第29話 『星崩の大魔宮』⑲ 最終決戦は近し
「……偉いもん見てしもた」
俺は確かにアイリーンさんのことが心配だった。
だからこそ、Aランク神器『バグスカメラ発生装置』を使用し、小型の蟲型カメラをアイリーンさんに貼り付けておいた。
まさか、こんなものを仕込んでおくことが後々役に立つとは思っていなかった。
……いや、役に立ったと言っていいのかは微妙なところだが。
ともかく、そこから送られてきた映像を見て、俺は言葉を失っていた。
「アイリーンさんが……炎の魔神に変身してたな……」
あれは間違いなくアイリーンさんだった。
しかし、見た目は完全に巨大な炎の魔神。
そして何より――。
「最高位神器……?」
聞き慣れない単語まで飛び出してきた。
グランドダンジョンを踏破した者だけが手にすることができるという、神器の頂点。
そんなものをアイリーンさんが所持していた。
ということは……
「アイリーンさんって、もうグランドダンジョンを踏破したことがあるってことか?」
いや、待て。
それって相当ヤバい情報なんじゃないか?
グランドダンジョンそのものが世間一般にはほとんど知られていない。
ましてや、そこを踏破した人間が存在するなんてことになれば、とんでもない騒ぎになるに決まっている。
そもそも、アイリーンさんがそんな場所を攻略していたなんて、俺自身も初耳だった。
……いや、そこまで考えたところで、俺はある重大な事実に気が付いた。
「……って、これ配信してしもてるやんけぇぇぇぇ!!!!」
思わず関西弁になった。
いやいやいや、何やってんだ、俺は!?
よく考えろ!
俺は小型蟲型カメラを自分の配信装置と接続している。
つまり――
「今の映像……全世界に流れてるんじゃないのか!?」
俺は慌てて配信画面を確認する。
そして恐る恐るコメント欄へ目を向けた。
「……えーと、皆さん?」
嫌な予感しかしない。
「今の一連の映像って……見てないですよね?」
数秒の沈黙――
〈おう! バッチリ見えたぜ!〉
〈いやいや、めちゃくちゃ興味深い映像だったな〉
〈最高位神器とか……初めて聞いたぞ〉
〈グランドダンジョンを踏破した者だけが扱える神器かぁ〉
〈夢しかないじゃん!〉
〈アイリーンさんがあんな炎の魔神に変身するなんてな〉
〈いやぁ、痺れたわ〉
〈いやいや、普通に怖かったんですけど……〉
〈何で? めちゃくちゃカッコよかったじゃん!〉
〈いや、俺も少し怖かったな。敵を焼き尽くすところとか……〉
〈あれはちょっとトラウマになるレベルだろ〉
……俺は無言で配信画面の数字を確認する。
同時接続数――二十万人超。
「…………」
終わった。
完全に終わった。
「うわぁ……」
俺は頭を抱えた。
アイリーンさんが最高位神器を持っていること。
グランドダンジョンを踏破していたこと。
そこで『魔炎帝・エクスイフリート』を討伐していたこと。
さらには、その力を使って『七星』の一角であるフェグダを圧倒したこと。
その一部始終を――俺は最初から最後まで、全世界に配信してしまった。
「一から百まで全部配信してるじゃんか……」
まずい、これは絶対にまずい。
普通に考えれば、こんな情報を世間に流していいはずがない。
アイリーンさん本人にとっても、国家や冒険者ギルドにとっても、色々と面倒なことになる可能性が高い。
しかも――
「……アイリーンさん、ちょっと怖がられちゃってるし」
コメント欄を見る限り、圧倒的な力に興奮している人間も多い。
しかし、その一方で『怖い』『敵を焼き尽くす姿が恐ろしかった』という意見も少なくない。
……そりゃそうだ。
俺だって、あれを初めて見たら怖いと思う。
普段のアイリーンさんを知っているからこそ、余計にギャップが凄まじい。
「はあ……どないしよ……」
俺は頭を抱えたまま、しばらく悩み続ける。
しかし、いくら考えても答えは出てこない。
今さら配信を止めたところで、すでに二十万人以上が見ている。
スクリーンショットを撮った人間もいるだろう。
動画を保存した人間もいるだろう。
そもそも、これだけの視聴者がいるなら、すでにSNSなどへ情報が拡散され始めていてもおかしくない。
……つまり、もう手遅れなのだ。
「…………」
俺は数秒間、無言で画面を見つめた後に――
「まあ、配信してしまったことは仕方がない!」
開き直った。
「切り替えて、前を向くか!」
〈さすが『神速』さんw〉
〈超ポジティブシンキングでワロタ〉
〈まあ、おかげで普通に生きてたら絶対に知れない情報を知れたんだし〉
〈間違いなく世界がひっくり返るぞ、この配信〉
〈明日のニュース、これ一色になりそうだなw〉
〈『グランドダンジョン攻略者、実在した!』とか見出し付きそう〉
……コメント欄は、すでにお祭り状態になっていた。
そして、この配信を見ながら『ダンジョン統括省』の鏑木支部長が猛烈な頭痛に襲われていることを、俺はまだ知らない。
◆◆◆◆
――同時刻。
グランドダンジョン『星崩の大魔宮』、最奥部。
そこには、この大魔宮を支配する者たちが集う玉座の間が存在していた。
