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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第二章

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結 星宮家の恋軌跡

 八月八日。

 希朝に宣言した、約束の日。


 自然の祝福と呼ぶべきか、雲一つない青空に恵まれていた。


 この日、希朝をデートに誘った連は、お互いの見たいところを回ったり、確かなお買い物をしたりと、ありふれた日常をその身に思う存分宿した。


 デートというよりも、家族の買い物、に近かっただろう。

 それでもお互いに不満一つなく、終着点まで楽しめたのは、一つの共通点を胸に宿していたからなのかもしれない、



 黄昏時。連は全ての終着点とも言える、星宮家に帰ってきていた。

 開いた障子から金色の光がリビングには差し込んできており、熱を帯びた想いを刺激してくるようだ。


「僕はもう、決めたんだ」


 落ちつかない、やっと吐き出した言葉。

 この後、お互いの関係が変わってしまうかもしれない、過去は取り戻せないと、少なくとも気持ちが理解しているからだろう。

 頭では分かっているのに、体は落ちつかない。


 デートの前に、想いを伝えると希朝に断言しているからこそ、揺らがない気持ちが支えとなっているのは今の連にとって唯一の救いである。


 気持ちが熱を帯びて時を加速させているのに、その時はゆっくり流れるようで、確かな矛盾を感じさせてくるのだ。


 肝心の希朝は、デート終わりなのと外がじんわりと夏の暑さを感じさせていたからなのか、着替えたいとのこと。

 その為、連はただ気持ちを落ちつかせるように、リビングの差布団に座って待っているのだ。


 連としては自室でもよかったのだが、差し込む金色の光が恋しかったと言い訳してしまう。


 気持ち的には、家族になる、というのが先行しているのだろう。


 連が深く息を吐き出した、その時だった。


「連さん、お待たせしました」

「待ってないよ、希朝さん」


 声が聞こえた方を向いた。


 そこには希朝が立っており、差し込んだ夕暮れ時の光に照らされている。


 デートの時とは違った、半袖の白いブラウスに、紺色のデニムショートパンツ姿。

 夏にあった薄着姿でありながらも、確かな意思を感じさせてくる着合わせは、見惚れる連にとっては愛らしさの塊そのものだ。


 汗を洗い流してきたようで、乳白色の肌は湯上りで血色の良い潤いがある。


 そして希朝が近づくにつれ、これでもかと甘い花の香りが優しく鼻を包み込んできた。


「連さんから、先に話しますか?」

「希朝さんには見抜かれているんだね」

「……きっと、これが最後になります。ですので、お互いに同じ気持ちなら、嬉しいですから」


 これが最後。それが意味するのは、今までの軌跡が全て教えてくれている。


 希朝が隣に足を崩して座ったのを確認してから、連は息を改めて吸った。

 過去の事を軽く思い返して、伝えたい気持ちを言葉として吐き出す。


「僕は、希朝さんとあの時会っていなければ、生きていたかもわからないよ」


 今更な話ではあると、連自身が誰よりも理解している。

 それでも口にするのは、希朝に自分をもっとしてほしい、もっと共有したい、そんな気持ちが芽生えているからだ。


 連が勝手に思っているだけで、希朝が何を想うかは自由であり、束縛するつもりはない。


「希朝さんと出会ったおかげで、大きすぎる、僕だけでは抱えきれないものを貰うことになって……自分を捨てることをしないで済んだんだ」


 希朝と出会わなければ、連は孤独に捕らわれていたと断言できる。

 下手をすれば憎み、恨みすらもない、人としてではなく獣として歩んでいた可能性すらもあったのだから。


 始まりがあったからこそ、家族の形を自ずと知り、実の父親と向き合って言葉を交わした。


 この家に来たキッカケは他の誰でもない、希朝との出会いから始まったのだ。


「本当、最初のよそよそしいのが懐かしいですよ」

「は、恥ずかしいから思い出さないでもらっても……」


 連が動揺したところで「嫌です」とさり気なく返してくる希朝の横顔が日に照らされ、微笑みを眩しく見せてくる。


「……私も、連さんに言っておかないとですね」


 希朝は少し息を吐いたのか、軽く肩が下がっていた。

 それなのに横顔が凛としているのは、彼女が彼女らしくいる。それ以上の言葉、装飾は似合わないだろう。


「私、連さんを最初に家に迎え入れる前に『そのゴミ、捨てておいてください』って言いましたよね」

「うん、言われたね。最近は聞かなくなったけど、最初は事ある毎に」


 最初こそ希朝を印象づけるような言葉だったが、自然と耳にしなくなっていた。

 聞かなくなったのは希朝の過去を知った、あの日の翌日からだろう。


 星の子の形を希朝がやめてからは、連がやらかさない限り聞くことが無かったのだ。


 希朝は何もない空間を見上げていたが、確かに連を見ているのだと感じ取れる熱を持っていた。


「でもそれは、本当の私を隠すための言葉だった、って今なら言えますよ」


 過去の自分を否定しない。それでいて肯定もしない。

