最終話・擬人化の行く末
「それで、どうしたんだ?」
横から照らしてくる、白く明るい朝の光。冷たく張り詰めた清涼な大気。埋立地に特有のひたすら平らな感覚の地面。
「撃ったさ、キチンと命中もさせた」
某ホテルのエントランス前で立ち話。
喋るたびに吐き出される吐息も真っ白だ。なかなかに寒い。
「まあ、その元気な姿見て想像はついてたがな。しかしそこまで職務に忠実か。オニだな、ケンは」
「何言ってるんだ、それなら小日本を見殺しにしたタケは悪魔か極悪人になるぞ?」
数年ぶりに会ったタケは、短めの髪と無精ひげで、すっかりヤリ手の営業マンのような雰囲気の男になっていた。
ゴツい体は相変わらずだが、それでスーツを着こなしているのがすごい。一緒に来たボスも、ほう、と感心したくらいのものだ。
ちなみに、標的も鬼だったから問題ない、という返しは思いついたが言わずにおいた。
「いや、あん時ゃしょうがなかったんだって……ってワリ」
突っ込まれるのに慣れてないタケが、慌てて否定しにかかる。
その両腕を使った派手なアクションが、両脇を通る通行人に当たりそうになって詫びを入れた。
「俺だってそうさ」
そう、仕方なかった。あれからひと月余り経った今でも、そう思おうとしている。
あれ以外、どうしようもなかったのだと。
「で、撃った後はどうなったんだ? 詳しいところを頼むぜ」
「詳しいところか……」
ちょっとそれは、と逡巡する風を見せる。
「ああいや、言いにくいのなら別に無理して聞くつもりはないから」
すると、案の定にタケは引いてきた。
相変わらず妙なところで律儀な奴だ。
「いや、大丈夫だよ……弾が当たると同時に、鬼子と虎がもの凄い光に包まれてさ」
「へえ、それで?」
「それでもなにも、そこでまた気を失ってしまったんだ。次に気が付いたら軍医療センターのベッドの上だったんで、詳しいところも何も」
後半は本当だが前半はウソだ。
弾着した瞬間、銀色の放射線状の光が鬼子と虎を内側から消去する形で広がった。
それはほんの一瞬の出来事だった。筈なのに。
虎が消し飛ぶのを見ながら、鬼子が――自らも虎と同じ運命を辿りつつあるのに――こちらを見て、何かを囁いた、様に見えたのだ。例の薄い笑みと共に。
ハッとしたが、後には何も残っていなかった。足元に転がっていた銀の薬莢以外は。
「はあ、そうなのか。じゃあ他の人らは?」
「ああ、運良くと言うかなんというか、死人は出なかったし、怪我人も後遺症が残るような人は居なかったと聞いてるよ」
その後、システム局の建屋の中に突入してきたのは、実はマネージャが手配した本省のチームではなく、銃砲店の親父を先頭にしたFBIの面々数人だった。
それでCIAの息のかかった連中は入ってこれなかったのだろう。
もっとも、FBIの面々も騒動の捜査をする前に、間もなく入ってきた本省のチーム員たちによって丁寧に追い出されていた。
それで、事は大っぴらにならずに終息したというワケだが。
「それは凄いな、爆弾テロレベルの惨状だったと聞いてたのに」
『当然だ、充分に手加減をしたんでな』
「!?」
「!!」
マネージャだ。タケの背後に忽然と現れた。
『そのテロレベルだったという情報は、またスモーカーからもたらされたものか? 全くあの人はすぐに危険なことに首を突っ込んで』
「え、いや……ケン、このイギリス紳士風のおっさんは何て言ってるんだ?」
英語ができないタケが救いを求めてくる。
しかし、俺の目はマネージャの右横に居る人にくぎ付けになってしまって、それどころではなかった。
『初めまして皆さん、サラ・エクルストンと申します』
小首をかしげて挨拶をする、通行人の視線を一手に集める東欧風の美女。
軽くスカートの裾を摘まみ上げる仕草も素敵な、マネージャの奥方だ。
写真を見ていた(マネージャに見せられていた)から知っていたが、それにしてもいつ日本に?
