第11話 暴風と轟雷
『村雲ミズキ』――
日本国内に存在する冒険者の中でも、彼女ほど異質な存在はそう多くない。
戦闘能力だけを見れば、Sランク冒険者にも匹敵すると評されるほどの実力者。
しかし、彼女自身の人間性。
そして、彼女が率いる『闇鍋騎士団』の素行や世間からの評判。
それらが大きなマイナスポイントとなっているため、現在の彼女は――
極めてSランクに近いAランク冒険者。
それが『村雲ミズキ』という冒険者に対する、世間一般の評価だった。
もっとも、冒険者ギルドとダンジョン統括省の内部には、一般には知られていないSランク昇格の条件がもう一つ存在している。
そしてミズキは、未だその条件を満たしていない。
とはいえ、それを差し引いたとしても、彼女に対する世間の評価が芳しくないことに変わりはない。
何しろ、本人に悪意がないのが、余計に性質が悪い。
彼女の行動が原因となって発生したトラブルや事故は数知れず。
その度に『闇鍋騎士団』が炎上し、いつしか世間からは『迷惑系クラン』などと呼ばれるようになってしまった。
戦闘中、周囲への被害を一切考えずに暴れ回る『紅蓮の魔女』ことアイリーン・スカーレット。
彼女もまた、無自覚に周囲を焼き尽くしてしまうことがある。
だが、そのアイリーンですら、ミズキと比べれば常識人に見えてしまう。
それほどまでに、村雲ミズキという少女は非常識な冒険者として、その名を知られていた。
そんな彼女が、『黄牙団』によるダンジョン統括省本部襲撃の際に何をしていたのか。
答えは、ダンジョン攻略である。
ただし、攻略そのものが目的だったわけではない。
目的は、最近手に入れた新しい剣の試し斬り。
その剣こそ、Sランク神器、『惨殺剣・礫死』。
特殊能力こそ持ち合わせていないものの、純粋な攻撃力だけならば並の剣とは比較にならない。
ただ斬るだけでどんな敵をも両断するほどの威力を誇る、まさに必殺剣だった。
ミズキは、とあるAランクダンジョンへ潜ると――目についたモンスターを、斬って斬って斬りまくっていた。
もちろん、一人ではなく配信担当のメイを引き連れ、『ダンジョンのモンスター相手に新兵器の試し斬りをしてみた』などという、いかにも彼女らしいタイトルで生配信まで行っていた。
何の脈絡もなくモンスターを斬り続けるだけ。
そんな悪趣味極まりない配信内容だったため、当然ながら『ミズキ親衛隊』以外の視聴者からは大不評。
それでも当の本人は、鼻歌交じりに楽しそうに配信を続けていた。
――しかし、三十分も斬り続ければ、さすがのミズキも飽きてくる。
そろそろ終わりにしようか、そう考え始めた、その時だった。
ダンジョン統括省から緊急の連絡が入った。
内容は――『黄牙団』によるダンジョン統括省本部への襲撃。
それを聞いた瞬間、ミズキの目が輝いた。
「絶対にこっちの方が面白そう! 急ぐよメイ! 『スチーム・イカロス』発動!」
緊急事態を聞いて最初に出てきた感想が、それだった。
念のため、クランメンバーには先に現場へ向かうよう連絡。
そしてミズキ自身は、転移の巻物を使ってダンジョンを脱出する。
転移によってダンジョン入口へ戻った瞬間――背中に機械仕掛けの翼が展開された。
「えーと……私はどうしたら良いんですか?」
「もう全速力で現場に向かって! 遅れちゃダメだからね!」
「いや、私は飛べない……」
「とにかく私は先に行ってるから! メイも時間厳守でよろしく! はぁっ!」
「ええええ……」
メイの抗議など一切聞かない。
次の瞬間には、轟音と共に凄まじい勢いで空気を切り裂きながら、ミズキの身体が空へと飛び出した。
まるでジェット機並みの速度だった。
「…………」
その場に取り残されたメイは、遠ざかっていくクランオーナーの背中を見つめる。
相変わらず、自分の意見を全く聞いてくれない。
そして、自分を置き去りにして飛んでいった本人から、なぜか『時間厳守』を要求されている。
「……もう、何なんですかぁ……」
絶望の溜息を吐きながら、メイは必死に後を追うのだった。
彼女がようやくミズキに追いつくのは、もう少し後の話である。
◆
そして現在、ダンジョン統括省本部前。
二つの異なる力が、凄まじい勢いで激突していた。
村雲ミズキと劉愛蕾。
二人の戦いは、既に佳境へと突入していた。
ミズキは本気を出し始め、荒れ狂う風を全身に纏っている。
対する劉愛蕾もまた、先程までとは比較にならないほどの轟雷を全身から迸らせていた。
「『スチーム・イカロス』発動!」
ミズキの背後に、再び機械仕掛けの翼が展開される。
かなりの至近距離でも、彼女は迷わない。
『スチーム・イカロス』の推進力を最大限に利用し、攻撃そのものの威力を極限まで引き上げるつもりなのだ。
「もう、どうなっても知らないからなぁ! ……『応龍』!」
対する劉愛蕾も、新たな力を解放した。
その名は――『応龍』
最高位神器『霊獣輪・天之四瑞』が有する四つの能力。
その最後の一つを発動した瞬間、劉愛蕾の全身から黄金色の光が噴き上がった。
――否、それは光ではなく、あまりにも膨大な雷撃だった。
