表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

中西茜⑥

 欠伸をしながら、パソコンの画面を眺める。朝も早いが、今日は夜も遅い。自分で決めたスケジュールだが、無謀なスケジュールを作成したと後悔した。

 アポイントは自分のスケジュールと合わせて組まなければならない。こんな、社会人一年目が言われそうなことが、私にはできないようだ。相手のシフトや曜日に合わせてしまうと、こういったありえない時間の勤務になってしまうのだが、先方に自分のスケジュールを話せない私はその店に合わせた結果、朝早くと夜遅くが重なってしまうのだ。

 数時間の空き時間。何をしようか迷う程度なら心に余裕があるのだが、やることがびっしり詰まっている。そして、今日は一度、○○駅前店に顔を出す予定を立てていた。

 麻依ちゃんからの話が気になったまま、約一週間の時間が空いたが、店舗の夕方の勤務に伺う機会を作った。できれば当事者の二人がいないシフトが最適だと感じていたところ、ちょうどいい日にこうやってアポイント時間の調整のおかげでチャンスが生まれた。

 まずは周りの話を聞くのが無難だ。カップルになっているなら、周りの従業員は気が付いているはずだし、もし恋愛トラブルなら相談を受けている可能性もある。逆にまだ誰も認知していないのであれば、改めて本人たちから話を聞けばいい。

 よくある話なのだが、なぜか引っかかる。具体的な話ではない分、おそらく私の経験値からの勘なのだが、単純な恋愛関係のもつれではない気がした。そもそも、彼は年上の女性が好みで、私や新浜さんに興味を示していた。いきなり連絡先を聞かれて困ったのを覚えている。甘え癖があるタイプなのか、小さな仕事の質問をよくしてくるので答えていると、少しずつ私生活の話をし始めて、最終的に連絡先の交換を持ちかけてくる。

 この先に何をしたいのかは想像の範囲だろうが、自分の話しかしない彼のことを考えれば、同じように自分の話を永遠にチャットでしながら、いつかは付き合おうとするに決まっている。

 店の従業員は大切な仲間ではあるが、取引先の人間であるのは変わらない。恋愛感情は一切ないので、こういう反応には正直戸惑った。結局麻依ちゃんに相談したら、須永さんに直接話してくれて解決した。麻依ちゃんは彼が入社する前には結婚をしていたので、この経験はなかったらしい。ただ、入社時には馴れ馴れしかったのだが、ある勤務終りに指輪を付けているのに気が付いてから距離を置かれたそうだ。

 新浜さんにも私と同じように接していたが、最終的には断られたようだ。恋愛体質ではあるようだが、年下の女性従業員には興味を示さなかった。そこが今回の違和感だ。

 北村さんが入社してからも、須永さんは彼女には興味を持っていない。大学生で日々綺麗になっている北村さんの変化に心変わりをしたのかもしれないが、可能性は薄い。

 そのため、もし二人が付き合っている、若しくは北村さんに対して一方的な好意が暴走しているのであれば、原因になる出来事はあるに違いない。そして、それを知っている人間は存在している気がした。

 最近は希薄になっているが、アルバイト同士で飲み会をしたり、食事に行ったりするのは今の時代でもおかしい話ではない。もしその場合は、最初から二人きりはないはず。

 雰囲気を把握する意味でも、ここでの来店には意味があるはずだ。車から降りると、いつもとは違って暗くなり始めた道を歩き始めた。夏に近づいて日の入りが遅いが、街灯がちらほらとつき始めて、羽虫やそれを食べる蝙蝠が飛び交っている。

 帰宅するサラリーマンや学生客で店内は混雑していた。駅前の店舗は夕方の売上が特に高く、この時間は大事な時間だ。疲れた表情で弁当を見ているサラリーマンを横目に、従業員に挨拶しながら事務所に入った。

