創矢と三夜子は
そうだ、そうに違いない。
そんな事を言い聞かせて、いや、そんな事を言い聞かせている間に授業は進み、今はもう部活動時間だ。
頭の中を切り替え、目の前にある剣『森の柱』の解錠を試みて数十分。
一向に、解ける気配は無かった。
板を動かす自体は当たりだろうが、一体それでどうすればいいのかが分からない。
別にヒントが欲しいという訳ではないのだが、ここまで解けないパズルは初めて会った。これは解きがいがあるなと一種のランナーズハイに近いものを感じ始めたが、さすがに疲れたな。
少し休憩しよう、俺は地面に寝転んだ。背中に冷たい土の地面を感じる。
目線の先には大半が夕日になった青空、赤と青が良い具合で混ざった空が見え……なかった。
変わりに、目線の先、上を向く俺の先に。
七ヶ橋の顔があった。
「……」
「……」
上に七ヶ橋の顔がある状態で、まるで時が止まったかのように互いを見ていた……って、
「うぉ!?」
なぜこうなったんだ!? という気持ちと共に慌てて上半身だけを起こした。起こす際に七ヶ橋とぶつかる可能性もあったが、あちらがあっさりと避けていた。
素早く身を返し、膝立ちの状態になってそちらを見ると。
「……大丈夫?」
急に動き出した俺に疑問を感じてか首を傾げて聞いてきた。
「あ、あぁ……大丈夫だ」
急な事でびっくりしただけだと伝えると。
「……そう」
とだけ答えて横を向いた。向いた先を見ると、何やら籠のような物が置いてある。
それはともかく、
「何しに来たんだ?」
「……届けに来た」
届けに来た? 七ヶ橋が置いてあった籠を持ち上げて中をこちらに見せた。
「何だ、これ」
「……兄さんが」
話をまとめると、今日はB組とD組の調理実習だったらしく。その余り物をこうして籠の中、半分に切られた食パンやらレタスやキュウリ等を七ヶ橋へ渡し、俺と共に食べて処分しろ、という事らしい。
俺達は和食だったのに、あちらは洋食だったのか? 調理実習って組毎に献立が変わるものなのか……というか、そんな事していいのか家庭科教師……
「……まぁ、いただくか」
「……うん」
七ヶ橋は地面に正座し、籠の中から食パンを一枚取り出す、その上にレタス、ハム、キュウリを置き、もう一枚出した食パンで挟む。
「……はい」
膝立ちの状態から胡座をかいた俺に、それを差し出した。
「あ、ありがとな」
それを受けとる……そう言えば、七ヶ橋は包丁を使わない料理は出来ないって言ってた気がする。とは言っても、さすがに食材をパンに乗せるだけ、おにぎりはともかく、これは流石に出来るんだな……少しグシャグシャだが。
そんな事を考えてる間にもう一つ同じ物を作った七ヶ橋がこちらを見て、
「……食べないの?」
首を傾げた。
「あ、いや、食べるぞ」
慌ててサンドイッチにかじりつく。口の中にパンとレタスの味が広がる、キュウリはこの一口内には入らなかったのだろう。
まぁこんな物だよな、素材が切れ端の塊、というか余り物だからな。
隣では七ヶ橋も咀嚼を続けている。俺達は無言で食べ続けた。
……さすがに腹に貯まるな……という以前に、
「なぁ、一体何個分用意してきたんだ?」
「……さぁ」
さぁ、って。
「……余りが多かったのかも」
「それもそうか」
かれこれ五個は食べた。七ヶ橋も同じ数食べた筈なのに顔色一つ変えず新たにサンドイッチ作成を初めて。
「……はい」
俺に差し出した。
「悪い……もう無理だ」
「……そう」
七ヶ橋はそのサンドイッチを食べ出した。
こいつ……底無しか?
