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『貴族にとっての学園とは、社交の場のひとつである。
学園とはすなわち、社会の縮図であり国の縮図となる』
これは、この学園に入学する前に、必ず両親や家庭教師から教わること。
例え特待生であろうとも、入学説明の時にそれは言われるはず。
よって。
「同情の余地もありませんわね」
扇をバッ!と開き直し、わたくしはピシャリと言い放った。
「え、……いきなり酷いよ。なに?ユリアさん」
「いいえ、いきなりではありませんわ。わたくしは前にも仰いましたわよね?『美しくないものは嫌いなの』と」
確かに、ひとつの学園で、同じ机を並べ勉学を受けるものとして、ある程度の貴族格差は学園内では目をつむられる。
例えば、格の低い家の者から高い者へと声をかけるのは、ご法度だ。
だが、学園内であればそれは許される、とかね。
元々庶民生まれ庶民育ちだった『私』の記憶のおかげで、わたくしはそれに不便を感じることはなかった。むしろ気楽でいいわ〜くらいに思っていたのだ。
だけど、教えこまれた価値観、マナーとの突然の剥離に苦しむ貴族の令息令嬢も多数いらしたみたいね。
その分サラリとそれを受け入れていたわたくしの評価が上がっていたみたいだけど……それはまあ、ラッキーってことで。
……話が逸れたわ。そんなことは今はいいのよ。
今述べたように、この学園内は確かに貴族のマナーが緩和されている。
だが、だからといって『全てのマナーが無くなった』訳では無いのだ。
この方は、アクアは、それを理解していない。
そう、去年だったわね。入学して間もない頃。
わたくしも鬼ではないから、さすがに入学して早々はマナーも何も分からないのは当然と、ひと月は様子見をしていたのよ。
けれど、ひと月経っても彼女は何も変わらなかった。
だから、ちょっと注意をしたのよね。
『パール様、ですわね?少しよろしいかしら』
『なあに?ユリアさん』
はい、いきなり名前呼び&さん付け。
マイナス20点。
『あなた、マナーのお勉強は進んでいらして?分からない事がありましたら、先生にわたくしからも声をかけておきますけれど……』
『え?うん。ちゃんと毎週講習を受けてるし、先生からも褒めて貰ってるよ!……いきなりどうしたの?先生のことを悪くいうのはダメだと思うの』
なんで「私が先生をダメ出ししてる」ってことになってるのかしら?しかもタメ口。
マイナス50点。
『あら、ごめんなさい?お勉強をされているならいいの。……けれど、それをきちんと披露しなくては学んだ意味がないと思うの。でなければ、いらない誤解を招きましてよ?』
今思えば、とても、とっっっても優しい注意だと思うわ。
もう少しハッキリ言ってやればよかったと少し後悔してるくらい。
なのに、この『アクア』は。
『え、……なんで、そんなことを言うの?酷い……!』
……なんで涙を浮かべているのかしら?この人。
正直、入学式で生でアクアを見た時、「意外と可愛いわ」って思ったのよ。
ユリアが最推しだけど、可愛いものは可愛いもの。
何度でも言うけど可愛いは正義で美人は国宝よ。異論は認めるわ。
……けれど、これは『わたくし』も、『私』も、趣味ではなさそうだわ。
『私、頑張ってるのに……!酷いわ、ユリアさん!』
『…………そう。あなたは、そうなのね』
扇で口元を隠したまま、目を細める。
なるほど。ゲームをしていた時は気にしてなかったけれど──『現実』だとこんなふうなのね。
『ごめんなさい、パール様』
『……いいの、私も、ごめ──』
『わたくし、美しくないものは嫌いなの』
そうして、1話冒頭へと繋がったのだ。