第1話 俺の推したち
はじめまして、作者の深夜三時です。
「もしも、知り合いが全員Vtuberだったら?」というお話です。
主人公以外、家族も幼なじみもバイト先の店長も、みんなVtuber。
なのに、なぜか誰もお互いの正体に気づいていない――
そんな、ちょっとおかしな家族と仲間たちのラブコメです。
気軽に楽しんでいただけたら嬉しいです!
本作に登場するVtuber・事務所・団体は、すべて架空のものです。
俺、相沢ハル。二十歳。
どこにでもいる、普通の大学二年生だ。
特技なし。彼女なし。趣味は――Vtuberの配信を見ること。
……それだけは、誰にも負けない自信がある。
「ただいまー」
玄関を開けた瞬間、カレーの匂いが鼻をくすぐった。
今日はバイトが休みの日だ。久しぶりに、家族そろって夕飯が食べられる。
「おかえり、ハル。ちょうどご飯できたところよ」
キッチンから顔を出したのは、母の静香。五十歳とは思えないほど若々しく、いつもにこにこしている、おっとりした人だ。
「……おかえり」
リビングで新聞を広げたまま低い声で言ったのは、父の剛。元自衛官で、口数は少ない。でも俺が小さい頃から、一度も怒鳴ったことのない優しい父親だ。
「ハルー、ついでに冷蔵庫からビール取ってー」
ソファに寝転がってポテチを食べているジャージ姿の女は、姉のカナ。二十八歳のOL。会社ではバリバリ働いているらしいが、家ではこの有様である。
「夕飯前にポテチ食うなよ」
「ポテチは別腹なの。はい、ビール」
「自分で取れよ……」
文句を言いつつ取ってやる俺も俺だ。
「……おかえり」
ダイニングテーブルでスマホをいじったまま、目も合わさずに言ったのは、妹のミオ。十七歳の高校二年生。昔は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と後ろをついてきたのに、今ではこの塩対応だ。思春期とは悲しいものである。
「ハルちゃん、今日もお疲れさんだったねぇ」
縁側から、お茶をすすりながら声をかけてくれたのは、祖母のトメ。八十一歳。いつもにこにこして、日向ぼっこをしている。
これが、相沢家。
父、母、姉、俺、妹、そして祖母の六人家族だ。
「いただきます」
六人で食卓を囲む。
うちは昔から、夕飯はできるだけ家族全員で食べるのがルールだ。
「今日のカレー、ちょっと甘口にしてみたの」
「……うまい」
「お父さん、それ毎日言ってるじゃん」
「……毎日うまいからな」
「はいはい、ごちそうさまですー」
姉がからかい、父が照れ、母が笑う。
ミオはスマホを見ながらも、ちゃんとカレーをおかわりしている。祖母は「若い子はよく食べるねぇ」と目を細めている。
平和だ。
うちの家族は、たぶん仲がいいほうだと思う。
――ただ、ひとつだけ不思議なことがある。
「……ちょっと、部屋に戻る」
夜七時五十五分。父が箸を置いて立ち上がった。
「あら、私も片付けが終わったら、少しお部屋に」
「あたしもー。ちょっと用事あるから」
「……部屋戻る」
「ばあちゃんも、そろそろ寝ようかねぇ」
ばたばたと、家族全員がそれぞれの部屋に消えていく。
気づけば、リビングには俺ひとり。
「……うちの家族、夜の解散早くない?」
まだ八時前だぞ。
ばあちゃんに至っては、八時就寝はいくらなんでも早すぎる。
まあいい。俺にも、大事な用事があるのだ。
食器を洗い終えると、俺は急いで自分の部屋に駆け込んだ。
パソコンの電源を入れる。
ブラウザを開く。
ブックマークの「推し」フォルダをクリックする。
――さあ、至福の時間の始まりだ。
夜八時。
まずは、この人から。
『よう来たのう、眷属ども。白狐こんじゃ』
画面の中で、白い狐耳の幼女がにぱっと笑った。
白狐こん。
Vtuber黎明期から活動している、業界の大御所だ。見た目はロリ狐、口調はのじゃ。そして驚くべきことに、ボイスチェンジャーを使っていない。地声でこの可愛さなのだ。
中の人はおじさんだと公言している、いわゆる「バ美肉」。
だが、そんなことは関係ない。こんちゃんのトークは、とにかく面白くて温かいのだ。
『今日の晩飯はカレーじゃった。妻の……いや、母上のカレーは絶品でのう』
「へえ、こんちゃんちもカレーか。偶然だな」
俺はうんうんと頷いた。今日は全国的にカレー日和だったらしい。
夜九時。
次はこの人だ。
『騎士団諸君。今宵も集ってくれたこと、心から感謝する』
凛とした声。銀の鎧に、蒼いマント。
騎士団長シルヴィア。
大手事務所「ルミナス・ライブ」の看板Vtuberで、登録者数は二百万人を超える。気高く、美しく、強い。まさに理想の騎士団長だ。
――プシュッ。
配信中、なにやら缶を開けるような音が入った。
『団長、今の音なに?』
『ビール開けた?』
コメント欄がざわつく。
『こ、紅茶だ。紅茶の缶を開けただけだ』
「団長、紅茶派なんだよなぁ。上品だ……」
俺はしみじみと感心した。
夜十時は白百合院ロゼ。おしとやかなお嬢様系Vtuberで、最近の俺の一押しだ。
その合間に、鬼神ばぁばの格ゲー大会のアーカイブを流し見する。対戦相手を煽り倒す、ご年配設定の謎のVtuberだ。煽りのキレが、毎回すごい。
そして、深夜零時。
一日の締めくくりは、やっぱりこれだ。
『……こんばんは。夢見ねむです。今夜も、ゆっくり眠りましょうね……』
耳元で囁くような、優しい声。
夢見ねむのASMR配信。
これを聞かないと、俺は眠れない体になってしまった。
『今日も一日、お疲れさまでした……えらい、えらい……』
「ああ……この声、なんか落ち着くんだよなぁ……」
まぶたが重くなる。
イヤホンから流れる囁き声に包まれて、意識がとろけていく。
――夢うつつの中で。
壁の向こうからも、同じ囁き声が聞こえた気がした。
気のせいだろう。
隣は母さんの部屋だ。母さんがこんな時間に起きているはずがない。
そう思いながら、俺は眠りに落ちた。
……この時の俺は、まだ知らなかった。
俺の推したちの正体が、全員――とんでもなく身近な人たちだということを。
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次回もお楽しみに!