「ふぅ……」
俺は改めて空を見上げた。夕日の茜色と、青が混ざった妙な色をした空だ。
そして前を見る。『森の柱』が立っている。
「これが剣、か」
「……どうしたの?」
いつの間にかサンドイッチを食べ終えていた七ヶ橋が聞いてくる。
「いや、別に……」
いや、隠しても仕方ないか。
「実はな…」
俺は朝あった事を話した。
原良に会った事、
そして…
「…という訳なんだ」
「……」
「なぁ、七ヶ橋」
「……三夜子」
こんな時でもか。
「三夜子と押川は、友達だよな」
「……うん」
「俺と押川も、友達らしいよな」
「……うん」
「じゃあ……俺と三夜子って何なんだ?」
気になって気にし過ぎて、頭から離れなかったことを、正直に訊いてみた。
「……」
七ヶ橋は籠に手を伸ばした食パンを手に取り、レタスを置いた。
聞こえてなかったのか、聞き逃したのか、聞かなかったのか、答えないまま一分ほど経ち。
「……しいて言えば」
キュウリを置きながら、ぼそりと呟く。
「しいて言えば?」
「……」
ハムを置き、パンで閉じたそうして出来上がったサンドイッチを、
「……はい」
俺に差し出した。
「いや、もう無理だって」
「……しいて言えば」
また言った。
そして、
「……同じ籠の飯を食った仲間……とか?」
呟くように言って、サンドイッチにかじりつく。
「……」
それを言うなら同じ釜の飯を、だろ。それに飯じゃなくてパンだ。
……だが、仲間か。
確かに、七ヶ橋と同じような変わり者で、共に戦いをするような仲。
時には我が身をかけて、互いを助ける。
これを例えるなら……そう。
友達以上……仲間が、ぴったり当てはまるじゃないか。
「……そうか、よし」
俺は『森の柱』に近づき、パズルを動かし始めた。
「待ってろよ三夜子、俺も剣を手に入れて、ちゃんと助けられるような仲間になるからな」
「……うん」
そう言った七ヶ橋は、再びサンドイッチにかじりついた。
「……まだ食うのかよ」
「……処分するため」
だからってな……あ、そうだ、折角だから聞いてみよう。
「なぁ、三夜子?」
「……?」
咀嚼中で喋れないからか、ただ首を傾げる。
「三夜子がそこまでして剣で叶えたい願いって何なんだ?」
「ふぅ……」
すでに空は真っ赤、夕方だ。そろそろ部活終了時間になるだろうか。
「おっす、武川」
そこに、大和先生が現れた。
「あ、もう終了ですか?」
「おぅ、もう三夜子が教室で待ってるぞ」
どうやらもう過ぎていたようだ。
「で、首尾はどうだ?」
「何と言いましょうか……」
二日間続けてやってみて、一応規則性らしき物は見つかったのだが、それが答えに繋がるとは限らない。
つまりは、
「足踏み状態、ですね」
「そっか。あ、俺からの差し入れはどうだった?」
「いただきました、ありがとうございます」
「気にすんなって、どうせ余り物だからな」
「そういえば大和先生、前に話していた剣を手に入れた時には叶えたい願いの事ですけど」
「決まったのか? さすがに気が早いんじゃないか?」
「でも、一応は」
「へぇ、なんだよ」
「それは…」
「……両親を、見つける事」
「両親を?」
「……うん」
「……いないのか? 両親が」
「……うん」
「……」
「……私がこの高校に来たのは。全寮制だから」
そうか、そうすれば家に帰らずとも済む。誰も帰りを迎えてくれない家に。
「……いつの間にか、急にいなくなった」
「それ、大和先生は知ってるんだよな?」
「……答えてくれない。だから私が、自分の手で探しだして見せる」
「そうか……頑張れよ」
軽い気持ちで聞いてみたら、かなり重い理由だった。けどそれぐらいでもなければ、あんな風に剣に執着するわけがない。
「……ところで」
「なんだ?」
「……創矢の願いは、何?」
「俺の願い? そうだな…」
俺の、願いは……
「まだ考え中だ。このパズルが解けるまでには思い付いておくよ」
「……ズルい」
「は?」
「……私は言ったのに、創矢は言ってくれない」
「そ、そんな事言ったって、まだ考えてる最中なんだから仕方ないだろ」
「……ズルい」
「わ、分かった分かった。分かったから! その作ったばかりのサンドイッチを俺の口目掛けて突っ込ませてくるな!」
「……」
「はぁ……はぁ、分かったよ。思い付いたら真っ先に伝えるから、それでいいだろ」
「……うん。約束」
「ああ、約束だ」
「……むぐむぐ」
「お前、まだ食うのかよ」
「むぐ……ごくん」
「…七ヶ橋の願いを叶えたい、っていう願いなんですけど」
「ほぉ……これはまた面白い。いかにも変わり者の考え方だな」
「それって誉めてますか」
「そう取りたければ取ればいい、三夜子はこの事まだ知らないんだな?」
「はい」
「そっか、じゃあ内緒にしておこう、とりあえずもう帰るぞ」
「はい」
俺達は体育館裏を後にした。
―――その頃。
剣狩りの男め……
なぜあんな所に現れたんだ。あの邪魔が無ければ、苦もなく剣を手に入れて恩返しが出来たかもしれないというのに。
でも、もう大丈夫。剣はアレだけじゃない。
そう、学校には他にも剣があるんだから。それを持って行けばいいんだ。
この事を教えてくれた、あの人に感謝しなくては。




