冒険者論
ギルドマスター同士が互いに叫び合い、取っ組み合いに発展する。
――巻き込まれたら、面倒臭いなぁ。
レオンは猛獣同士が喧嘩している間に餌をこそこそと奪っていく鼠の如く、退散した。
東大通沿いを歩き、ウェストポーチに入れてある古い日記帳を取り出す。
何ページにもわたって記録されており、一年以上続いていた。
「最後のページまで解読したいけど……、ちょっと怖いんだよな」
最後の方のページは黒いインクではなく、人の血のように赤黒い液体で文字が書かれていた。
「死を悟った者が何を書き残したのか。ダンジョンの中で閉じ込められるほど孤独な状況もない。助けが来ない不安はどれほどか、想像もできない……」
レオンは文字を指先でなぞり、遠い目で見つめる。
「研究者が生きた証がここに刻まれている。国に渡した方がいいかもしれないけど宝箱から手に入れたのは僕だ。解読を終えるまでは手放したくない」
彼はいつも通り図書館の中で解読を進める。
『英暦四四四年、八月一四日。六層の調査中、シャドウウルフによって被害者が出た。研究者仲間だった。やはり、下の層に潜るにつれて魔物の強さが増している。魔物を笑いながら屠っている護衛たちの気が知れない。実に狂っている。私もダンジョンに狂わされているのか、以前の調査の時も同じように恐怖していたというのに、今回また潜ってしまっている。実に不思議な場所である』
ダンジョンは恐ろしい場所だが、また行きたいと思わせる何かがある。
山があったら昇りたい、川があったら泳ぎたい、裸の女がいたら抱きたい、そんな人間の衝動を擽る不思議な魅力がある。
「僕もダンジョンに狂わされているのかもしれない……」
レオンは冒険者としての才能がないとわかっていながら、救助隊としてダンジョンにしがみ付いている。
田舎に帰り、父と母のそばで畑仕事しながら人生を謳歌するのも悪くない選択だ。だが、その選択はとらなかった。
「きっとダンジョンに入れないくらい身がボロボロになるか、歳深けるまでダンジョンに携わる仕事を続けるだろうな」
レオンは古びた日記帳を閉じ、こった背中を伸ばす。
「やっぱり、今よりも強くなりたい……。でも、どうしたらいいんだろう?」
ルークス王国の王都にある国立図書館は何万冊もの本が保管されており、ある程度自由に閲覧できた。
レオンは優秀な冒険者たちが書き残した著書がまとめられた本棚をあさる。
強くなる方法を題材に書かれた本は、大きな本棚が埋まるほど展示されていた。
だが、どれもこれも根性論や裏技じみた信憑性のない方法ばかり。
「やっぱり、信頼できる人の本を読んだ方がいいよな」
レオンはシグマの著書『冒険者論』を手に取った。椅子に座り、軽く読む。
「楽が出来たらよかったけど、どうも強くなるために近道はないみたいだ」
強くなるには適性を見極め、愚直に努力し続けるしかないと『冒険者論』に記されている。
レオンは冒険者の時、本を読む時間が取れなかったほど忙しい日々を送っていた。
だが、救助隊になり時間に余裕ができた今、客観的に己の姿を見る。
「これは良い本だ」
レオンは『冒険者論』を借りるのではなく、書店に売られている新品をルークス中銀貨二枚で購入した。
ヴィミに言われた通り、冒険者に未練たらたらだ。
午後七時を過ぎ、ウルフィリアギルドに戻って来たレオンは受付に設置されている〈ステイタス〉の確認する魔道具に手を乗せた。
〈ステイタス〉
《アビリティ》
Lv.1
力:I40→I50 耐久:I40→I43 器用:C690→B740 俊敏:A860→S910 魔力:I18→I21
「フレイリザードと交戦したからかな。《アビリティ》が前に戦った時よりも大きく伸びている。やっぱり戦ったほうが上がりやすいんだ」
上層でギリギリ倒せる魔物を討伐して回っても、レベルアップするための条件を満たすのは難しい。
レベルを上げるために必要な条件は《アビリティ》の評価が全てD以上(500以上)であること。
通常の者なら少しずつ強い魔物を倒せばいい。それだけで全体的に《アビリティ》が伸びる。
だが、レオンは極端な《アビリティ》だった。『力』と『耐久』、『魔力』の値が低いのが原因で、レベルが上げられない。
弱すぎる魔物を倒しても《アビリティ》は上がらず、強すぎる魔物は攻撃が通らず、逆に返り討ちにあう。
普通の者よりもレベル上げが非常に難しい状態だった。
部屋に戻り、パンを貪りながら『冒険者論』を机の上で読みふける。
強くなるための近道はないが《アビリティ》の上昇に最適な方法が事細かに記されていた。
Lv.7に到達した冒険者が書いた本なだけあり、信憑性がかなり高い。
――なぜもっと早く読まなかったんだ。
決して目新しい内容は書いていなかった。
『力』を伸ばすなら魔物と交戦すること。
『耐久』を伸ばすなら攻撃を受けること。
『魔力』を伸ばすなら魔法を使うこと。
単純だ。単純すぎて、誰もが途中でやめてしまう。
「救助隊の仕事をこなす。レベル上げもこなす。僕はレベルが上がらなくて逃げたわけじゃない……」




