人の家のトイレ :約1000文字
「くっそー負けたー!」
「ははは!」
とある一軒家。少年たちの快活な笑い声が響く。
「あー、トイレ借りるな。メンタルリセット!」
「ははは、部屋出て左ね」
少年はおどけた踊りを見せながら部屋を出た。
廊下を進み、ドアを開ける。
……あ、間違えた。けど合ってた。右じゃん。なんだあいつ、馬鹿かよ。
少年はふっと笑うと、便器の蓋を開け、腰を下ろした。
それにしても、人の家のトイレって、使うほうも使われるほうもちょっと嫌だよなあ。なんていうか、変な感じ。まあ、家自体もそうか。どこか行動を縛られてるような……。こいつんちは特になあ。古いし、ドアとか多いし……。
そんなことを考えながらも、少年はしっかりと用を足し、トイレットペーパーに手を伸ばした。
その瞬間だった。
視界の端に何か黒いものが映った。
「うおっ」
視線を下に落とした少年は思わず声を上げた。
壁にゴキブリが張り付いていたのだ。
少年は一瞬固まったものの、すぐに気を取り直し、静かにトイレットペーパーを巻き取った。
……よし、こいつはここで始末しておくか。そして、このことは心の中にしまっておこう。指摘したら気まずくさせるだろうしな。うーん、おれはなんていい友達なんだ。
己を讃えつつ、尻を拭く。拭き終わると再びトイレットペーパーを巻き取り、身をかがめた。
そして、そっとゴキブリへと手を伸ばす。
だが、少年は違和感に気づいた。
変だな……。全然逃げないぞ。微動だにしない。鈍いのか? まあ、それならそれでいいか。サッと掴んで、便器の中に……。
……取れない。
ゴキブリは、壁に張り付いているのではなかった。
これ……釘?
背中の中心に、一本の釘がめり込んでいた。
黒い翅の上に、錆びた釘の頭が丸く鈍く光っていた。
なんで……?
少年はトイレットペーパー越しに、釘の表面を指でなぞった。
その瞬間――
「……っ!」
ドアをノックする音がした。
ビクリと肩を跳ねさせ、少年は思わず顔を上げる。
「あ……」
そして、その視界に映ったものに少年の思考は凍りついた。
トイレの壁の上部――そこには、おびただしい数の釘が打ち込まれていた。
無秩序に。そのいくつかには、干乾びたヤモリやゴキブリの欠片が残っていた。
ノックの衝撃で、釘に引っ掛かっていた虫の胴体が床に落ち、カサッと音を立てた。
ノックの音は、氷を打ち砕くかのように重かった。それは手で叩いているというより、何か鈍器のようなもので……




