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第11話 銀河最速の配達員


 翌朝。


 貨物室に運び込まれた木箱を見て、ワシは早くも後悔しとった。


「……なあ、ミミック」


『はい』


「一番割のええ仕事を選べ言うたよな?」


『はい。ご指定どおりです』


「こんなでかいとは聞いとらんぞ」


『荷物の寸法は依頼書に記載されていました』


「お前、説明せんかったやろ」


『報酬額を聞いた時点で、船長が受注を指示されましたので』


「……そうやったか?」


『はい。特に「これだけもらえるなら文句ないわ」とおっしゃっていました』


 言うた気がする。


 目の前には、ワシの背丈を超える木箱が二つ。


 中身は天体観測所で使う大型の架台らしい。


 重いうえに、精密な調整がされとるから衝撃厳禁やと。


 だったらもっと小分けにせえ。


「船長、こっちの箱は?」


 リコが床に置かれた細長い箱を指差した。


「それは固定用の部品や。落とすなよ」


「うん」


 リコは小さな箱を抱え上げた。


 ワシは大きい方を荷台へ固定する。


 新しく買ったレンチを回す。


 少し握りが細い。


 まあ、使えんことはない。


「よし。これでええ」


 最後の留め具を締めたところで、外から大きな音がした。


 低い唸りが、港の床を震わせる。


「なんや?」


 外を見ると、隣の着陸区画に一隻の船が降りてきとった。


 細長い機体。


 白と青の外装。


 翼のように広がる推進器には、橙色の線が走っとる。


 磨き上げられた船体が港の照明を反射して、やたら眩しい。


「かっこいい!」


 リコが窓に張り付いた。


「……そうか?」


「熊ちゃん号より綺麗だよ」


「それは認める、ていうか変なあだ名を付けんな」


 隣の船から、一人の若い男が降りてきた。


 銀色がかった青い髪。


 額には操縦用のゴーグル。


 白と橙色の上着を着て、片手に小さな荷物を抱えとる。


 男はワシの船を見るなり、ぴたりと足を止めた。


「……な、なんだ、これは」


 第一声がそれかい。


「船や」


「船だと? 無人の惑星に漂流でもしていたのか?」


「脱出用のイカダちゃうねん」


 男は《穴熊号》をじろじろと眺め始めた。


「この外装……継ぎ目が不揃いだな。いや、待て。この補強板、全部手作業か?」


「やったらなんや」


「推進器の配置も変わってる。重心が後ろに寄りすぎじゃないか?」


「中の積み方で調整しとる」


「ほう……!」


 男の目が輝いた。


「なるほどな。見た目だけで判断してはいけないということか」


「いや、そんな大した話ちゃうで」


 男は突然、胸に手を当てた。


「俺の名はゼフ・ヴェロス!」


「……」


「銀河最速の配達員だ!」


「そらよかったな」


 ゼフと名乗った男は、一瞬だけ黙った。


「……お前の名は?」


「ガルム」


「ガルム……聞いたことがないな」


「そらそうやろ」


 ワシは貨物室の扉を閉めた。


「ほな、仕事あるし行くで」


「待て!」


「なんやねん」


「お前、どこへ届ける?」


「環状港の観測所やけど」


 ゼフの目が見開かれた。


「……奇遇だな」


「何がや?」


「俺もだ」


「ほう。そうか」


 まあ、大きい港や。


 同じところへ配達するやつくらいおるやろ。


 そう思ったんやけどな。


「面白い!」


 ゼフは笑った。


「これは運命だ!」


「同じ目的地へ向かう二人の配達員! どちらが先に荷物を届けるか、勝負といこうじゃないか!」


「……なんやこいつ」


「えっ、勝負するの!?」


 リコが貨物室から顔を出した。


「船長、やろうよ!」


「お前まで何言い出すねん」


「だって面白そう! ゼフ、こっちが勝ったらビスケット10枚ね」


 ゼフは嬉しそうに笑った。


「いいぞ! 勝負だお嬢ちゃん!」


「リコ」


「リコか、いい名前だ!」


「ありがとう、絶対負けないからね」


「ハハハ! 俺も負けないぞ!」


「ちょっと待て。誰も勝負する言うてへんやろ」


「フッ。そう来るか」


 ゼフが不敵に笑った。


「どう来ると思ってたんや」


「本気の勝負を前にしても動じない。その余裕……ただ者ではないな」


「お前も人の話聞かんタイプか」


「船長! 絶対勝つよ」


「いいだろう。お前の実力、見せてもらうぞ!」


 そう言うと、ゼフは踵を返して自分の船へ駆けていった。


「……なんやったんや」


『船長』


「なんや?」


