈これってひょっとしてアレだよね?〉
〈うん……多分、アレだね〉
〈しかもかなり大規模なやつ……〉
〈『神速』さん、逃げた方が良いかも〉
〈そうだね……これは……詠唱だよね〉
コメント欄を確認した瞬間、背筋が凍った。
「……詠唱?」
つまり、これから何かとんでもない魔法をぶっ放すってことか!?
考える暇などなかった。
三体のサハギン・ロードの前方に、巨大な魔法陣が出現する。
そこから、大量の水が噴き出した。
「……嘘だろ」
溢れ出した水は瞬く間に巨大な津波へと変貌していく。
天井へ届きそうなほどの高さ。
洞窟の幅いっぱいを埋め尽くすほどの水量。
その全てが、俺へ向かって押し寄せてくる。
合体水属性魔法――
『トリニティ・タイダルウェイブ』。
以前、テレビで見たことがある。
上級職の魔導士三人がかりで発動させていた合体魔法。
凄まじい威力だったのを覚えている。
しかも、発動後には三人とも魔力をほぼ使い果たして、立っているのもやっとという状態になっていた。
そんな魔法を――
「このタイミングで使ってくるのかよ!」
俺はセプテントリオンを握り締める。
「メグレズ!」
淡い光が身体を包み込む。
魔法無効化。
メグレズの能力なら、この規模の魔法だろうと無効化できるはずだ。
「来い!」
俺は真正面から津波を迎え撃った。
轟音と共に視界が一瞬で水に覆われる。
凄まじい水圧に身体を押し流される。
「……ぐっ!」
ダメージはない。
メグレズの効果によって、魔法そのものは完全に無効化されている。
だが――
「動けねぇ!」
これだけの水量に巻き込まれてしまえば、いくら魔法を無効化できても身体の自由は奪われる。
そして、俺が恐れていた事態はすぐに起きた。
激流の向こうから、三つの影が迫ってくる。
「……まずい!」
サハギン・ロードだ。
奴らは水中を自由自在に移動しながら、こちらへ近付いてくる。
俺は必死に身体を動かして距離を取ろうとする。
だが、こっちは激流に翻弄されている。
相手は半魚人、距離が、どんどん縮まっていく。
銛の間合いに入る。
そう思った瞬間――
「ボルガニック・レイザー!」
声が響いた。
次の瞬間、大津波を真っ二つに切り裂くように、極太の熱線が飛来する。
凄まじい熱量によって大量の水が一瞬で蒸発し、視界が白い水蒸気に包まれた。
「……え?」
熱線は俺のすぐ脇を通り抜け、そのままサハギン・ロードたちを巻き込んでいく。
「ギュァアアアア!?」
二体のサハギン・ロードが、熱線に飲み込まれて消滅した。
残る一体は、間一髪で直撃を免れたようだ。
「ハヤトさん! 大丈夫ですかぁ!」
聞き慣れた声が響く。
水蒸気の向こうから姿を現したのは――アイリーンさんだった。
「アイリーンさん!」
「無事ですか!?」
俺の元へ駆け寄りながら、アイリーンさんは全身から凄まじい魔力を解き放つ。
「ブレイジング・スフィア!」
「えっ!?」
目の前に巨大な光球が出現した。
この光景には、見覚えがある。
以前にも見た、凄まじい熱量を秘めた極大魔法。
ただ、今回は――
「……数、多くない?」
巨大な光球が次々と分裂していく。
以前見た時は最終的に六つだったはず。
ところが今回は――
十。
十五。
それでも止まらない。
軽く二十を超える光球が、アイリーンさんの周囲に浮かび上がっていた。
「……マジかよ」
光球たちは意思を持っているかのように周囲を飛び回り、逃げ場を塞いでいく。
「ギュァアアアア!?」
辛うじて生き残ったサハギン・ロードが、危険を察知して逃走を始めた。
だが、遅い。
光球の一つが進路を塞ぐ。
別の光球が回り込む。
逃げ道を完全に失ったサハギン・ロードへ、無数の光球が一斉に襲い掛かった。
「ギュ……ギュァ……」
抵抗する暇すらない。
次々と光球に貫かれ、サハギン・ロードはその場に崩れ落ちた。
さらに、超衝撃爆弾の直撃を受けて倒れていた二体にも光球が向かう。
こちらも一瞬だった。
残されたサハギン・ロードたちは、すべて討ち取られた。
「……いや」
俺は呆然とその光景を眺める。
「やっぱり凄すぎだろ……」
超級職になった。
最高位神器――グランドレガリアも手に入れた。
以前より遥かに強くなった。
だからこそ、少しくらいはアイリーンさんに近付けたんじゃないか。
そんなことを思っていた。
でも、実際に隣に立って、その力を目の当たりにすると。
そんな考えが、ただの思い上がりだったことを思い知らされる。
やっぱり『紅蓮の魔女』は、とんでもなく強い。
「無事で良かったです、ハヤトさん」
そんな化け物じみた力を見せた本人は、いつもと変わらない笑顔を浮かべている。
俺は、その笑顔を見つめた。
――いつか、この人と肩を並べる。
そう決めている。
けれど、その目標へ辿り着くまでの道が、想像していた以上に険しいことだけは、嫌というほど理解させられた。
ちょっと長引いてしまいましたね……
次回は、やっとダンジョンボス戦ですよ!
少しでも面白いと思って頂けましたら、評価をお願いします。下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります。
ブックマークも頂けると非常に喜びますので、是非宜しくお願い致します。
良ければ、感想もお待ちしております。
評価や、ブックマーク、いいね等、執筆する上で非常に大きなモチベーションとなっております。
いつもありがとうございます。




