28-信じるという選択
【テオドール視点】
目を疑った。
いつも穏やかで、慈悲深く――
私たちを助けてくださっていた恩猫様が。
母上の治療薬を、奪い取ったのだ。
「っ!?恩猫様!一体何を……!
お返しください!!」
カトレアが叫び、恩猫様へと駆け寄る。
伸ばされた手は――
パシッ、と前足で弾かれた。
その瞬間、空気が変わる。
鋭い眼差し。
逆立つ毛。
こちらを明確に拒絶し、警戒する姿。
今まで見せたことのない威圧に、思わず息を呑む。
……何が起きている。
私たちを救い、導いてくださった存在。
そう信じていた。
だが――それは、思い違いだったのか。
所詮は猫。
あるいは……何者かの間者だったのか。
嫌な考えが、脳裏を巡る。
だが。
――違う。
ふと、気付く。
恩猫様は、薬を奪ったまま――何もしていない。
逃げるでもなく。
壊すでもなく。
ただ、その小瓶を――
私たちに近づけさせないようにしている。
……これは、牽制か?
思い返せば、この方は。
どれほど無遠慮に触れられようと、
どれほど不敬な態度を取られようと、
決して、私たちに敵意を向けたことはなかった。
そんな方が、ここまで露骨に拒絶する理由があるとすれば――
「……恩猫様を、信じる」
小さく呟き、カトレアを制する。
「待て、カトレア。手を出すな」
「ですが――!」
「いい。様子を見る」
制止されたカトレアが歯を食いしばり、動きを止める。
私は、恩猫様へと問いかけた。
「……恩猫様。その薬を遠ざける理由が、あるのですね?」
この考えが正しいかは分からない。
だが――
その問いに応えるように。
張り詰めていた警戒が、わずかに緩んだ。
そして恩猫様は、静かに小瓶へと視線を落とす。
次の瞬間。
――魔法が発動した。
「なっ……!?」
思わず息を呑む。
闇魔法。
そして――光魔法。
それも、雷撃と浄化の同時行使。
あり得ない。
属性の同時使用ですら高度だというのに、
それを“制御したまま併用”しているなど――
一体、何をしている……?
小瓶の周囲に、淡い紫の靄がかかる。
そこへ、バチバチと弾ける光の雷。
さらに、ふわりと舞い降りる浄化の光。
相反するはずの力が、干渉し合うことなく共存している。
異様な光景だった。
ただ見ていることしかできず、息を詰める。
――その時。
小瓶に、変化が現れた。
ゆらり、と。
黒い煙のようなものが、内側から滲み出る。
それはゆっくりと立ち上り、空気を汚すように揺らめく。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
本能的に理解した。
――これは、危険だ。
「……まさか」
隣で、カトレアが呟く。
震える声だった。
「……嘘……ですよね」
「なぜ……どうして……」
そして、絞り出すように叫ぶ。
「なぜセラフィーネ様の治療薬から……
魔物の持つ“穢れ”が、発生しているのです……!?」




