表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/709

悲鳴            :約1000文字 :ホラー

 黒ずんだ雲が漂う夕暮れ時、一人の青年が道を歩いていた。

 ぼんやりと空を見上げる。そのときだった。突然背後から声が響いた。


 ――悲鳴。


 彼はすぐにそれが女性の声だと気づいた。まるで鍵盤を乱暴に叩くように激情的で、ふざけ合いの延長で漏れたような軽いものではない。絶望と恐怖が入り混じった悲痛な叫びだった。


 痴漢?

 ひったくり?

 それとも通り魔?

 振り返りながら、青年の脳裏に次々と可能性がよぎる。回転する視界の端に、一瞬、電柱にもたれかかるように掲げられた看板が映った。

 『不審者注意』

 不吉な警告が、じわりと青年の胸を締めつける。

 だが――誰もいなかった。

 一本道の住宅街。左右には一軒家並び、見通しはいい。逃げ隠れする余地などないはずなのに、そこには何の異変も見当たらなかった。

 青年はその場に立ったまま耳を澄ませた。だが、静寂が広がるだけ。

 近くの家で強盗? あれはその住民の絶命直前の叫びだったのか? それとも庭に出て、空に向かって奇声を上げただけ? 思えば、狂気を孕んでいたような気がする。


 もしそうなら被害者はいない。だが、青年は身震いした。

 現像液に浸した写真のように、脳裏にぼんやりと浮かび上がる“見えない女”の姿。想像上のそれが輪郭を持ち始め、色濃くなっていく。

 青年はぶるりと頭を振った。恐怖を追い払うように。

 そして、前を向いて歩き出す。


 一歩


 二歩


 三歩――


 再び悲鳴が響いた。先ほどよりも大きい。

 いや、違う。声量は変わらない。ただ、距離が近いのだ。

 青年は素早く振り返る。

 しかし、やはり誰もいない。

 気のせいか? いや、二度目だ。

 悲鳴に似ていただけで、機械か何かの駆動音? いや、あれは確かに人の声だ。

 鼓動が速まり、喉が鳴った。

 青年は再び歩き出す。今度は逃げるように。


 一歩


 二歩――


 また悲鳴が聞こえた。それも近くなっている。

 青年はまた振り返るが、そこには何もいない。

 なぜ? 声が近づいているのに、なぜ姿が見えない?

 ざわつく胸を押さえ、青年は前を向き、足を踏み出した。今度は走るつもりだった。


 一歩――


 その瞬間、悲鳴が響いた。その吐息の温度すら感じ取れそうなほどの距離で。青年は鼓膜はおろか、体を引き裂かれるような激痛を感じ、反射的に耳を塞いだ。

 だが、無駄だった。すぐに何も聞こえなくなったのだ。

 何も。悲鳴も。地面に膝をついた音も。震える手で近くの小石を拾い、落とした音さえも。

 自分の悲鳴すら、もう聞こえない――そう気づいた瞬間、耳の中からドロリと生温かいものが流れ落ちた。

 震える手で耳に触れるも、その感触さえどこか遠くの出来事のように思えた。


 いったい何が起きたのか。誰かに助けを――。

 そう思い、青年は辺りを見渡した。

 そのときだった。独特な匂いを嗅いだ。

 どこか遠くの店から漂ってきたような香り。淡く、鼻をくすぐった。


 それは意識を逸らして少ししたあと、より濃くなって再び鼻腔を満たした。

 まるで、少しずつ迫ってくるように……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