「おはようございます」

 事務所の横の商品棚で、アルバイトの女の子が商品のストックを整理していた。高校生アルバイトの浦沢さんだ。黒いサラサラの髪をリボンのついた髪留めでまとめているかわいらしいアルバイトで、誰とでも打ち解けられる明るい性格をしている。

「おはようございます。今日は北村さんいませんよ」

 作業の手を止めて、軽く頭を下げた。高校二年生で勤務歴は半年くらいになるはずだ。礼儀正しい子で、県内でも有名な私立高校に通っていると聞いても納得がいく。

「ああ、時間があったから来ちゃった。この時間にあまり顔を出せていないから、今はどうなのかなって少し気になって」

 核心に触れず、彼女の表情を伺った。何か不満があれば、ここで空気が変わる。しかし、彼女は表情を変えずに作業を再開した。

「変わりないですよ。北村さんに頼ってばかりですが、私は楽しいです」

 期待をしていない回答だが、悪くない。従業員の感想の良さは安心につながる。環境が悪くなればお店は崩れる。当たり前の話だが、これまでの経験から店舗の雰囲気は売上に直結するのを実感していた。

 浦沢さんの性格を考えると、そこまで嘘はうまくない。そのため、今回の問題は目立った内容には至っていないという認識でいいのか。

「そうか、北村さんは丁寧に教えてくれるし、優しいよね。浦沢さんの先輩になると、長いのはあと須永さんくらいか」

 故意的に須永の名前を出すと、彼女の表情が変わった。

「そうですね」

「彼とはシフト一緒になることはあるのかな」

「・・・」

 表情が曇り、作業をしながら無言になった。嫌な話をされて不快になったという態度にも見える。

「あの、あまりいい話ではなかった」

「いえ、別に。もしかして、何か知っていてここに来たのですか」

 訝しげに彼女は訊ねた。私が話を知っているのにここにきて、わざと引き出すために質問をしたと思っているのだろう。

「いえ、特にはなにも・・・」

「そうですか。そうしたら、私の勘違いでした。すみません」

 随分と歯切れの悪い言い方に、引っかかる。しかし、彼女は自分の口から気になっている内容を話したくないのだろう。私も同じ立場なら、考えることは同じだ。

「ねえ、何かあるのかな。夕方の従業員さんの関係で困ったことがあるなら、話してほしいな」

 柔らかい口調で話した。まずは、自分が敵ではないという意思を明確にする必要がある。ここまでやるのは、経営指導員の仕事の範疇を超えている気がする。しかし、麻依ちゃんがいない時間での問題発生においては、私が目となり耳となる約束をしたのだ。

「私には特にそういったものはないです。私は女なので」

「どういうことかな」

 彼女はあくまでも棚の整理に視線を向けたまま、小出しにするように会話を続ける。普段は目を合わせてくれて、笑顔を向けてくれる関係だ。よほど言いたくないのだろう。

「あの・・・私が話したのが伝わると、結構困るのですが・・・」

「大丈夫、浦沢さんに面倒をかけるようにならないように慎重に対応をする。みんなの中で働きにくい状況が起きているのは知っているのだけど、それの詳細が分からないから困っているの。冷静にこの状況を知っている人に話を聞きたくて」

「それは私ではないと思います」

 強情だな。相手に伝わらない範囲で、歯を噛み締めた。ここで我慢が切れると、チャンスはなくなる。

「そうか。少しでもわかればよかったのだけれど」

 開いていたファイルを閉じた。彼女に諦めたと思わせる。私が想定している彼女の性格にかけた。

「ありがとう。他の人に聞いてみようかな」

「あの・・・」

 彼女は困った人間を放っておけない。ため息をついて、こちらを見つめた。予想通りにはなったが、彼女を悩ませたのは罪悪感が生まれる。

 この仕事を始めてから、性格は確実に悪くなっている。情報を得る為なら、相手の表情を読んで必要な発言を引き出す。

まあ、純粋に生きていこうなんて望んでいない。

「どうしたの」

「北村さんは、本当に尊敬しています。だから、北村さんを悪く思わないでほしくて」

「どういうことかな。今の夕方の従業員さんの話に、北村さんが関わっているの」

「はい。私は直接何かされたわけではないです。北村さんが須永さんと付き合い始めてから、須永さんが北村さんを束縛するようになって、仕事中もいつも一緒に作業しているし。男性の従業員は北村さんと話をすると、須永さんが良く思わないらしくて、嫌がらせをされることもあるそうです」