『一方的に競争を申し込まれたようですね』


「あんなもんほぼ独り言やろ」


「船長、頑張ろうね」


「ビスケットは諦めてくれ、見るからに速いやんあの船……」


 ワシは操縦席へ戻った。


     *


 《ペレグリン》。


 それが、ゼフの船の名前らしい。


 発進すると同時に、その速さを思い知らされた。


 港から離れたところで、白い船体が前方へ飛び出す。


 次の瞬間には、もう小さな光になっとった。


「うわあ......」


 リコが窓に張り付く。


「はやー」


『高出力の高速配送船ですね。加速性能は当船を大きく上回っています』


「そら見たら分かるわ」


「船長! 何してるの早く!」


「勝負なんかしてへん」


「えーっ!」


「まあぼちぼ行くか」


「早く早く!」


「急かすな。荷崩れせんことが最優先や」


 ワシは航路を確認した。


 目的地までは、あと三時間ほど。


 高速航路も使えるが、荷物への負荷を考えると普通に飛んだ方がええ。


 それに燃料代もかかる。


 早く着いたところで、報酬が増えるわけでもないしな。


「船長、今何位?」


「多分二位ちゃうか」


「じゃあ、あと一人抜かせば一位だ」


「……安牌に二着取りに行くのも戦略やぞ」


「何いってんの、相手は一人だよ?」


「お前が聞いてきたんやろ」


『船長。通信が入っています』


「誰や?」


『ゼフ・ヴェロス様です』


「……さっきのか」


 通信を開く。


『ガルム! 聞こえるか!』


「はいはいなんや」


『こちらは順調だ! 予定より二十二分早く到着できる!』


「そら結構やな」


「私たちだって負けないよー」


 リコが通信に向かって叫んだ。


 通信の向こうで、ゼフが楽しそうに笑った。


『そうか、だが俺は手加減しないぞ!』


「なんでもええけど事故んなよ」


『心配無用! 荷物を傷つけるような飛び方は、しない!』


 その声だけは、妙に真剣やった。


 そこはちゃんとしとるんやな。


『では、先に行く!』


 通信が切れた。


「……お前、いつからそんなに勝負好きになったんや」


『なお、ゼフ様の航路は規定の安全範囲内です。操縦技術はかなり高いようですね』


「そうか」


『当船で同じ加速を行うと、積み荷の固定部分に問題が生じる可能性があります』


「せやからせえへん言うとるやろ」


「じゃあ、荷物が壊れないくらいで一番速く飛ぼ」


「……あーやっとるやっとる」


「私のビスケット......」


 ワシは速度を一定に保った。


 しばらくして、小惑星帯に近づく。


 前方には、大小さまざまな岩が浮いとった。


『船長。前方航路に漂流物があります』


「ん?」


 航行盤に、小さな赤い印が出た。


 貨物用の小型コンテナらしい。


 予定の航路から、ほんの少しずれた場所に浮いとる。


「なんや、誰か落としたんか」


『付近の船舶に注意情報が送られています』


 その直後、また通信が入った。


『ガルム!』


「……今度はなんや」


『前方に漂流コンテナがある! そっちの船は旋回が重そうだから、早めに進路を変えろ!』


「もう見とるわ」


『そうか! ならいい!』


「わざわざ知らせに来たんか?」


『当然だろう! 危険を見つけたら後続船に知らせる!』


「……そうか。ありがとな」


『礼は勝負が終わってからでいい!』


「せやな、負けへんでー」


『勝負はここからだ! ガルム!』


 通信が切れた。


「ゼフさん、いい人だね」


「ああ。変なやつやけどな」


「でも勝負は負けないよ!」


「おー、絶対勝つでー」


 ワシは前方のコンテナを見た。


 ……変なやつやな。


 けど、悪いやつではなさそうや。


     *


 目的地の環状港が見えてきた頃には、ゼフの船はとっくに到着しとった。


『ゼフ様の到着記録を確認しました。当船より一時間二十三分先着です』


「……速っ」


 思わず声が出た。


「えっ、そんなに?」


 リコが窓の外を見た。


『はい。大変優秀な飛行記録です』


「そら、あんな船乗っとったら勝てんわ」


『おめでとうございます。勝負に敗北しました』


「まだだよ!」


 リコが立ち上がった。


「まだ荷物届けてない!」


「……ミミック、先に着いた方の勝ちやったよな?」


「配達の勝負なんだから、届けるまでが勝負でしょ!」


『一理ありますね』


「……」


 こいつ、まだ諦めとらんのか。


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