武川のあだ名
教室に入り、自分の席についたところで、やっと一息つけた。
さっきはああ言ったが、待ち伏せなんて日常茶飯事だったからな……実はまだ油断が出来なかった、すると、チャイムが鳴った。
とりあえずは今はもう大丈夫だな……ただ、休み時間の度に休めない時間が来るだろうけど。
そういえば、三夜子はどうしたんだろうか。あのまま置いてきてしまったが、町田と共に学校へ来たのだろうか。
しかし確認しようにも、休み時間の度に現れる月乃に追われ、早山が教えてくれた隠れ家で難を逃れ続けて、あっという間に放課後になっていた。
授業終了と共に、追われるよりも早く部活に行く生徒達にまぎれてパズル部の部室へと逃げてきた。
「あ、武川君」
部室にはパズル部の三人目、押川が席に座って何かを書いていた。
「あれ? みゃーさんは一緒じゃないの?」
「ちょっと訳ありでな、一人で先に来たんだ」
「へぇ~」
「何書いてるんだ?」
紙を覗き込むと、そこには俺のフルネーム、
「武川君のあだ名を考えてたんだよ」
そして名前をもじった様々なあだ名と思われしき文字の並びが幾つも書かれていた。
前に、早山に言われた言葉を思い出した。
『いずれあだ名がつくだろう』
早山……そのいずれが来たぞ。
「ねぇねぇ、武川君」
「何だ?」
「一応候補を考えてみたんだけど、コレが良いな~ていうのある?」
紙を正面に向けられた。
けど、あだ名って、本人が決めるものじゃないよな? しかもどれもこれも独特なものばかり。
まだマシだな……というやつが二、三個あるのみだ。願わくば、その中のどれかが良いな。
「う、うーん。あだ名って本人に決めさせるものじゃなくてさ、友達がつけてくれるものじゃないか?」
とりあえずそう言ってみる。
「あ~、やっぱりそうだよね。分かったよ武川君、みゃーさんにも聞いてみるね」
「あぁ……うん」
果たしてこれで良かったのだろうか……? まぁ、今さら訂正は出来ないが。
と、そういえば、押川はA組だったな。月乃や早山と同じ組で、調理実習の時に同じ班だった。その時月乃は休んでいたのはあの眼帯が原因だろう……やっぱり気になるな、でも本人に聞くと入部届けへの記入を交換条件に突きつけてくるから、聞くに聞けない状態だ。
なら、同じA組の生徒に聞けばいいんじゃないか?
「なぁ、押川」
「ん? なーに?」
「A組に、月乃雅っているよな?」
「つきのんのこと?」
あー、そういやそんなあだ名つけられてたな。
「そう、あの眼帯の生徒」
「そういえばつきのん、眼帯してたね」
「その言い方ということは、理由は知らないのか?」
「うん、一度聞いてみたんだけどさ、気にしないで、て言われちゃったの」
「そうか」
クラスメイト全員にあだ名をつけるような押川なら、知ってると思ったんだがな。やはり……何か他人には知られたくない理由があるのか。
「あ、みゃーさん」
押川の声に振り返ると、三夜子が室内に入ってくるところだった。
「あのねみゃーさん、今武川君のあだ名を考えてたところなんだけど、何かいいアイデアない? ちなみにコレはボクが考えたやつ」
あだ名の書かれた紙を三夜子に見せる。
「……」
しかし三夜子は室内に入るなり、なぜか俺の目の前に止まった。身長差が少しある分、俺は上から見下ろし、三夜子は上目遣いの状態になった……て、何だこの状態。
「ど、どうした?」
「……驚いた」
驚いた?
疑問形じゃないところから見るに今のこの動作で俺が驚いたかではなく、三夜子自身が何か驚いた言い方だ。
「何に驚いたんだよ」
「……朝」
朝……俺が月乃から逃げるために急に走り出して三夜子と町田を二人きりにした時か?
