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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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メッセージボトル      :約1500文字

 その男はただ座り続け、次々と流れ着く瓶を眺めていた。

 ここはとある小島。もしかしたら、この島にも古くから伝わる名前があるのかもしれない。だが、それを知る術が男にはない。


 男は目を覚ましたとき、なぜか海に浮かんでいた。どうしてそんな状況に陥ったのか、よく思い出せない。だが、考えている余裕などなかった。取り乱しながらも泳ぎ、ほとんど波に流されるまま、この島へ辿り着いた。

 初めのうちは生きていることに安堵し、砂浜を踏みしめた感触に喜びを覚え、小躍りさえした。しかし、島に食料になりそうなものが見当たらないと気づいた瞬間、絶望が押し寄せた。

 泳いで脱出しようと試みたものの、潮の流れに押し戻されるばかり。そもそもどこへ向かえばいいというのだろう。陸地の影すら見えない。男は途方に暮れ、膝を抱えて砂浜に座り込んだ。


 その後、どれくらい経ったか。時間の感覚はない。ただぼんやりと海を眺めていたときだった。一本の瓶が波に運ばれ、目の前に流れ着いた。コルクで蓋をされているその瓶の中には紙が入っているようだった。


 ――メッセージボトルか……。


 聞いたことはあった。誰かが海や川に流し、見知らぬ相手に届けと願う瓶詰めの手紙だ。時に、映画やドラマのような感動の物語を生むが、ははあ、なるほど。その裏には無数の瓶が誰に拾われることなく、こうした場所に辿り着いているのだろう。

 男は砂浜に点々と埋まっている瓶に気づき、そう思った。

 男は気分転換にそれらを拾い、手紙を取り出してみたが、どれも外国の言葉で書かれており、内容を理解することはできず、すぐに興味を失った。

 その後も男は何度か島からの脱出を試みたが失敗し、ただ無為に時が過ぎていった。

 その間も瓶は絶え間なく島に流れ着いた。無秩序な行列、あるいは合戦場のように波間で瓶がぶつかり合い、鈍い音を立てている。


 ――まるで墓標だ。


 ぼんやりと辺りを見渡し、砂浜に刺さった無数の瓶を眺め、男はそう思った。そして、ふいに立ち上がった。


 ――ああ、これは良くない。何か、何かをしなければ。


 だが、この島でできることなど限られていた。男は気を紛らわせるように、手当たり次第に瓶を拾い、開け、また別の瓶を拾った。 

 あるときは一列に並べて、リズムよくポン、ポン、ポンと。またあるときは岩にたたきつけて割った。

 手紙はいずれも外国語で内容を理解できるものは一つもなかった。それでも男は開け続けた。やがて、脱出に挑戦することよりも、瓶に触れる時間のほうが長くなった。

 孤独に耐えかねていた。人間に会える可能性などないことはわかっている。だから、せめて母国語を目にすれば慰めになるのではないかと思った。それすらも、叶わぬ願いかもしれないが……。

 男は心の中でそう思いながらも、ひたすらに探し続けた。


 そして、ついに見つけた。人間と、懐かしい故郷の文字を。


 それは確かに人間だった。


 波間に浮かび、ゆっくりと流れ着いた死体。その背中には、ナイフか何かで刻まれた文字があった。

 男は死体の前に膝をつき、その文字を指でなぞった。凹凸の感触が痛々しく、胸の奥が鈍く震える。

 文字読み終えると、男は海に向かって駆け出した。

 波に抗い、全身で水を掻き分ける。その激しい動きと気迫はまるで舞台上のダンサーのようだったが、慟哭もその体ごと波に押し返され、砂浜に叩きつけられた。


 男は空を見上げた。風が連れてきたのか、灰混じりの雲がゆっくりとこちらに向かってくる。そして、海面に浮かぶ死体の横陣がそれに続く。


 男は砂浜に蹲り、自分の背中に手を伸ばした。だが、そこに何か刻まれているか確かめる気にはなれなかった。

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