第6話 閑話:白百合院ロゼは隠したい
今回は、妹・ミオ視点の閑話です。
本作に登場するVtuber・事務所・団体は、すべて架空のものです。
――side ミオ
「……はぁ」
配信を終えた防音室で、私は椅子の背もたれに深く沈み込んだ。
画面には、今日の配信のアーカイブ。
コメント欄を遡ると、真っ赤なスーパーチャットが目に入る。
『いつも元気をもらってます。これからも、ずっと応援してます』
通りすがりの苦学生さん。
デビュー配信の、同時接続三十人だったあの日から、ずっといてくれる人。
「……泣いちゃったし。恥ずかしいし」
顔を両手で覆う。
でも、口元が勝手に緩んでしまう。
苦学生さん、大丈夫かな。一万円って、学生には大金だし。
……兄貴だったら、プリンふたつで財布が泣いてるのに。
◇
私がVtuberを始めたのは、一年前。
きっかけは、ほんの思いつきだった。
子どもの頃から、お嬢様に憧れていた。縦ロールで、白いドレスで、「ごきげんよう」と微笑むような。
現実の私は、語尾に「だし」がつく、ただの女子高生なのに。
だから、画面の中でだけは、なりたい自分になろうと思った。
――でも、最初の配信は散々だった。
緊張して噛みまくって、何を話せばいいかわからなくて。
困った私は、とっさに、身近な人の話をした。
『わ、わたくしのお兄様が、今朝、寝癖のまま大学に行きましたの』
それが、なぜか、ウケた。
それからだ。
兄貴の話をするたびに、コメント欄が盛り上がった。傘を忘れた話。ゴキブリに悲鳴を上げた話。靴下を左右間違えた話。
――兄貴は、ネタの宝庫だった。
「……べ、別に、兄貴のことが好きとかじゃないし」
誰もいない防音室で、私は誰にともなく言い訳をする。
「ネタとして優秀なだけだし。あと、家族だし。家族の話をするのは普通だし」
それに。
兄貴は、なんだかんだ優しい。
プリンを食べられたときは本気で怒ったけど、ちゃんと並んで買ってきてくれた。しかも、ふたつも。
冷蔵庫に閉じ込められたって聞いたときは、本当に、心臓が止まるかと思った。……五分だったらしいけど。
「……兄貴にだけは、絶対バレたくないし」
大丈夫。
兄貴は、Vtuberなんて絶対に知らない。
大学とバイトでいつも疲れた顔をして帰ってきて、ご飯を食べて、部屋にこもって、たぶんすぐ寝ている。オタクっぽい趣味の話なんて、聞いたこともない。
……電算研とかいう、パソコンのサークルに入っているのは知ってるけど。
どうせ、真面目にプログラミングとかしてるんだし。
だから、大丈夫。
――私の秘密は、完璧に守られている。
◇
翌朝。
「ハル、起きてってば! また寝坊!」
ユイちゃんの声と一緒に、兄貴がよろよろと階段を降りてきた。
目の下に、ひどいクマができている。
「兄貴、また夜更かし?」
「……ちょっとな。配信……じゃなくて、レポートを」
「ふーん」
夜遅くまでレポートなんて、大学生も大変だし。
家族六人と、ユイちゃん。
いつもの朝の食卓だ。
母さんが、お味噌汁をよそいながら、何気なく言った。
「そういえば、最近、Vtuberっていうのが流行ってるらしいわね」
――ぴたり。
食卓の空気が、一瞬だけ止まった気がした。
「……知らんな」と父さん。新聞から顔を上げない。
「へ、へえー。知らなーい。なにそれー」と姉ちゃん。トーストを持つ手が、なぜか小刻みに震えている。
「ばあちゃんには、わからんねぇ」とばあちゃん。お茶をすする音が、やけに大きい。
「し、知らないし」
私も、即座に答えた。
完璧な返しだったと思う。
「わ、私も、よく知らないです!」
ユイちゃんまで、なぜか声が裏返っていた。
「……そうよねぇ。私も、よく知らないのよ」
母さんも、にこにこと頷いた。
「ごふっ」
兄貴が、お味噌汁で盛大にむせた。
「ちょっとハル、大丈夫!?」とユイちゃんが背中をさする。
「げほっ、だ、大丈夫……ちょっと、気管に……」
兄貴は、なぜか涙目で、家族全員の顔を順番に見回していた。
変なの。
「兄貴、むせすぎだし」
「……ああ。気をつける」
兄貴は、何か言いたげな顔で、深いため息をついた。
――よし。
今日も、我が家は平和だ。
誰も、私の秘密には気づいていない。
◇
――side ハル
その夜。
俺は、自室でぐったりと机に突っ伏していた。
「なんで……誰も……気づかないんだよ……」
今朝の食卓。
あの、全員の、あまりにも見事な棒読み。
……いや、まさかな。
ミオの件は確定したけど、他の家族まで、そんなはずがない。
気分を切り替えよう。
俺は、最近ハマっている歌い手Vtuber、月島うたの配信を開いた。透き通るような歌声が魅力の、個人勢の女の子だ。
『こんばんは、月島うたです。今日も歌っていくね』
ああ、癒やされる。
『あ、そうだ。歌う前にちょっとだけ雑談。今日ね、幼なじみのAくんが、また寝坊してて〜』
コメント欄が、一斉に沸いた。
『出たなAくん』
『Aくん今日も寝坊かよ』
『うたちゃん、今日も起こしに行ったの?』
『うん、起こしに行った。しかもね、朝ごはんのときにお味噌汁でむせてて。もう、ほっとけないんだよね』
俺は、うんうんと頷いた。
「Aくんも、寝坊して味噌汁でむせたのか」
今日の俺とまったく同じだ。
「気が合いそうだな、Aくん」
――画面の向こうで、月島うたが、小さくため息をついたような気がした。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は、第1章の締めくくりとなる掲示板回です。
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次回もお楽しみに!