「あれはほら、町田と話をする場所の用意と、俺が入部しないように逃げるための行動で…」
「……ならなかった」
「え?」
「……二人きりにはならなかった」
俺が走り出して月乃が追えば、あの場所には三夜子と町田だけになる筈だが…
「……後を追ってった」
そういうことか。
町田が月乃の後を追ってった為、三夜子は一人ぼっちになったらしい。
「……驚いた」
「それさっき聞いたぞ」
「……」
そのまま何も言わず、押川の隣の席に座った。傘は机の鞄をかけるところにかけた。
「……それなに?」
そこでやっと押川が持つ紙に気付いたのか、紙を見て首を傾げた。
「武川君のあだ名をアイデアだよ、みゃーさんも何かいいアイデアな~い?」
「……」
紙を真っ直ぐに見た三夜子は、
「……これがいい」
一つを指差した。
「これ?」
押川が紙を見る。そこに書かれていたのは……
「うぃーす、全員揃ってるかー?」
大和先生が部室の中へ。
「お、真面目にやってるんだなー、感心感心」
俺が持ってきたキャストパズルを一人一個持ち、解く努力をしていた。
「あ! 出来た~」
押川がいち早くパズルを解いた。
「出来たよ、みゃーさん! たけやん!」
「ん? たけやん?」
「あ、俺のことです」
パズルを一時中断して挙手をする。
「いや、そりゃこの部屋ん中にそう呼ばれるような奴は武川しかいないけど」
「今日の今さっきにつけられました」
武川の、たけ、から取ったあだ名だ。
ちなみに、まだマシだなと思った中の一つである。
「ふーん、押川は本当にあだ名をつけるの好きだな、聞いたぞ? A組の全員にあだ名をつけたって」
「はい!」
押川は元気よく返事をした。
「でも桜間先生のあだ名は少し可哀想じゃないか?」
桜間先生とは、現代文の教師にしてA組の担任の先生のことだ。
「そうですか?」
「どんなあだ名なんだ?」
「さくらん、だよ」
桜から取ったんだな。
「クラス中に広まって、教室外でも呼ばれる時はそれだから校内に広まってるんだぞ、さくらん先生って」
「どこが可哀想何ですか? 親しみ易そうですけど」
「あだ名を考えてみろ」
さくらん先生……さくらん………錯乱? 錯乱先生?
「あぁ……」
「分かったか?」
「はい、なんとなく」
本当に、少し可哀想だ。
「ま、当の本人は気に入ってるみたいだから誰も何も言わないんだけどな。多分、気付いてないんだろうけど、錯乱に」
現代文の教師なのに……
「それどころか先生本人は、生徒にあだ名をつけられてね~。とか喜んでたぞ」
「まぁ、本人がそれで良いのなら、良いんじゃないでしょうか」
「でも錯乱だぜ? それに気付いてないのがまさに錯乱状態みたいな感じがしてくるぜ?」
「先生、気にしたら負けですよ、きっと」
「だな……と、そういやコレを持ってきたんだ」
先生は持っていた袋の中身を机の上に並べた。
「コレは?」
「武川が毎回持ってくんのは悪いと思ってな、近くの本屋に売ってたから買ってきてみた」
それはキャストパズルだった。しかも、俺が見たことのない物が2つも。
「何か、NEWって書いてあったから武川も持ってないんじゃないかと思ってな」
「はい、どちらも初めて見ます」
一つは正方形の箱の中に林檎を4分の1に切ったような物が入っている、箱には隙間が空いており、中のが動かすことが出来る、コレを取り出すタイプのパズルだな。
もう一つも似たような取り出すタイプだ、2つの皿状の板、その一つが迷路のような柄をしたもう一つの中に填まっている、迷路のゴールまで行けば外せる仕掛けのようだ。
「早速やってみろよ」
「じゃあボクはこっち!」
すでに解けていた押川が皿状のパズルを取った。
「では、俺はこっちを」
残った箱型をすでに解いたことのあるパズルをしていた俺が取り、3人で再びパズルの解答を始めた。




