勧誘と解除と感謝と解放と
3、4校時を使った調理実習の為、昼食を食べる必要も無くなったので昼休みを長く使えた。
昼休みは俺は友達と話したり、今みたいにキャストパズルを解いてみたりと、様々な事に使うのだが、今日は少し違った。
「部活に入らないか?」
「はい?」
机の前にやって来た大和先生が、来るなり俺にそう告げてきた。
「部活、ですか?」
「そうだ部活だ。心配するな、顧問は俺だ」
「別に心配はしてませんけど、なぜいきなり?」
「あー……まぁ、アレだ」
先生は声を抑えて話す。
「お前達が会ったっていう剣狩り、その対策を練る為には仲間は多い方が良いと思ってな。実は、剣の持ち主が三夜子以外にも学校にはいるんだ」
七ヶ橋の予想は当たっていたようだ。
「でだ、目立たないように剣の持ち主を集めるには、部活が良いと思い付いた」
「なるほど」
剣を持っていると、剣狩りに狙われるのは確か。ならば数人で集まってれば、1人よりも狩られる確率は低くなる。
「そこで俺が顧問をする部活を作る事にしたんだ」
「そこに、自分も入れと」
剣は持ってないが、部活には三夜子が必ず入る。その事情を知っていて、三夜子と話せる数すくない人物としての勧誘か。
「その通りだ」
先生は机の上に一枚の紙を置いた。それがよく何か見なくても分かる、入部届けだ。
「無理強いはしないぜ?」
言いながら紙の上にボールペンを置く大和先生。
「……言葉と行動が合ってないんですけど?」
「まぁ実は少し急いでるんだ。新規部活の申請日が3日後に迫ってるからな」
3日後とは言っても、今日は金曜日。土日を挟む以上、本格的に人を集められるのは今日と月曜日だけになる。
「……」
とある事情で見慣れた入部届けの紙を見る。部活の名前と、自分の年組番氏名を書くだけ、書く道具も置いてある。
「しかし……」
俺が部活に入っていないのは、家での手伝いがあるからだ。しかし、別に無理に手伝わなくても、部活に入ってもいいとは言われている。
だが俺は家を選んだ。
元々一年生の頃俺が入ろうとしていたのは、言わずもがな剣道部だ。だがこの学校の剣道部は他の運動系の部が賞を取ったり大会に出場したりしているのに対し、唯一何も成果を残していなかった。
それが続いていたせいか、人数も少なく、比べては悪いかもしれないが道場と練習量にとても差がありすぎていた。
純粋に剣道がやりたかった俺はそんな所に入ったとして本気になれるわけがなかったから、結果家の手伝いを選んだのだ。
そんな俺が、他の部活に入りたいと言い、親が許すかどうか……
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
正直に伝えたら、大和先生なら無理強いはしないと言ってくれるだろう。だがそう正直に言ってしまうのは、かなり気が引けた。
「そうか、まぁまだ3日あるからな、休みの内に親に承諾をもらってくれ」
「はい……分かりました」
いつもより長い昼休み時間中、俺は葛藤を続けていた。
放課後。俺は七ヶ橋をある所に連れてきていた。
「この辺りなら大丈夫か」
ここは体育館の裏手。先日、七ヶ橋が不良を倒した所から更に奥の体育館入口の真裏。
木々が生い茂り日があまり注さない上、ここには謎の像がある。
この謎の像、見た目は一メートル強程の長さがある柱のようで、表面には木の蔦や苔がついているがよく見てみると溝のような物があり何かの模様がうっすら見える。
聞いた話によれば、ここには昔建物があり、その名残の柱の一つだと言われている。場所と見た目が相まって、この像は『森の柱』と呼ばれている。
まぁ、それだけの物だ。別に名所でも無いので人気が少ないのもあり、ここは生徒達の秘密の呼び出し場所となっている。
そこには今、俺と七ヶ橋しかいない。誰かいたり。先日みたいに誰か絡まれていたりしたらどうしようかと思っていたが、安心した。
「さて、ここに来たのは他でもない」
勿体ぶりながら、七ヶ橋に話を振ろうとした時、
「……傘の事?」
七ヶ橋が先読みした。まぁ、他の事ならここまで来る必要はないからな。
「……分かったの?」
「多分、な、コレを見てくれ」
鞄の中から、八角形のキャストパズルを取り出す。
「……?」
七ヶ橋は首を傾げる。これが何? という風な顔だ。いつも通りの無表情だけど、なんとなく読めるようになってきた。
「これはつい最近買ったキャストパズルなんだ。解き方が分からなくて昨日は徹夜した」
「……だから、眠そうだった」
「そういう事……て、なんで知ってんだ」
「……一時間目、船漕いでた」
「う……」
「……二時間目で、力尽きてた」
「……」
見られてたのか……
「……ごくろう、さま?」
「……どうも、とにかく見てくれ」
鞄を地面に置き、キャストパズルも地面に置く。右手の親指と中指でパズルを持つ、
