第15話 毒使いの決闘
「ここなら、お互い全力を出せるでしょう」
そう言って彼女……ロザリアと名乗る燕尾服の少女は俺たち一行と御当主さんを放牧場まで連れて来た。
俺は現在めちゃくちゃ焦っている。
なんでって? そりゃあ自分の想定の何倍も難しい任務だってことについ先ほど気づいてしまったからだ。
彼女の先ほどの物言いと、フェリックスさん、そしてクリスティナの思惑をまとめよう。
クリスティナは、お見合いを一応した上でご破談にしたい。
フェリックスさんは、強い印章士を婿に入れたくてその実力を試したい。
そして恐らくロザリアは、クリスティナと半端者をくっつけたくない。
要は、今から対峙しなければならない印章士は、クリスティナとグルでなく、寧ろフェリックス側に立っている人物だと言っていい。
別にハナから示し合わせてあるものだと思っていたわけではない。
そうだとすれば、御令嬢であるクリスティナ自身が態々カンメラまで呼びに行く必要もないはずだから。
しかし彼女が"自分の従者と闘って欲しい"と言ったあたりで、俺はたかを括ってしまったわけだ。
向こうは実力に自信があって、かつご破談に従っているクリスティナの側近なのだろう……と。
嘘は言われていない。
ただその側近が堅物らしいことだけが知らなかった情報である。
獰猛に俺を狙っている印章士に対しいい勝負をして負けろと言うのだから、中々厳しいものになりそうだ。
横に目をやれば、少し離れたところでフェリックス、クリスティナ、そしてセツナが俺たちの様子を見守っている。
特にクリスティナは落ち着かない様子だった。
ハッタリ仕掛けたい本人がその様子じゃあダメだろ……とは思うが、まぁ仕方ない。
何せ目の前の従者さんはめちゃめちゃ燃えている。
アレはマナとかでは無い。
無いが、なんかオーラが出ている……ような気がする。
「勝負は負けを認めるか戦闘不能になるかで構いませんね?」
「あ、あぁ。それでいい」
「分かりました。
では開始を……そうですね、貴方から好きに来てください。
私から始めてしまうとフェアでは無いですし」
「えぇ? いやそれはそれでこっちに有利すぎるような……なら、そうだな。
おーいセツナー!!」
「??」
セツナが俺の呼び声に反応してふわりと髪の毛を浮かせる。
「マギビークルを思いっきり吹かしてくれ! それで試合の合図にするから!」
大声でギャラリーの三人の方へ叫ぶと、少し何かを話した様子の後、セツナはマギビークルを引っ張ってきてその駆動音を鳴らした。
恐らく、準備はオッケーということだろう。
俺は鍵を取り出して門を解放する。
魔法陣が自分の手元をついていくように浮かんだ。
それを見て、彼女は両手に黒い指抜きグローブをはめる。
よく見ればそれは手の甲側に銀色の金属らしきプレートが取り付けられていた。
そのままネクタイの裏から──そう、クリスティナと同じように──ペンダントを引きちぎった。
彼女の指先で煌めくのは小さなカプセル。それを徐に口に運びカリッ、と一噛みした次の瞬間。
マナの奔流が駆け抜け、肌をざらりと撫でる。
まるで、目の前の獣を見定める狩人のような────隙の無い、それでいて冷徹な魔力の波動。
咄嗟に槍を引き抜く。
取り敢えず一本。碧い光を携えた槍を彼女は一瞥する。
「それが噂の怪物殺しだな。魔力が急いている────速さには自信がありそうだ」
「……へぇ、印章士を目の前にして分析かよ。
的外れだったら笑われちまうぜ」
「違うな、試しているのは私だ。
貴様が動揺すれば、儲けものと言ったところだな」
「もう少し正々堂々ってガラだと思ってたが、案外傭兵気質なんだな」
「"使える物は全て使え。使い熟す覚悟と努力を持って"」
「?」
「アオザホース家の家訓。私はこれに救われ、鍛えられてきた。
この家とお嬢様に尽くすことこそ私の使命。
