窓際の君へ :約1000文字
窓際の君へ。
初めて君を見た日のことを、僕は今でも覚えています。冷たい空気の中で、心だけがぽっと温かくなっていくのを確かに感じました。
磨りガラス越しだったから、姿はぼんやりとしか見えなかったけど、きっと美人さんなのでしょう。
僕が試しに手を振ってみたら、君は尻尾を軽やかに振ってくれましたね。
もしかしたら、ただの偶然だったのかもしれません。でも、その仕草はまるで、『気づいてくれてありがとう』と言っているようで、僕の心は一瞬で君に奪われてしまいました。
それからというもの、仕事帰りにこの道を通るたびに、つい君がいる二階の窓を見上げてしまうのです。
そこに君がいるだけで、僕の心は癒され、疲れがふっと消えるのです。
君に触れてみたい。もっと近くで見てみたい。でも、君は窓の向こうから出てきてはくれないのでしょうね。
でも構いません。こうしているだけで。
君は僕の心の安らぎでした。
でも、それも今日で終わりです。いつものように君を見上げたとき、僕はふと気づいてしまったんです。
君のいる窓の下、一階の磨りガラスにへばりつくそれに。
それは、僕を見ていました。そして、気づいてしまった。僕が気づいたことに。
僕はすぐに逃げ出し、今、自宅にいます。
繰り返します。君にはもう会いに行けないでしょう。それどころか、もう家から出ることもできないかもしれません。
カーテンを閉めても、はっきりと感じるのです。
そこにいるのだと。
窓際のあなたへ。
どうか、その手を窓ガラスから離してください。
押すのをやめてください。
やめてくださいやめてくださいやめてくだ――




