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問答 :約500文字 :ホラー
「ねえ、ネズミいない?」
ふいに、彼が言った。押入れのほうを向いている。私は視線をまな板に戻し、淡々と答えた。
「いるわけないよ」
トン、トン、トン――野菜を刻む単調なリズムが心落ち着く。
「カリカリ、音がしたような気が……まあ、いいけど」
暇なら手伝ってくれればいいのに。そう言おうと思ったけど、彼がテレビをつけたのでタイミングを逃した。
しばらくして、彼がまた私に声をかけた。
「……ねえ、猫いる?」
「いないよ。どうして?」
「押入れから『マァー』って、猫の鳴き声が聞こえたような気が……」
「いないよ」
彼は「ふうん」と呟くと、またテレビに目を向けた。
「……ねえ」
少しして、彼が、また私に声をかけた。
「赤ちゃんいる?」
手を止め、振り向くと彼が押入れに手を伸ばしていた。
「どうして?」
「いや……赤ちゃんの笑い声が聞こえたような気がして……」
「笑うはずないじゃない」