故に────お嬢様の結婚相手は、貴様などではいかんのだ!」
「はぁ? そりゃ一体どういう意────」
自分ではダメ。
言葉もあまり交わしてないはずのロザリアからそう告げられ疑問を浮かべた俺の言葉を、遠くより響く甲高いマギビークルの加速音が掻き消す。
「ッ!!!!」
俺が気付くより僅かに早く、ロザリアが駆けた。
彼女は恐らくインファイター。
根拠はそのグローブ以外の装備がないこと、そして投与型の万理印だったこと。
万理印にはいくつもの形がある。俺の鍵然り、セツナのマギビークル然りだ。
初めは確か……綺麗に属性を円形に12等分したメダルだったとか聞いたが、それは最初期の話である。
彼女は万理印の大本を安置しておいて、その使い捨てのコピーを消費するタイプだろう。
メリットは体内に投与するから万理印を曝け出す必要がない。
デメリットは拠点を移動するタイプの印章士には向いてないことと、なんらかの影響で大本に不具合が発生した時使い物にならないことか。
彼女の場合は活動拠点がここに決まっていて印章士の力を生かすのもここでの仕事だろうから、まさに理にかなっているというわけだ。
鋭く駆けた彼女の体勢は低く、右拳を腰元に引いていた。
間合いが取りづらい……いやそれだけじゃない。
暗器を使う場合だとしてもこのまま彼女の間合いにするのは得策じゃない。
ならば────
ロザリアの瞳が僅かに揺れる。
俺はロザリアの突撃に対して前へ踏み込む。
ほんの少しだけ、激突の時間がズレる。
そうしたら後は槍を置いておくだけで良い。
相手の対処したところをさらに返し技で攻撃する。
狙いは正中線……身体の中心。
自身に投与する万理印のデメリットは、俺に対してはもう一つある。
俺の対魔戦闘瘴雷兵装を喰らった時、痛みもマナのダメージも万理印ぶんだけ多く受けるってことだッ!
だが彼女の顔色は全く変わらず。
逆に、尚も俺を試しているかのような眼をしていた。
瞬間、激突。
彼女は槍をモロに食らった。
刺さっている感触は確かにある。
刺さっていたのは彼女の左の手のひらと、心臓の部分。
彼女の額に脂汗が浮かぶ。
間違いなくかなり痛い筈。マナの流れだって焼き切れる程に────────
「ほう……毒属性か。」
「!!?」
「奇遇だな……私もだッッッ!!!」
槍を掴みながら、右ストレート。
不味い、毒属性だと!?
ならその一撃は食らうべきじゃないッ!!
「うおぉっ!?」
雷槍を素早く手放し前蹴りを放つ。
右ストレートを腕で弾いて捌き、素早く横に飛び退いた。
最初の淑やかな佇まいから一転、ロザリアは大きく両足を開き膝に力を溜め、ゆっくりと臓に突き刺さった雷装を引き抜いた。
そのまま池に捨てられた雷がその火花を弱め掠れて消えていく。
「うっそだろ……」
あの雷は特別製だ。
魔法や、コアや、マナの流れに対して強力な刺激を与えるように作ってある。
それは今のように相手の手に渡って解析されないようにするため。
そして、最低限の物理的損傷で相手を無力化するための魔法なのだ。
それを意識して作っているのだから、投与型の万理印を起動させている人間に刺さったら痛いどころの話じゃないはず。
印章士の神経を傷付け、魔獣のコアを鈍らせる魔法を受けて、まだ戦闘体勢だと?
それに彼女は今言い放った。
"奇遇だな"と。
目の前の馬鹿げた強靭さが毒属性を応用した物だとするなら。
自分の魔法の理屈を、その身体で直接感じ取ったとするなら。
それはとんでもなく、とんでもなく厄介だ。
「何を驚いている……そんなに自慢の魔法だったか?」
良いや違うねッ、お前がおかしいんだお前が!
そう叫びたい気持ちをグッと抑える。
動揺を少しでも気取られたくない。
「鼻を折ったなら良い気分だ……追撃と行こうか────!!!」
獰猛なマナの重圧。
燕尾服が草原に一陣の黒を刻み、敵意と共に迫り来る……!!!!!