『初めまして、私は旦那さんの同僚でケネス・コールです。そしてこっちの大猿はタケシ・ヤマトと言って、職業は』
『ああ、それは知ってるぞ』
マネージャに割って入られる。が。
「おいケン、なんだそのモンキーってのは。ファッキンジャップくらいは分かるぞ」
「いや、スマン」
『たしか元の職業、日本のスパイ業に戻ったのか。ハウスメイドを辞めて』
『まあ、こんな大きな体でメイドさんを?』
英語・日本語が入り混じって混沌としてしまった。
「だからメイドではないって! ケン、こんな美人さんに変な紹介をしないでくれ」
「落ち着けタケ。その紳士は例のマネージャで、この女性は奥さんだ」
「……なにっ」
マネージャとサラさんの顔を交互に見て、がっくりと項垂れるタケ。それを不思議そうな顔で見るマネージャ夫妻。大きな体が縮こまって見えるのが痛々しい。
まあ、気持ちは分かるか。実は俺も同じ気持ちだから。
だが旦那があのマネージャでは、こちらはまるっきりのノーチャンスだ。残念ながら。
「あ、あー、ホワイアーユー、えっと メークア、ま、マジックスーツ?」
『……???』
それでもタケは諦められないのか、目の前の敏腕スパイを無視して、謎の言語をサラさんに向かって吐き出した。
言われた方のサラさんは、どう反応していいのか分からないようで、愛想笑いのまま目を点にしている。
『そう言えばケン、ボスはもう行ったのか?』
「おいケン、通訳してくれよ、何故あなたはそんな魔女みたいな服を着てるのですか? って」
『はいマネージャ、ボスとそのご家族は、先ほど東京観光に向かわれました』
ボスの奥さんは、ボスと同じドイツ系の人だ。そして体形もよく似ている。
その為、当然ながら子供たち――共にミドルスクールに通っていると紹介された、姉と弟――もまたよく似ていて、横に背が高い体形だ。
『国際展示場での乱痴気騒ぎにはもうコリゴリだ、だそうです』
実は、俺たちが日本の成田に着いたのは昨日の午前中だった。
そこから、本省が用意してくれたホテル――目の前のここだ――に直行せず、先ずは日本の2大祭典のうちの一つと言われる、お台場での冬の祭典に行ってみたのだ。
結果まあ色々あったが、少なくとも、家族連れでノンビリ楽しめるようなものではないということだけは分かった。
『そうか、無理もない。それと、この兄さんはサラを見て何を言ってるんだ?』
『ああ、奥さんの服装について質問しています』
真っ黒で巨大なとんがり帽子、白のブラウスの上にこれまた真っ黒のジャンパードレス、膨らまされているスカート部の裾からは白いフリルが覗いている、有名な日本の同人STGのプレイヤーキャラの服装。
それに明るい金髪と鮮やかな若草色の瞳の色が映えて、着ている人間の美人度を200%増しにしていた。
『え、そうなの。これはね……』
サラさんは、少し意地悪な事を考えてる風の笑みと共に、これを着るに至った経緯を教えてくれた。
あんな事件の後なので、まるで望み薄だったのに何故か取れたクリスマス休暇。その上、ボスに加えてCIA絡みのトリプルスパイな立ち位置だったマネージャでさえ取得していた。それだけでも驚きなのに、その奥方と共に国外への旅行まで認可されたのだ。俺たちとは別口で。
そんな中で、奥方が奇天烈な衣装を着るに至った理由。それは。
『昨日、コスプレ会場でスカウトされたの』
至ってシンプルなものだった。
しかし考えてみれば当然な話だ。元々金髪キャラのコスプレは日本人には難しい。そこへ元が綺麗な金髪でスタイル良しで美人のサラさんが降臨したのだから、誘いをかけるのは。
「ま、まさかビッグサイトからここまで、その格好で来たんですか?」
サラさんの言葉の中から、コスプレとスカウトという言葉を聞き取って内容を理解したのか、タケが目を剥いて。
『そうだが、何か問題でも?』
タケの愕然を通訳した俺に、マネージャが不思議そうな顔で。
ん、よく見たらマネージャのスーツが少しお洒落な感じのものだな。顔色もいつにも増して明るい。まさかとは思うが、化粧をしてるんだろうか?