「あの二人、付き合っていたの」

「今回は北村さんから告白をしたそうです。それもあって、私も言いにくくて。尊敬していますし、北村さんが悪く言われるのは気分悪いです」

 随分と話がズレている。そもそも、当初の相談は北村さんが麻依ちゃんに持ち掛けている須永の付きまといの相談だったはず。それなのに、須永と付き合い始めたのが、北村さんの意思だったなんて。

「そうなの。だから、なんかギクシャクしていたのか」

「副店長のいる時間は隠しているみたいなのですが、何人かの従業員からも相談は受けていましたが、私が出来る事なんてないので。あの、本当にこの話は・・・」

「他の人には知られないようにする。それは約束します。最後に聞いていい。告白をした話は北村さん本人から聞いたの」

目を見て、まっすぐに話した。彼女が働けなくなるのは店舗にも大きなダメージだ。

「はい。この話は多分私しか知らないと思います。先週の日曜日のシフト終わりに、一緒にショッピングモールでパフェを食べに行った時に話していました」

私は手持ちのバインダーからお菓子の販促情報を取り出すと、対象の商品に〇をつけた。

「貴重な情報ありがとう。これ、浦沢さんの発注している売場のキャンペーンだから、チェックをお願いします」

 そう言って、業務用のパソコンの前に置いた。

「シフトが終わった後でいいから、ここに置いておくね」

 なんとなく意味を察したのか、彼女は目を向けただけで頷いた。今日の目的はあくまでもこのために来たと認識してもらうためだ。

 普段来ない本部の人間が数分とはいっても一緒にいた。周りの従業員の中には興味を示すことがある。特に今は須永が目を向けている状況なだけに、どこから伝わるかわからない。想定していたので、予め準備しておいた。

「よくわからないのですが、これって本部の社員さんがやることなのですか」

 遠慮がちに彼女は訊ねた。悪意はなさそうだ。

「どうかな。私はまだ歴が短いからか、そのあたりがわかっていないの。もしかしたら、やり過ぎなのかもしれないけど」

「優しいのですね。本部の人ってもっと冷淡な方かと思っていましたが、中西さんはお話をしやすいです」

 ぺこりと頭を下げた。化粧気のない顔だが、目鼻立ちが整っていて化粧映えしそうだ。屈託のない笑顔を向けてくれたので、先ほどの緊張から解放されたから安心したのだろう。こう見ると、こんな純粋な娘に嫌な情報を引き出した罪悪感にかられる。

「ありがとう。今回もだけど、解決のお手伝いは全力でしていくから今後ともよろしくね」

 改めて全員に挨拶をしてお店を出た。普段話をしない従業員さんは、やはり不思議そうに私を見ていた。この時間は最近顔を出していないので当たり前ではあるが、半年前は結構顔を出していたので少し寂しい。この時間は入れ替わりも激しいので、顔ぶれも若干変わっていた。

 さてさて、また仕事が増えてきたな。

 私自身の行動が原因で仕事が増えているのだが、わざとらしく頭を掻く。目を背ければここまでの話にはならなかった。パンドラの箱を空けたのはあくまでも私だ。

 麻依ちゃんが勘違いしたまま、須永さんに注意をすれば解決はしたのかもしれない。ただし、それでは見えない部分でこじれてしまう危険があるようだ。あくまでも、当初聞いていたような一方的な恋愛関係のこじれではない。