無尽蔵に放出される黄金の雷光が、あまりの密度ゆえに光そのものへと見えているのだ。
その姿は、まさしく――
『黄雷の戦妃』
その二つ名に相応しい、圧倒的な存在感だった。
「ははっ……さすがにヤバいかもー!」
それでもミズキは笑っていた。
「それでも私は負けません! 皆さん、応援してくださいねー!」
そう叫ぶと、ミズキは自らの剣へ纏わせていた風を一気に収束させ始める。
ミズキのジョブは、超級職『風刃王』
風魔法を操る魔剣士系統、その最上位に位置するジョブだ。
『風刃王』の力によって、自らの剣に風の力を付与し、その威力を何倍にも増幅することができる。
暴風を剣へと集約することが出来る『風刃王』の能力によって、それをさらに増幅し、『スチーム・イカロス』による超高速の突進力を乗せる。
それこそが、村雲ミズキが持つ最大必殺だった。
〈おい……ミズキたんの本気だぞ……〉
〈ああ、あれを見るのは久しぶりだな〉
〈でも、あの攻撃って周囲への被害がヤバかったよな?〉
〈俺もそう思う。あんな場所でぶっ放したら……〉
〈うん。ヤバい。間違いなくヤバい〉
配信を見守る『ミズキ親衛隊』の面々も、ようやく事態の危険性に気付き始めていた。
もはや二人の力は、単なる冒険者同士の戦闘という領域を超え、災害と表現しても、決して大袈裟ではない規模にまで拡大している。
「お嬢様! さすがにあれは危険です!」
「わかってますわ! あんな馬鹿みたいなパワーが、こんな場所で衝突したら……最悪、全てが吹き飛びます!」
そこへ、先程『黄牙団』の二人を制圧したセイラと清十郎が駆け戻ってきた。
だが、二人の目に映った光景は、想像以上に危険なものだった。
このまま二人を衝突させれば、ダンジョン統括省本部そのものが無事では済まない。
最悪の場合――この周辺一帯が消し飛ぶ。
「もうこうなったら……ダメ元で『最終階層』を使って、全て凍らせるしか……」
「お嬢様! しかし、それでは――!」
「清十郎!」
セイラは即座に言葉を遮った。
「もう、それしか手段はありませんわ! 腹を括りなさい!」
そして、自らの最高位神器『極天衣・アークセラフィエル』を発動させる。
「『氷結地獄・最終階層』!」
刹那、セイラの背中から黄金の翼が展開され、それと同時にミズキが動いた。
「はぁああアアアアアッ!」
『スチーム・イカロス』が唸りを上げると、機械仕掛けの翼から凄まじい推進力が生まれ、その身体が一瞬で最高速度へと到達する。
「『テンペスト・ブレイク』ッ!!!」
それは、村雲ミズキが持つ最大必殺。
自らが持つ全ての能力を一つに集約した、最強の一撃だった。
対する劉愛蕾も笑う。
「はっはぁ! 面白いじゃないかぁ!」
全身から放たれる雷光が、さらに激しさを増していく。
「――『轟雷牙』ァアアアアアア!!!」
『応龍』
それは自らの属性――雷を最大限に増幅し、放出する攻撃特化の能力。
その効果によって生み出された無尽蔵の雷撃を全身に纏い、そのまま敵へ叩き込む。
雷属性において比類なき破壊力を誇る、劉愛蕾の必殺技。
『風刃王』と『轟雷王』
二人の最大必殺が、真正面から激突する――その瞬間だった。
「間に合いなさいなぁああああ!」
そこへ、セイラが飛び込んだ。
全身から青白い凍気を放出し、黄金の翼を羽ばたかせながら、二人の間へと突入する。
その意図は明白だった。
ミズキと劉愛蕾。
二人ともまとめて凍結させる。
『テンペスト・ブレイク』と『轟雷牙』
そして――『最終階層』
三つの異なる力が、たった一点へ集中する。
暴風、轟雷、絶対零度の凍気。
それぞれが互いを喰らい合うように膨張し、周囲の空間そのものを震わせていく。
目も眩むほどの雷光。
全てを吹き飛ばす暴風。
そして、触れたもの全てを凍てつかせる青白い光。
そこに広がっていたのは、まるで、この世の終わりそのものだった。
誰もが動けず、誰もが息を呑む。
そして――この場にいる全員が、自らの死を覚悟した。
――その時だった。
『……さすがに、やり過ぎですね。そろそろ、終幕にしましょう……』
静かな声が響いた。
誰も聞いたことのない声。
男なのか、女なのか。
それすら判然としない。
ただ、静かで、荘厳で。
それでいて、異様なほどの重圧を孕んだ声だった。
「……!?」
「な、何……?」
「誰だ……?」
その場にいた全員が、一斉に周囲を見回す。
しかし、誰も、その声の主を見つけることができない。
何が起きているのか。
誰一人として理解できなかった。
ただ一つ、全員が同時に気付いたものがあった。
――巨大な魔法陣。
いつの間にか、この戦場を取り囲むように無数の魔法陣が出現していた。
そして、その中心から。
紫色の光が放たれる。
それは瞬く間に広がり、暴風も、轟雷も、凍気も飲み込むように周囲一帯を包み込んでいく。
まるで、これまでの戦いそのものを、全て無かったことにするかのように。
誰もが、その光景を呆然と見つめていた。
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