しかし、今その場所にいるのは二人だけ。
玉座に腰掛け、苛立ちを隠そうともせず拳を握り締めている男。
『七星』の首魁――『セプテントリオン・アルカイド』
そして、その傍らに静かに佇む妖艶な美女。
『セプテントリオン・ミザール』
「馬鹿な……! 我ら『七星』が、すでに五体までも敗れたというのか!?」
アルカイドが怒りに満ちた声を上げる。
当初、七体存在していた『七星』
そのうち、メラク、アリオト、メグレズ、フェグダ。
すでに五体もの『七星』が戦いに敗れていた。
残されているのは、アルカイドとミザールの二体のみ。
「落ち着いてくださいませ、アルカイド様」
そんなアルカイドとは対照的に、ミザールは冷静だった。
「確かに我々の仲間は多く倒されました。しかし、まだ私たちが残っております」
妖艶な笑みを浮かべながら、ミザールは続ける。
「我々『七星』は……まだ敗北しておりませんわ」
「しかし――」
アルカイドは玉座の肘掛けへ拳を叩きつける。
「問題はあのアイリーンとかいう冒険者だ!」
その表情には、怒りだけではなく明確な警戒心が浮かんでいた。
「奴は最高位神器を所持しているではないか!」
「はい」
「しかも、その神器の名が『炎帝器・エクスイフリート』だと!?」
アルカイドの声が玉座の間に響き渡る。
「まさか……あの『魔炎帝』を倒せる人間が存在するとはな!」
『魔炎帝・エクスイフリート』
それは、アルカイドたちと同じ『統率者』
そして、その名の通り地獄の炎を操る恐るべき存在だった。
そんな怪物を――人間が倒した。
「はい。私も驚いております」
ミザールも珍しく険しい表情を浮かべる。
「『魔炎帝』様は、我らと同じ『統率者』。しかも、あの地獄の炎を自在に操るエクスイフリート様が倒されるとは……私も未だに信じられませんわ」
「……しかし!」
アルカイドは立ち上がる。
「事実、倒されておるではないか!」
拳を握り締め、怒りを露わにする。
「こうなれば、我自らが出て奴らの敵を討つしかあるまい!」
「お待ちください、アルカイド様!」
ミザールが即座に声を上げた。
「その前に、私が出ます!」
「……ふん」
アルカイドは鼻を鳴らす。
「お前では返り討ちに遭うのが目に見えておる」
「そんな……!」
「やはり我が自ら出るのが最善だ」
アルカイドはそう言いながら、自らの身体に宿る力を確かめるように拳を握る。
「それに、お前が回収してきたアリオトとメグレズの遺体の一部も、すでに我は吸収している」
メラクと同様、アリオトやメグレズの一部もまた、ミザールによって回収されていた。
そしてアルカイドは、それらを自らの身体へ取り込んでいる。
『七星』の一員だった者たちの力。
その中に含まれていた様々な耐性までも、アルカイドは己のものとしていた。
「これで、我に恐れるものなど何もないわ!」
だが――ミザールは静かに口を開いた。
「……しかし、フェグダ様の遺体は回収できておりません」
「……」
「地獄の炎によって完全に焼き尽くされてしまったため、回収は不可能でした」
ミザールは淡々と説明する。
「そのため、フェグダ様が持っていた地獄の炎に対する耐性だけは、まだ獲得できておりません」
そして、静かに付け加えた。
「つまり――まだ我々には、敗北する可能性が残されています」
「…………」
アルカイドの表情が変わった。
「……貴様」
ゆっくりと立ち上がる。
「それはつまり……我が『魔炎帝』より弱いと言いたいのか?」
額には青筋が浮かんでいた。
「い、いえ! 決してそのような意味では――!」
「ならば何が問題なのだ!」
「それは……」
ミザールは一瞬言葉に詰まる。
だが、意を決したようにアルカイドを見上げた。
「私に任せていただければ、勝利をより確実なものにできます!」
そして、その場に膝をつく。
「どうか……私に一度、チャンスをいただけないでしょうか!」
まるで土下座でもするかのように頭を下げるミザール。
その姿を見つめながら、アルカイドはしばらく黙り込んだ。
「…………」
やがて――
「ぬう……」
アルカイドは低く唸る。
「貴様がそこまで言うとはな」
そして玉座へ再び腰を下ろす。
「よかろう」
「……!」
ミザールが顔を上げる。
「貴様の策を話してみよ」
「はい!」
その返事には、先ほどまでとは明らかに違う強い意志が込められていた。
「ありがとうございます、アルカイド様!」
こうして、グランドダンジョン『星崩の大魔宮』における最終決戦は、さらに大きく動き始めることとなる。
『七星』はすでに五体を失った。
対する冒険者たちもまた、それぞれの戦いで大きな消耗を強いられている。
そして残された『七星』は二体。
首魁たるアルカイド。
そして、何か恐るべき策を秘めたミザール。
果たして、彼女が口にする『策』とは何なのか。
この大魔宮で繰り広げられる戦いは、いよいよ最後の局面へと突入しようとしていた。
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