 なぜ北村さんは自分から告白をしておきながら、付きまといの件で須永との関係を相談したのだろうか。浦沢さんの話が真実なら、むしろ北村さんはこの事実を麻依ちゃんに知られたくないはず。それなのに、認知していない麻依ちゃんに自分から相談を持ち掛けた。しかも、自分が好きなはずの人間を遠ざける行動に出るなんて。

 昼過ぎに雨が降ったため、じめじめとした空気が不快感を与える。考え事をしながら進んでいるため、足元の水たまりに気が付かずに足をいれてしまったパンプスの中に水が浸入して気持ちが悪い。舌打ちをしたが、足元に目線は落とさずに歩き続けた。

 理由は分からないが、北村さんが須永さんと距離を取りたいという意思表示は伝わる。安直に考えれば、関係に何かしら問題が生じてしまったための行動だ。その場合、北村さんが好意を持っていたのが過去形になるため、行動についても納得がいく。仲が悪くなってしまったが、須永さんが一方的な好意を示したので付きまといに発展したのだ。

 こんな面倒ないざこざが起こるようなら、アルバイト先で恋愛関係に発展させるのはやめてほしい。職場恋愛を否定するつもりはないが、所謂大人の関係といわれるような後腐れのない関係で済ませてほしい。社会経験が少ない学生アルバイトに、この話をしても意味のない事だとわかっている。

 それにしても、私の中での北村さんの印象は変わった。

 受験の日に財布を忘れた際に麻依ちゃんに助けてもらった。その出来事から、家でアルバイトを許可された大学入学時からこの職場で働き始めた。麻依ちゃんに恩を感じているだけではなく、お店をよくしていきたいと熱心に頑張ってくれていた。そんな子が、恋愛におぼれてこんな人間関係のトラブルを起こすなんて。

 不信感とまではいかないが、若干失望はした。まっすぐに働いて、夏には接客コンテストに臨む予定まで決まっている。別にこのトラブルが接客コンテストに出られなくなる程のものではないが、昨年の新浜さんの頑張りを見ていると、中途半端な気持ちで挑まれるのは正直のところ気が引ける。出場の権限は麻依ちゃんにあるので、私の不満はここで止めよう。

 社用車に戻ると、運転席に座ってパンプスを脱いだ。結構深い水たまりだったので、泥水が結構入っている。軽く運転席のドアを開けて、パンプスの中の水を捨てた。

 パンプス用のソックスの替えは持っていない。買う気も起きないのでしばらくはこの不快感と付き合うしかない。北村さんの話のせいなのか、この足の不快感かわからないが気持ちはもやもやしている。

 会社用のスマートフォンが鳴り出した。相手はこの後行く店舗のオーナーだ。

「はい、中西です」

「茜ちゃん、大丈夫。今日のシフト埋まったから、早く来られないかな。こっちも早く帰りたくて」

 この人が麻依ちゃんのように私を下の名前で呼ぶのは辞めてほしいが、伝えても治らないので諦めている。この場面での不快感の増量は望んでいない。

「わかりました。今落ち着いたところなので、このまま伺わせていただきます」

「よろしくね。茜ちゃんとの打ち合わせ楽しみにしているから」

 そう言って、電話は切れた。どうせ、ほとんどが自分の話で終わる人なので期待はしていない。それでも、早めに終わるならその方がありがたい。私の打ち合わせを経営相談員としてではなく、若い女性と話せる機会としか思っていないようだ。

 時間は押しているが深呼吸をした。正直、麻依ちゃんには言えない他の店舗でのトラブルも何件かあって、その方が厳しい。ただ、人間関係のトラブルは、想像できない事態が起こるので余計にストレスが溜まる。

 すべて私の仕事。何にやりがいを感じて続けているのかはわからないが、必要とされているのは実感している。私の燃料はその気持ちだけ。プライベートに蓋をして、今日も頑張ろう。

 私の頭の中にある小さな穴から何か聞こえたが、無視をするように息を吸った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