剣の舞
剣の戦い。それは剣を持つ者どうしの戦い。つまりあの男と、謎の男の戦いだ。
確かに急に現れた男達の謎や七々橋の持つ傘のことも何かわかるかもしれない。
それに、刀剣を使った戦いは剣道をしているものとしてはとても興味がある。よく見ておこう。
帽子で顔を隠した謎の男は先ほど投げた刀を抜き、
「さぁかかってきたまえ! 情け容赦はいらないぞ!」
その切っ先を男へと向けた。
「またお前かよ、何度も邪魔しやがって」
また、という事はあの黒服の男は謎の男に何度も会っている。そしてあの男達は何度も剣の戦いをしているという事になるが……
「……なぁ、七ヶ…」
「三夜子」
徹底してきてるな。
「三夜子」
「……何?」
「そもそも、剣って何なんだ」
家が道場だった事もあり、子供の頃から竹刀を振り、道場の歴史についてを学ばされたが、俺はそれよりも先祖である本物の侍が持っていたであろう、刀に興味を持ってしまった。
それから刀というものを調べ、そこから幅を広げて西洋の剣から神話上の伝説の剣まで、周りが呆れるほど調べた事がある。キャストパズルにハマる以前の話だ。
なので今の状況で一番目が行くのは、2人が持つ剣と呼ばれる物だったりする。
謎の男が持つのは、一般的に太刀と呼ばれる物。鍔や柄の模様によって色々と名前のあるものもあるが、ここからは見えない。
一方黒服の男が持っている剣は、形状から見るにおそらくカトラスだろう。
本来片手剣なので両手に一振りずつ持って使う事も可能なものだが……と、あまり剣に見入っている場合じゃなかった。
既に戦いは始まっている。
謎の男と黒服の男は、互いの剣の刃と刃を交錯させている。まさに剣による戦いだ。
「……アレが、剣による戦い。別名『剣の舞』」
「剣の舞……」
同じ名前の有名なクラシックが頭の中に流れた。
刃と刃が交錯する。
キン! カキン! キンキン! カキン!
その時の音が重なって一つの曲のように聞こえる。それをBGMをとして使用者が舞うように動く。
なるほど、まさに剣による舞―――『剣の舞』だ。
しかしコレは、戦いだ。
過去の侍がそうだったように、刃のついた真剣で戦うということは、油断すればどちらかが切られ……死に至る。
その時だった、
「隙ありだ!」
謎の男が刀を突く。刀は抵抗も無く男の体へと深々と突き刺さった。
「決まったか!」
明らかに致命傷な刺さり方だ。
「……まだ」
「え?」
刀が引き抜かれる。その跡に傷は無く、刀に血もついていなかった。
「い、今、刺さったよな? なのにあの男、傷がないぞ」
「……剣は人を傷つけない。傷つけるのは、人の闘志」
「闘志?」
「……剣で闘志を削り、相手に降参させる、それが剣の舞の、勝利条件」
闘う気を削ぎ、相手に降参させる?
「……それともう一つ」
「何だ?」
「……剣は、必ず何かを司り、様々な能力がある」
能力?
「何だか剣の戦いにそれは邪道な気がするな」
真剣勝負とは、真剣のみを用いた正々堂々とした戦いだ。能力という特殊能力的なものはどうかと思うな。
「……それが、剣の舞」
「へぇ……」
「どうした? まだ一撃も当たっていないぞ?」
「くそっ」
剣の舞は、謎の男が優勢で進んでいた。
「能力なりなんなり使って、一太刀でも当ててみたらどうだ」
「へ、それが望みなら叶えてやるよ!」
男はカトラスを後ろに引いた。
あの構えは……突きか。本来カトラスには疑似刃と呼ばれる刃が先端にもついているので、斬るだけでなく突きにも使えるのだ。
「剣よ、望み叶えたまえ!」
男はその場で、謎の男に届きもしない距離で突きを放った。
瞬間、刃が伸びた。
伸びた刃は直線に謎の男へとむかう。
「そんな単調な能力は効かないぞ!」
伸ばされる刃の軌道を読み、と言っても直進だが、謎の男は刃を避けた。
と、思った。
「……そんなことは分かってんだよ」
トス
「お?」
刃が弧を描き、曲がった。
そのまま謎の男を貫き更に伸び、その場に大きな9の字を作った。その形は、先程の知恵の輪と同じだった。
「……あれが、能力」
「ああ、見て分かった」
あんなこと、普通の剣には絶対出来ない。
「……コレにもある」
傘を指さして言った。
「どんなのか、は分からないんだよな?」
「……」
こくりと頷いた。
「はあ……剣の舞、か」
「……興味ある?」
「少しな、でも迂闊に首を突っ込むのは悪いと思う」
「どうして?」
「あんなのを見たら……」
前を指さした。そこでは今まさに『剣の舞』を行っている二人がにらみ合っていた。
「ほぅ、中々やるじゃないか。しかし」
謎の男は刀を構えた。刃を自身の右脇に納める、居合い切りの構えに似ていた。
「悪いが長引かせた所でこちらに利は無いのでな、次の一振りで決めさせてもらおうか」
体制を低く保ち、前へと飛び出し、
「ふっ!」
男の懐へと飛び込んだ。
「百万ノ布刀!」
刀を引き抜き、空を切る音を立てながら男の体に当てた。
次の瞬間、何かが起こった。
何か、とは断言できない、おそらく目では追えない速さの何かが男にぶつかり。
男の体を後ろに吹き飛ばされていた。
あっけにとられて見ていると、男は地面に叩きつけられた。
「ちっ……またかよ」
仰向けに倒れた男は腕を地面について顔だけを上げ、謎の男を睨んだ。
「はっはっはっ! 正義は必ず勝つのさ、今なら許してやらなくはないぞ?」
後半は正義の言葉じゃないだろ……
「くそ、覚えてやがれ!」
立ちあがった男は剣を知恵の輪に戻し、その場から走り去っていった。
「な、なぁ、今何が起こったんだ?」
「……?」
七ヶ橋は首を傾げた。謎の男が刀を当てた途端に男は宙を舞った。見えたのはそれだけで、なぜ舞ったのかが分からなかった。
「あれも能力ってやつなのか?」
「……」
無言、七ヶ橋も分からないらしい。
「ふむ」
謎の男は一息つき、刀を肩に担いでこちらに歩み寄ってきた。
「大丈夫だったかい?」
「はぁ……お陰様で」
「そうかそうか、無事ならば何よりだ」
「……ありがとう」
七ヶ橋もお礼を言った、直立不動ではあるが。
「うむ、君は特に気を付けたまえよ、それが狙われているのだからね」
傘を指さして七ヶ橋に注意を促すが、
「……やだ」
あっさりと否定した。
「はっはっはっ! 相変わらず無愛想だな君は」
「……どうも」
「はっはっはっ! まあこれからも困った時には呼びたまえ、パズル錠が解けるまでは助けてあげよう」
パズル錠?
「……」
七ヶ橋は答えない。
「それとな、パズル錠のかかったそれは並みの攻撃や衝撃ではビクともしないのだ。潔くパズルを解きたまえ」
「……」
七ヶ橋は何も言わない。ただ謎の男が一方的に話している。まるで無視されているようにも見えるが謎の男はそれを気にするようには見え…
「……ふむ……そこまでくると、流石に心が折れそうだな……」
心弱っ!
「ではっ、心が挫ける前に俺は去るとしよう」
謎の男は左手をしゅたっと上げ、走り去っていった。
「……何だったんだ? あの人」
「……いつも助けてくれる」
「いつも?」
そういえばさっきの会話の中に何度も会っている感がちらほらあったな。
「という事は……何度もあるのか、剣狩り」
こくりと頷いた。
「剣狩りか……」
剣を持たない俺には関係無い事だが、せめて七ヶ橋を守ってやれたらと思う……しかし剣を持ってない俺には、剣と戦う事が出来ないだろう。先程の男のみたいな剣なら尚更だ。こちらの攻撃の届かない遠間から一方的にやられるだけだ。
なら、あの男が助けてくれるのに任せるしかないか。しかしそれも、パズル錠とやらが解かれるまで…
「そういや、さっきの奴パズル錠がどうとか言ってたよな」
「……ここ」
七ヶ橋は傘の手元を指さしてソレを示した。傘の下の部分、開かれると外側になる骨の先端の内2つに鎖があり、鎖の先では白と黒の棒が交錯して重なっていた。このまま傘を開くとコレが邪魔して完全には開くと事が出来ないだろう。
「コレか?」
こくり。
「パズル錠……って事は、コレがこの剣の鍵なのか?」
こくり。
「パズルって事は、コレを解けばいいのか?」
こくり。
「……」
何だ? この独り言みたいな気持ちは……
「はぁ……とにかく、このパズルが解ければ、傘を壊さなくても剣を取り出せるんだな?」
「……そう」
「ふーん……」
改めてパズル錠とやらを見てみる。
白い棒と黒い棒が中心で交錯してばつ印を作っている。2つの棒の片端には鎖、それが傘と繋がっている。ただそれだけの物。
コレはパズルなのか? 知恵の輪みたいな物なら解き方が分かるだろうが、コレにはそれが無い。ただのこういった飾りみたいにも見える。キャストパズルにもこういう物は無いな。
「んー?」
手に持ってみる。鎖がちゃりちゃり鳴った。
「……分かった?」
「いや、分からん」
「……解けそう?」
「いや、全然」
「……何とかなりそう?」
「……」
何でだ? 俺に解かせようとしている気が……
「三夜子も考えてくれよ」
「……無理」
そこだけ即答だった。
「何でだよ……」
「……解けないから、壊そうとしてたから」
そういやそうか。だから毎日持ち歩いて地面をついたり、体育館裏で殴らせたりしてたんだよな。
解ける可能性があるならこんな努力はしない。多少荒療治でも、壊す可能性にかけたんだ。
「……そうだ」
不意に、七ヶ橋が傘を持ち立ち上がった。
「どうした?」
「……明日、創矢に会わせたい人がいる」