「……?」
七ヶ橋もその場にしゃがみ、傘と鞄を横に置いてパズルを見る。
「いくぞ」
そしてパズルを、
カッ
指で弾くようにして回した。
「……」
「……」
何故か、沈黙。いや俺が何か言えばいいのか。
「よく見てくれ」
再び指で持ち、そーっと、上に持ち上げる。
すると、パズルが2つに別れた。指で上に持ち上げている上半分と、地面に残ったままの下半分に。
「……すごい」
それを見た七ヶ橋はまばらな拍手を送ってくれた。いやいや、別に拍手を貰うためにこんな事した訳じゃないから。
「それも、同じ物かもしれないぞ」
「あ……」
横に置いてあった傘、その柄の部分にある白と黒による十字の飾りを、別れたパズルの隣に置いた。上が白、下が黒になっているそれを、先ほど俺がやったように指で持ち、
カッ
指で弾いて、回した。
「……」
「……」
再びの何故か沈黙の後、七ヶ橋は白い棒の両端を両手で持ち、ゆっくりと上に上げると。
白い棒が、持ち上がった……下には黒い棒を残して、白い棒だけが上に上がった
「おぉ……解けたな」
予想は当たっていたようだ。パズルという名前ながら、解き方の分からなかったもの同士、まさか同じ解き方をするとは。
「……」
七ヶ橋は白い棒を持った手を見たまま動かなかった。
「七ヶ橋?」
俺が呼びかけると。
カシャン
途端に、白い棒を落とした七ヶ橋は……俺に抱きついてきた。
「な……!」
「……ありがとう……本当に、ありがとう」
純粋なお礼の言葉。それだけ、七々橋がこれにかけていた思いが大きいことの分かる言葉だった。
「ど、どういたしまして」
「……長かった。とても……長かった。でも……やっと」
「ちょ、ちょっと、七ヶ橋?」
「……なに?」
「は、離れてくれよ」
さっきからずっと抱きつかれ、後ろに回された手にも力がこもっているので、かなりの密着度だ。
「……大丈夫」
「いや大丈夫じゃなくて! は、恥ずかしいから!」
何が大丈夫か知らないが、俺はこれでも思春期の男子。同い年の異性がこんなに近くにいて……ドキドキしない訳がなかった。
「……分かった」
七ヶ橋は離れた。なんか、しぶしぶといった感じだったのは、勘違いだと思いたい。
「と、とにかく、これで鍵が取れたんだな」
「……そう」
「でも、何にも起こらないぞ?」
パズル錠が外れた傘は、特に変化もなく傘のままだ。
「……多分、開けばいいと思う」
そうか、それが傘として完璧に開いた形だな。
七々橋が傘の柄を持ち、ジャンプ式傘のボタンに手を触れた。
その時だった、
ガシン!
「!?」
俺達が来た方向から鉄が地面を叩いたような音が響いた。
音のした方向を見てみるとそこには一人の男子が立っていた。制服からこの学校の生徒だとは分かるが、さすがに誰かまでは分からない。
「誰だ?」
制服の新しさから一年生だと予想し、敬語を使わずに訊いてみると、
「……やっぱり、覚えてませんか」
そいつはそう言った。
急に現れた謎の男子の右手には、謎の物体。
裕に一メートルを超える長方形の鉄の板に細長い持ち手がつき、男子はそこを握っている。先端の触れている地面が少し波打っているところを見るに、強く突き付けたようだ。それがさっきの音か。
長方形の辺は真ん中と少し色が異なり、薄く、灰色に輝いていた。まるで刃のような……
「まぁ、仕方ないですね。あの時だって忘れられてた訳だし」
あの時?
「まずはお礼を、あの時は助けてくれてありがとうございました。僕は飯田瀬戸といいます。この学校の一年生です」
あの時って……まさか、
「あのままでしたら僕はあの人達にボコボコにされていました……ですが、そこにお二人が来て、助けていただきました」
あの時か!
そういえば忘れてた。コイツ、あの時のいじめられっ子か。
「ですが……何故あの時に僕は置いてきぼりだったんですか? 安否の確認ぐらいしてくださっても良いじゃないですか?」
飯田と名乗った男子は、長い板をを肩にかけた。
「ですが構いません。僕はコレによって強くなり、あの人達に復讐しましたので、後は……コレを下さった方に、恩返しの為」
肩から下ろし、重さを感じさせず板の先端をこちらに向けた。
「その傘を、頂きます」
この一年生、剣狩りか! いや、あの板を渡した人がいて七ヶ橋の傘が剣と知って狙ってきたのならその誰かが剣狩りか。
だがまずいな……あの時の男のような強さは感じないから剣を持っていない俺でもどうにか対抗できそうだが、今手元に木刀は無い、せめて棒状の何かがあれば。
その時、今まで静かだった七ヶ橋が立ち上がった。
「七ヶ橋?」
「……もう、守られるのは終わった」
傘の先端を飯田に向けて、
「……狩れるものなら。狩ってみるといい」
傘を、開いた。
瞬間、傘から光が溢れ出した。




