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三十話 綻ぶ笑み 2

「それにしても玉蓮、顔色悪くないか。いつもの白さじゃねえ。目の下に隈もできてるぞ。まともに飯食ってんのか? いや、それより、ちゃんと寝てんのかよ」


 牙門が大真面目な顔で覗き込んでくるものだから、玉蓮は息を呑んだまま固まってしまった。言えるはずがない。夜ごと、天幕の奥で何が行われているかなど。その沈黙をどう受け取ったのか、牙門はさらに「おい、まさか(やまい)か?」と身を乗り出す。


 その瞬間、横で酒を飲んでいた朱飛が、盛大にむせ返った。そして、助け舟を出すふりをして、その実、油を注ぐように子睿が口を挟む。


「全く、あなたは察しが悪い。お頭の傍にいて、ゆっくり眠れる日が来るとでも?」


「そういう意味で言ってねえよ。まあ、確かに今まで数人がかりで相手してたんだ。眠れる時間なんてねえか、がっはっは!」


 牙門は、豪快に笑い飛ばしたが、玉蓮は自分の首筋がじわりと熱を持つのがわかった。その熱は、止めどなく頬へと伝播していく。居心地の悪さに玉蓮が俯いた、その時。



「——おい、玉蓮」



 低く、よく通る声が、喧騒を一刀両断にした。


 それまで天幕の奥に置かれた大仰な椅子で、黙って酒をあおっていたはずの赫燕。彼の一言で、天幕の空気が凍りついたように静まり返る。赫燕は、赤くなった玉蓮の顔など目に入らぬように、冷ややかな瞳で射抜いた。


「迅の小指の動きが見えたか」


「……はい」


「観察できんなら、次は戦術だ」


「え?」


「あの城を落とす策の続きだ」


 赫燕は顎で、玉蓮が整理していた地図をしゃくった。まるで、「下らぬ遊びは終わりだ」と告げるように。


「……お前は城主の子供を捕らえると言った。だが、それをどう使う?」


 玉蓮は一瞬言葉に詰まったが、すぐに居住まいを正し、背筋を伸ばした。先ほどまでの恥じらいの意識を奥底に消し、その瞳に軍略家としての光を宿らせる。


「……開門されなければ、城壁の前で首を落とします。見せしめとして」


 天幕から音が消えた。全員の視線が自分に突き刺さるのを感じる。静寂の中、朱飛が強く空の杯を卓に置く音だけが響いた。


「……まだ、甘いな」


 赫燕の喉の奥で、くつり、と低い笑い声が鳴った。


「晒すだけじゃ芸がねえ。その首に文を結びつけてやるんだよ。『次は、お前の城の住人たちの番だ』と、な」


 玉蓮の指先が冷たくなるのと同時に、腹の底が熱く疼いた。残酷すぎる策。けれど、それは何よりも確実で、美しいとさえ思えてしまう。


 赫燕の放つ血の匂いに、魂が呼応している。乾いた唇を舌で湿らせ、その男の瞳を真っ直ぐ見つめる。心の臓が、何かを求めるようにその鼓動を強く打つ。


 息が浅く、短くなっていく。その時——


「お頭」


 それまで黙っていた朱飛の声が響いた。凛とした声に、歪な空気が静まり返ると同時に、玉蓮の唇から息が、ふ、と溢れた。


「なんだ」


 赫燕の不機嫌そうな声が返る。


「戦に影響するんで、そろそろ玉蓮を隊に戻してくれませんかね」


「ああ?」


 赫燕の眉が、ぴくりと上がる。


「こいつは、俺の隊です」


 天幕の空気が凍り付く。自分を赫燕から守ろうとするかのような言葉に、玉蓮は驚きで目を見開いた。赫燕は朱飛を数秒間だけ見つめると、やがてその唇に微かな笑みを浮かべる。

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