『誰にも何も言われませんでしたよ? ですから、さあ』
何処から出したのか、大きな竹箒を掲げて見せて。
『残念ながら、箒に乗って飛べはしませんけど』
身振り手振りでタケに国際展示場へと誘いを。
「タケにタケボウキ」
「うるさいよ。それに俺は今勤務中なんだ、だから折角のお誘いに申し訳ないけど」
グズるタケの理由を、マネージャたちに通訳する。
『問題ない』
「ノープロブレムくらいは分かる。つか、そりゃアンタらはそうだろうが」
肩をすくめるだけの俺に、顔を合わせ、どうしたものかと目で会話するマネージャ夫妻。
「だからアンタらだけで楽しんで、ってうわ!」
二人は、グズるタケの腕を両脇から掴んで、引っ張り始めた。
『ワルい子は強制連行よ』
『仕事のことなら、これもその一環だと何故分からないのか?』
派手な格好の金髪美人たちの騒動に、何かの見世物と思ったのか、周囲の人たちが立ち止まって笑っていた。
その中心、助けを求める目のタケに、仕方がないので助け舟を出してやる。
『マネージャ、そう急がなくても、会場が開くのにまだ時間があるのでは?』
まだ8時過ぎだ。開場は確か10時だったはず。
それでタケは解放されるだろうと思った。が。
『ふっ……』
と、主人公にありがちな含み笑いをしながら、マネージャは上着の内ポケットから何かのカードらしきものを取り出した。
『そ、それはまさか、スタッフパス!?』
まさかもなにも、カードにきっちりそう書いてある。
驚いて横を見ると、サラさんも同じものを持っていた。
『これがあれば、いつでも会場に入ることが出来る』
少し自慢げな表情のマネージャ。
ん、つまり、スカウトされたというのは……
『先にスカウトされたのは、私の方だよ』
聞くと、アニメか何かのスパイキャラに、イメージがピッタリだと言われたらしい。
……それは当然だろう。なにせ現役のスパイなのだから。しかも頭にすこぶる付きの。
スカウトしたコスプレサークルの人たちは、そんなこと夢にも思わなかっただろうが。
『仕事をサボる者は逮捕する』
そう言い放って、別のポケットから一目で玩具と分かる拳銃を取り出して、顔の前で斜めに構えて見せる。
元になったキャラの決めセリフなのだろうか? 妙に板についている。
というか、スパイが逮捕はしないでしょ。
『ツキニカワッテ、オデカケレスカDAZE♪』
と言って、タケの足元を竹箒でシャカシャカ掃除し始める、やたら楽しそうなサラさん。
こちらは色々混じっていて、もはや何が何やら。
「助けてくれ、ケーンっ!」
悲痛な叫び声を上げながら引きずられていくタケ。笑いあう周囲の野次馬たち。
そんな和やかな風景を見て、何か引っかかるものを感じていた。
「他人の術っ」
知らん顔をして見せる。それはボスとマネージャの態度だ。
日本に来てからこっち、鬼子や小日本のことを話題に上げなかったのだ。
このオタクたちが集まる祭典は、ある意味で彼女らの本拠地であり、生まれ故郷でもあるはずなのに。
「うわ、それひでぇ」
予感はあった。
あの事件からこちら、ボスもマネージャも、徐々に彼女らのことを話す事が減っていったのだ。
それが何故なのか分からないが、周囲の人間たちにもその傾向はあって、事件自体を問題視しない空気が広がっていった。
「気にするな」
それが情報局やシステム局のコンセンサスになるのに、そう時間はかからなかった。
12月に入ると、システム局の局長が左遷されたことのゴタゴタも落ち着いて、もはや誰も話題にしなくなったのだ。
911の後もこうだったのですか? とボスに聞いてみたが、無言で肯定とも否定ともとれる微妙な顔を返されただけだった。
タケが忌み嫌っていた、如何にも日本的な同調圧力が、我が米国にも蔓延しているとは。
「するわっ!!」
しかしタケは憶えていた。先ほど久しぶりに会って先ず安堵したのは、その事だった。
だが、日本でも日本鬼子たちの事は最初ほど騒がれなくなってきたらしい。
「やれやれ……」
追いかけて行って、とりなす。
マネージャは、来るのが遅い、という風だったが、サラさんは、えーもう終わりなの? と少し不服そうな顔だった。
「なあケン、そう気にしなくてもいいぞ」
すっかり諦めて、マネージャたちの後をついて行きながらタケが。
「認識があれば存在できる、って言ったんだろ?」
と、少し真面目な顔になって言った。
「…………」
この手にかけたこと。それがいくら電脳の、架空の存在だとしても。
消滅させたその実感は、未だにこの手に残っていたから。
「日本の同人界でももはや下火になってる。でもな」
そして、最後の鬼子の表情、動いた口元。
それが何を言ったものなのか、今でも分からなくて。
引き摺るものの重さに、耐えかねそうになってもいたのだが。
「いくらでも復活するだろう、生み出した奴が忘れない限りな」
タケの言葉に救われたような気になった。
そうか、そうだよな。
「忘れない限り、か」
日本に来て良かった。
そう思って、タケやマネージャたちが向かう先、国際展示場の方の空を見て。
大きな白い犬の背に乗った小日本、その傍らに立つ鬼子の姿が。
その、見る者の心に沁み入るような微笑みが、見えたような気が。
確かに、したのだ――
日本鬼子異聞・了




