理由を外して始まる
ガギィン!
何か、固い音が鳴った。
いったい何の音だ? 剣に人を傷つける機能は無く相手の身体を通り抜ける。能力なら使い方によって傷つけるかもしれないが、今はいっさい使っていない。
それに今の音、人の体にこんな金属どうしがぶつかったような音がなる部位なんかない。
ここまで考えて、気付いた。振り下ろした筈の剣が途中で止まっている……いや、止められていた。
「……もうよせ、決着はついている」
膝をつく月乃と俺の間に、今まで外で見ていた筈の早山が立っていた。
左手に自身の剣であるナイフを持ち、右手は、
「な、何だ、コレ」
広げられた左手から、数十センチ離れた場所で俺の剣が刃を止められていた。
どうやら早山が片手で剣の振り下ろしを抑えている状態らしいが、この状況、色々と不明な点がある。
重く威力のある一太刀それを早山は片手で抑えているということ、その抑えているのが早山の手に実際には触れず、少しの間を開けて止まっているということ。
そして、何故早山がこんなことしたのかということだ。
「武川、お前は『剣の舞』の勝利条件を詳しく知らないようだな」
勝利条件? そういえば、詳しくは知らない。
「『剣の舞』の勝利条件は、相手の気力を剣で切り、先に立てなくなる程にした方が勝ちだ」
早山が簡潔に説明してくれた。月乃が膝をついたのは気力を立てなくなる程削ったから、つまり……
「俺の……勝ちなのか?」
「そうだ」
俺が勝った……なんか、その感覚が感じられない。
「最初は皆そうだ、いつの間にか倒れた相手を見て、あ、勝ったのか、と思うからな」
「そういうものなのか」
「そういうことだ……さて、いい加減に剣を下ろしてくれないか。さすがに手が痺れてきた」
「あ、あぁ……」
剣を横に下ろすと、早山は月乃の方を向いた。膝をついた状態で顔を伏せている。
「……これは憶測だが、武川の言葉に戦う気力を多く削がれたんじゃないか」
「そうね……あの言葉を聞いた途端、身体から何かが抜ける感じがあったわ」
それはおそらく、月乃が戦う糧としていたことだ。それが無くなったことで、あの一撃が決定打となったらしい。
「お前の負けだ、潔く諦めるんだ」
「分かってるわよ、あーあ、また新しく戦力を探さないとね」
顔を上げて月乃が言った。調子はいつもと同じだが、その目の回りは少し赤みがかっている。
「なぁ、月乃」
そこで俺は、町田から言われた言葉を、もう迷惑はかけたくないと言っていたことを伝えた。
「……そっか、アタシ何やってたんだろ。理由なんて聞いてもムダとか言いながら、花香の理由も全く聞いてなかったのね」
月乃は右目に手をやり、
「コレももう、必要ないわ」
眼帯を、理由を嫌う月乃が唯一使った理由を外した。
「はー、視界が広いわね、基本的に寮では外してたけど、バスケ部の先輩と鉢合わせる可能性を考えて外では絶対つけてたからね」
上を向き、空を一瞥してから俺達の方を向く。
「やっぱり、理由ってめんどくさいものね」
「そうかもな」
理由はどんなふうにも言える、けどそれが必ずしも通る訳ではない。しかし、理由があるということは何かしらの意味があって理由を言うもの、つまり意味がない理由は理由とは呼べないわけで……うん、考えれば考える程、理由というのは分からなくめんどくさいな。
「……創矢」
俺達三人が何やら話しているのが気になった三夜子が俺の名前を呼んだ。振り返ってみると、すぐ後ろにまで来ていた。
「……勝ったの?」
「そうらしい」
「……おめでとう」
ぱちぱちと、軽い拍手で祝われた。
「サンキューな」
「ちょっと、よくそれをアタシの前で言えるわね?」
月乃が立ち上がり、三夜子を正面に見る。『剣の舞』が終わったら普通に立てるようになるんだな。
「待たせたわね、次こそはアタシが勝つわ」
「……私も負けない」
互いににらみ合うその中、
「なら、俺達もやるか」
急に早山がそう提案した。
「……見てくれないの?」
三夜子が不満そうに聞いてきた、さっきまで俺と月乃の『剣の舞』を見てたからな、自分のも見ろ、という風だ。
「戦いながら二人の試合を見ればいいんじゃない? その間にアタシが勝つけど」
「……絶対負けない」
月乃が売った喧嘩をあっさりと買って、三夜子は傘を開いた。
三夜子の傘には飾りがありそれが鍵となっているが、普段は『……いちいち解くのめんどくさい』と言って外したままにしてある。
ジャンプ式の傘が開くと、発光し、二本一対の双剣になった。
「コッチでやるわよ」
「……分かった」
月乃の後に続いて三夜子も河川敷の奥へと歩いて行った。
「こちらも始めよう、既に互いに剣は出ている」
早山が数歩後ろへと歩き、俺との間を開けた。
俺は剣を両手で持って構える。具体的には右手で柄と刃の境辺り、左手で柄の最端を握って、そのまま左手を腹の前へ持っていく。剣道で言うところの中段の構え、まぁ剣道を知らない人ではピンと来ない言葉だろうけど、
「ほぉ……武川は剣道経験者か」
「え……?」
ふいに早山が言った。コレを見ただけで俺が剣道経験者か、と。
いやいやよく考えろ、何か素人にしては構えが形作られてるから早山がそう思っただけに過ぎたいだろう
、きっとそうだ、そうに違いない。
「俺もそうだ、一応段位も持っている」
しかし違った。早山も剣道経験者? しかも、有段者。
「そういえばあまり武川と話したことは無いから、知らないだろう」
「そう、だな」
早山はいわゆる寡黙だった。だからといって完全な無口という訳ではなく、質問すれば応えてくれる、あまり自分を語らない人物だった。
そんな早山が、俺と同じように月乃に追われて、剣を持っていて、そして同じように剣道経験者だった。ここまで共通点のある奴だったなんて知らなかった。
「お前の剣は良いな、そうして構えることが出来て、俺のはそうはいかない」
左手に持っていたナイフを右手に持ち換えた。刃渡りや柄の長さは竹刀の何分の一程度しかない、あれでは中段の構えは不可能だ。
「だが……こうは出来る」
その右手を、自身の腹の前へと置いた。
「それは……小太刀の構えか」
剣道には種類がある。一つは普通の長さの竹刀を一本のみ、通常の型で、上段や下段等の構えがある。
次に左手で竹刀、右手で小太刀を持つ二刀流、主に小太刀で防いで竹刀で打つ方法だが、扱い方が難しいからあまり使う人はいない。
そして今早山がやっている右手の小太刀のみ、短剣道というもの。
はっきり言ってこちらは二刀流よりも更に少ない、家が道場の俺だって一人しか見たことがないぐらいだ。それをまさか高校生が、しかもナイフという剣で行っていた。
「その名前を知ってるなら、経験者だな」
「ああ、家が道場なんだ」
「そうか……では、そろそろ始めるとしよう」
早山は足元に落ちている小石を一つ拾い、
「いくぞ」
それを上へと投げた。
「……」
「……」
互いにお互いの剣に見合う構えをとったまま、互いに一歩も動かない。
ただ投げられた小石だけが重力に従って下へと落ちていく。
互いの視線の先を通り、
カツン
小石が地面に落ちた。
瞬間、『剣の舞』二戦目の開始だ。




