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天使の前髪  作者: 春隣 豆吉
One year later(番外編)
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番外編:5 宮本和哉の記念日

 自分だけの記念日を挙げるなら俺にとっては初めて董子と2人だけで食事をした昨年の休出日だ。

 董子は休出を頼んできた上司(俺)にお昼を奢ってもらっただけなので、覚えていないかもしれないけれど、俺からすると誘いたくても口実がなくてようやく巡ってきたチャンスだった。

 また今年も、その日がやってくる。


「董子ちゃん、いらっしゃい。なんだ、ミヤも一緒かよ」

「当たり前だ」

「董子ちゃんはともかく、ミヤみたいな無愛想な男に心をこめて料理を作る俺って優しいよね」

「それがお前の仕事だろうが。さっさとメニューをくれよ」

「ちなみに今日のポトフは牛すね肉だよ。俺一番のおすすめ」

 松浦はそれだけ言うとメニューを置いて厨房に戻って行った。この店は学生時代から顔を出しているけれど、よく磨かれてあめ色になった床やテーブルに椅子。初代のこだわりと聞いている赤い大判チェックのテーブルクロスは全然変わっていない。

 そういえば、あめ色に磨くのは結構大変だと松浦がぼやいていたな。でもぼやいてはいても“面倒くさい”と言わないのが松浦らしい。やつは口と女性関係はテキトーだが、料理と店のことには真面目な男だ。

 正面に座っている董子にふと目をやるとメニューを開いて迷っているようだ。

「董子、何にするか決めた?」

「うーん、松浦さんおすすめのポトフはもう決めてあるんだけど・・・和哉さんは?」

「俺もポトフは決定。それと、トマトのチーズ焼きにカリフラワーのサラダ温ソースなんてどうかなと思ってる」

「あ、それ美味しそう」


 料理が来ると、董子が思い出し笑いをした。

「どうした?」

「和哉さんと初めて2人だけで食事したの昨年の今頃だったなあと思って。ちょっと思い出したの」

「覚えてたのか」

「それはもう。和哉さん、“藤枝、どうせひまだろう?”って私に休出頼んだんだよ」

 俺は思わずむせてしまった。

「俺、そんなこと言った?」

「だいたい言ったほうは覚えてないのよね~。確かに暇だったけどあれはカチンと来た」

「そ、それは・・・今さらだけど悪かった」

「もういいよ。だけどあのときは、まさか和哉さんと結婚してこうやって一緒に食事をすることが当たり前になるとは思ってなかったなあ」

 まあ、あの時の俺と董子に温度差があってもしょうがない。だけど董子が俺と2人で食事をした日を覚えていてくれたのは嬉しい。


「俺はこうやって董子ちゃんが来てくれることが嬉しい。今度は女性とおいでよね」

 松浦が食後のコーヒーと紅茶を持ってきてテーブルに置いた。

「客の会話に割って入るな」

「俺とミヤの間柄じゃないか。董子ちゃん、きみのダンナは冷たいと思わない?」

「えーっと、どうなんでしょう?」

「董子が困るような質問をするんじゃない」

「はいはい。ま、いいや。俺も来年はミヤみたいに天使の前髪をつかまないとね」

 そう言った松浦の表情は、とても真面目なものだった。ふーん、もしかして俺にとっての董子のような存在が現れたんだろうか。

 俺と董子は松浦のことを黙って見ていた。

これで番外編は完結です。ありがとうございました。

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