情報屋
「ちょと、そこを行く学生クン」
誰かに呼ばれて、俺は歩みを止めた。周りに学生っぽい、または制服を着た人がいないから確かだろう。
「はい?」
振り返って声の主を見る。
第一印象は……なんだこの人、だった。
格好は長い切れ込みの入った二枚の布を合わせた、いわゆるチャイナ服というものに裾が閉じて中が広いズボン。髪は妙に黒く、それを頭の左側で一纏めにしている。
加えてこちらを見る目、パッと見は眠そうだが、何を考えているのか分かりにくい目にも似ていた。こんな目をする人物を他にも知っているから、そうだと分かった。
いったい何者なんだろうかこの女の人は。
しかし立ち止まった以上何もせずに去るわけにはいかない。一応内容だけでも聞かないと。
「何ですか?」
「ちょと人を探しててネ」
人探しか、安心した。知らないなら正直に言えばいいからな。
「金髪で白タキシードで、バラを持ったナルシストを知らないカ?」
……なんだその人、現実に居るのか?
「い、いえ、知らないですね」
「そか、なら……」
女の人は指を額に当てて考えている姿をする。それにしてもこの人、服装といい話し方といい、日本人じゃないのかも知れない。
「なら」
女の人は指をピンと立てて再度聞いた。
「頭に布の帽子、首にマフラーでよく高笑いしてる男を知らないカ?」
「……」
それって、あの男じゃ……知らなくはないけど、居場所なんて知らない。
「いえ、知りません」
「そか、引き止めて悪かた、じゃあ」
女の人はそのまま、踵を返して行ってしまった。
いったい何者だったんだろうか。考えられるのは、あの男を探していたというところから男の仲間か、あるいは敵か。
どちらにせよ、剣を持っているかもしれないということだ。
一応、明日先生に言っておこう。
「…ということがありまして」
「あー、そりゃきっと情報屋さんだ」
パズル部の部室、俺は早速大和先生に昨日あった事を話した。ちなみに、今部室には俺達しか居ない。
「情報屋、ですか?」
「前に話したよな、剣に関することはある情報屋から聞いたもんだって、背格好はちょっと妙だったろ?」
「はい、多分」
「じゃあ絶対その人だ。でも何やってたんだろうな? 自分から動くタイプじゃないはずなんだが」
「帽子の男を探していたみたいですけど」
「あの時に会ったアイツか、人混みの中に居たら普通に目立ちそうだけど、ああいうのほど、隠れるのが得意だったりするんだよな」
目立つ格好をするのはあえて、そして同時に自分の本当の姿を隠す蓑になる。その格好をしない限り、その人とその人が同一人物だと言い切ることは出来ない。自分というのを隠して目立つことが、自分の身を隠すことに適しているということか。
「それはそうと、帽子男の前に言ったナルシストも気になるな」
「やはり、関係あるんでしょうか?」
「今のあの人が動くのはほぼ剣関連だ。人探しとなれば可能性は更に上がる、確定していいかもな、きっとソイツ、剣狩りの刺客だ」
剣狩り……この世に百本あり、願いを叶える事が出来る物、剣を狩るグループ。
俺も一度だけそうだと名乗った男に会ったことがある。戦いはしなかったが、強さはかなりのものだろう。その一員ということは、強者なのは決まりだ。
「っと、悪りぃ、まだやる事があったんだ。まぁそのナルシストが剣狩りだとしてもいずれ情報屋さんが見つけて倒してくれるさ、それまでこっちは見つからなければ大丈夫だろ」
「そうですね、ありがとうございました」
「んじゃな」
席を立ち、大和先生が部室を出ていった。
「大和先生こんにちはー」
「おーぅ」
「こんにちは〜」
「うーぃ」
廊下で誰かにあったのだろう、大和先生が軽い挨拶をした声が聞こえる。
大和先生は他の先生方と少し違い、年齢が近いのもあるんだろう、気さくに話せる雰囲気がある。
それにあの性格で、人気はかなりある。確か去年この学校に来たばかりと言っていたのに。
そんな大和先生は、自分の名字を絶対に生徒達に言わない。
その理由は、
「……こんにちは」
今、音もなく扉を開いて部屋の中へ入ってきた、七ヶ橋大和先生の妹、七ヶ橋三夜子がいるからだ。「あぁ、こんにち…?」
カツカツと傘を床につけて部屋の中へ入ってくる三夜子を見て、何か違和感を感じた。
「……」
天気は晴れなのに傘を持っている事、は違う。いつも通りだ。服装だって学校指定の制服だし、別段何か派手なアクセサリーをつけている訳でもない、いつも通りの三夜子の筈だが……
「……どうしたの?」
鞄を机の上、傘を横にかけた三夜子は、俺が見ているのに気づいて首を傾げた。
それと同時に、ぴょこんと揺れるものが……あぁ。
「髪か」
やっと分かった、三夜子の頭の左側、そこで髪をまとめていた。まるで、邪魔だから適当に縛った、といった感じに。
「ん……長くて邪魔だったから、適当に縛った」
まさにその通りだった。
それでも月乃より全然短いんだが、肩にかかる以上の長さは邪魔の部類なんだな。
「……創矢は」
「ん?」
「……長い髪が、好き?」
何故俺に髪の長さの好みを聞く? いや、部屋の中に俺しかいないからだろうけど。
「……」
三夜子はこちらを見たまま黙る、目で「答えろ」と言われてる気がした。
どう返答したものか……
「いや……別に髪の長さに興味を持ったことは無いな。その人が自分に合うとおもう髪型をすればいいんじゃないか?」
「……そう、分かった」
どうやら良かったらしい。
「邪魔だと思うなら切ればいいじゃないか」
「……切ったことない」
切ったことない? 髪なんて伸びるものだから切らずにいると月乃みたいになる筈だが、三夜子のは女子にしては短い部類の筈……と、そうか、そういう意味か。
「自分で、ってことな」
「ん……」
「だったら、いつも切ってもらってる床屋か美容院に行けば…」
「……行ったことない」
美容院に行ったことない? てことは、
「誰かに切ってもらってるってことか?」
「ん……」
随分遠回りしたな、さくっと言ってくれれば良かったのに。
「……いつも兄さんが切ってくれる」
「へぇー、兄さん……て」
三夜子の兄さんって、
「大和先生にか?」
「ん……何かおかしい?」
正直、意外過ぎて驚いた。三夜子の髪は大和先生が切っていたなんて、散髪代でも節約してるのか?
にしてもだ、いくら容姿に無頓着とはいえ、兄に切ってもらうなんてさすがにそれは驚かされた。
「……でも、最近は切ってもらえない」
「だから伸びたのを纏めたと」
「ん……最近忙しいそう」
「そりゃそうだろ、もうすぐ夏休み、つまり学期末で、ということは…」
学期末テストが構えている。中間には無かったが、期末テストには大和先生の担当科目の家庭科も入っているので。
「テスト作りで忙しからだろ」
「……だと良いけど」
何かぽつりと呟いた。なんだか、今意味深な言葉を言ったような気もするんだが……