 希朝が今見ているのは、描いた夢(未来)、なのかもしれない。


「――私は私だ、って、全てを捨てる必要はない、って言いきれます」

「希朝さん」

「でもそれは……この後、連さんの気持ち次第で受け止める覚悟をもらいたいです」


 希朝はバトンを返してきた。

 会話のキャッチボールをしていたが、希朝は確かに見ていたのだ。

 光の雫が揺れ動くピンクの瞳はゆっくりと、連の姿を反射している。


 前髪についた太陽の髪飾りが微かに光を反射しているのに、それ以上に連は希朝に吸い込まれていく。


 焦る鼓動に終止符を討つように、深く息を吸ってから、連は言葉を口にした。


「僕は、希朝さんが大好きだよ」


 少ない、修飾もない、不格好な言葉だろう。

 それでも連にとっては、抱えきれないほどに大きな感情だった。


 怖くてずっと、幾度も、心にしまっていた。


 今はそれを吐き出して、一歩を踏み出す勇気として、十二分なほどに貫けるのだ。

 希朝を好きという、大きな原動力を伝えられたから。


 その時、希朝の手がぎゅっと、連の服を掴んできていた。

 しわになってしまいそうな程にぎゅっと握ってくるその手は、確かな力が籠っている。


 決して大きすぎない、小さすぎない。

 それでいて手放したくないと、伝えるには有り余ってしまうほどの熱を帯びさせている。


「……もう……待たなくても、いいのですか……」


 震えた希朝の声。

 連は言葉を口にせず、ただ、静かに頷いた。

 瞬く間もなく、希朝の腕は連を求めるように、力強く抱きしめてきた。


 これでもかと、ずっと離さないと伝えてくる。

 自分よりもか細い腕なのに、確かな熱を感じさせてくるだけではなく、想いをヒシヒシと体に感じさせてくるのだ。


 心が安定する、温かい、希朝の体温。


「待たせすぎですよ。待たせすぎです。待たせすぎ……本当に、本当に」


 希朝は今にでも泣き出しそうな声で、言葉をこぼしていた。

 待ってくれていたのは、強がりだった、と今の連はすぐに理解できた。


 待っていると希朝は言ってくれていたが、何年も待っていたのだから、近くに居るだけでもどかしかったはずだ。


 連は希朝の頭に片方の手を優しく撫でるように置いて、もう片方の腕を希朝の体に回していた。

 縮まった距離が更に、希朝の優しい香りを、途絶えることのない体温を脳に伝えてくる。


「ずっと待たせたね。待っていてくれて、ありがとう。ありがとう」


 感謝をするのは、今までの希朝の気持ちを無下にしないように、今へと繋いでくれた希朝に想いを伝えるためだ。

 伝えきれない想いを、一生をかけて伝えきれると信じているからこその行動。


「当然ですよ。私は、連さんの事が好きだから、大好きだから、待てますよ。何度でも、何年でも……ずっと、ずっと……」


 服を握る希朝の手は、ぎゅっと力が籠っていた。


「僕は本当に、恵まれているよ」


 希朝からは、抱えきれないほどの想いを貰った。

 今後もきっと、連の形を作って、未来を形づけるものとして息をするだろう。


 ふと見上げてくるピンクの瞳には、迷いなく映る連の姿。


「希朝さん」

「なんでしょうか」

「僕は――希朝さんの隣に立つ以上、今以上に自分らしくなって、希朝さんの横でも胸を張れるようになるよ」

「その覚悟、いつまで持ちますかね」


 微笑んでくる希朝は、煽っているわけではなく、支える気があるのだと間接的に伝えてきているようだ。


「――希朝さんと家族で居られる限りだよ」


 これは今後、生きている時間の中での確約だ。

 連はプライドを捨てた。

 だからこそ、もう一つの想い(覚悟)を打ち明けるのだ。


「希朝さんを幸せにしたい」

「断言、しないのですか?」


 わざとらしく微笑む希朝は、小さな小悪魔だろう。


「必然と、希夜ちゃんとも家族になるわけだし……希朝さんを幸せにするってことは、希朝さんと希夜ちゃんを幸せにすることが、僕に課せられる使命だと思っているよ。そうじゃないと、希朝さんとした約束、守れないからね」

「連さん、ありがとうございます」


 希朝は以前、希夜を含めた家族になりたい、と話してきた。

 連はそれを忘れていないからこそ、前日に希夜との時間を取っておきたかったのだ。

 希夜自身が、連を迎え入れたいのか、妹になる家族の気持ちを知っておきたかったから。


(僕は、変われたんだ)


 生まれた環境が人を、人生を彩るとはよく言われる。

 だけど連は、過去の家族の形が歪んでいたとしても、関わる人、想いを交える人で、元の家族が変わらなくても自分は変われると実感したのだ。


 それを教えてくれたのは他でもない、希朝と希夜である。


「希朝さん、ずっと、大好きだよ」

「連さん、大好きです」


 愛を伝えながら、冷めない熱を交り合わせるように、ぎゅっと抱きしめた。

 優しい光に包まれて、想いを届かせるように。




 ――ある人は、恋の軌跡の幕は閉じた、と云うだろう。


 しかしそれは終わりではなく、人生(物語)の記録として綴られなくとも――連、希朝、希夜、新たな星宮家の恋軌跡が続いていく始まりにすぎないのだ。

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