表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/214

三十話 綻ぶ笑み 1

◇◇◇


 昼下がり。赫燕(かくえん)の天幕は、荒々しい熱気で満ちていた。床に敷かれた麻の上に幹部たちが車座(くるまざ)になって陣取っている。彼らが興じているのは、もちろん賭博。金銭や財宝を賭けて、互いの虚勢と運とを試す、この軍の日常的な光景。


「おい、牙門(がもん)! また、イカサマしやがったな!」


「なんだと! 証拠もねえのに、(わめ)くんじゃねえ!」


 牙門と(じん)が今にも掴みかからんばかりの勢いで、言い争っている。


「どっちもどっちだろ」


 その横では、朱飛(しゅひ)が面倒くさそうに口を開き、酒を(あお)る。対照的に、子睿(しえい)は扇子で口元を隠し、その瞳だけを細めて楽しげに微笑(ほほえ)んでいる。


 牙門と迅の言い争いも、朱飛の無関心も、子睿の悪趣味な笑みも、全てはいつものこと。これこそが赫燕軍。


「……相変わらずですね」


 手に持った地図の土埃を払いながら、誰にともなく小さく呟く。玉蓮は、その喧騒(けんそう)から少し離れた場所、天幕の隅で地図の整理を進めていた。広げられた地図の上には、これから進むべき道のり、敵の陣地、そして潜在的な危険地帯が細かく書き込まれている。


 一つ、二つと地図を壺に戻していた時、ふと、子睿が天幕の隅で地図を整理している玉蓮に視線を投げた。


「玉蓮は、どう思われますか?」


 唐突に話を振られ、玉蓮は顔を上げる。


「……何がですか?」


「お二人のどちらがイカサマをしているか、ですよ」


 牙門と迅は向かい合い、古びた札を広げたまま固まっている。二人の視線が玉蓮に集まる。玉蓮は、呆れたように息を一つ吐くと、すっと指先で一方を示した。


「おそらくは、迅かと。先ほどから、三度、札を配るそのほんの一瞬だけ、左の小指が不自然に動いていましたから」


「げっ」


「ガハハ! 迅、ざまあみろ! お前のその小細工は、玉蓮には通用しねえってことだ!」


 迅の顔が引きつり、牙門が腹を抱えて大笑いする。子睿が感心したように「ほう」と息を漏らし、パチンと音を鳴らして扇子を閉じた。


「お見事。指先の微かな動きを見逃さないとは」


 玉蓮は、特に反応せず、再び地図の整理に戻ろうと体を翻した。が、しかし、その玉蓮の耳に、子睿の笑みを含んだ声が届く。彼は、愉快そうに玉蓮を見上げていた。


「初めてここへ来た頃の、警戒心に満ちた小動物のような様子が嘘のようです。もはや、この天幕の(あるじ)も同然の落ち着き様ですな」


 子睿のいつもの揶揄(からか)い。反論するのも、真に受けるのも時間の無駄。玉蓮は、黙って聞き流そうとしたが、「なあ、玉蓮」と牙門が名を呼んだ。牙門はまだ、笑い疲れから完全に回復していない様子で、ひいひいと目に涙を溜めながら少し苦しそう。


「なんで迅のイカサマが分かったんだ? 俺は、今まで、どんなに集中しても一度も見抜けたことがねえのに。こいつは、本当に天性の詐欺師だと思ってたぜ」


 玉蓮は、地図から目を離さずに答える。


「集中していれば、誰でも気づくことです。問題は、牙門が迅のイカサマに乗ることを楽しんでいるから、見抜こうという意図が薄れているだけでしょう」


 牙門の図星を突いたようで、彼は「うっ」と呻き、反論の言葉を見つけられずに頭を掻いた。子睿は、また面白そうに、ふふふと笑い声を上げた。肘で迅の脇腹を小突きながら、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「だそうですよ、迅さん」


「玉蓮に言わせると、牙門は俺のイカサマを楽しんでるってことだな! ま、あながち間違いでもねえ。これからも遊んでやるからな、俺の可愛い牙門ちゃんよ!」


 迅は、まるで勝ち誇ったかのように胸を張り、片目を閉じて笑いかけた。


「なーにが遊んでやるだ。俺が遊んでやってんだよ、このイカサマ師が」


 牙門は、即座に、心底うんざりしたという調子で言い返す。そして、ふいに視線を迅から隣に控える玉蓮へと移す。その目は、品定めするかのように、まじまじと玉蓮の顔を食い入るように見つめてくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