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4 現実

ーー悲劇は突然起こった。9月14日のことだった。


「いやー、異世界に行くにはやっぱり何か強い衝撃が必要なのは間違いないな」



 いつもの帰り道。高広は陽気に話す。


「頭にどかーんって感じー?」


 前を歩く愛菜は、振り向いて手を大きく広げ衝撃の大きさを示す。


「でも、それだけじゃだめなんだよな。何か他にも要因があるはずなんだよ」


「案外深く考えすぎないほうがいいかもしんないぜ?」


「あー! そーかも! 全然違う話してたら突然ビビッとかちゃうんじゃない?」


「それでいけたら人類みんな異世界行きだよ」


 普段と変わらない会話。何年も異世界について考えるうちに、具体的な方法より要因を考えるようになってきていた。現代の科学では異世界への扉を開くことは不可能だということに気付き始めていた。


「まあ、そう簡単には見つからないだろ。未だ異世界に行ったっていうやつは地球上にいないんだぜ?」


「そーだよね! だからこそ私たちの研究が貴重なものになる日が来る!」


「そうだな」


 いつもと同じ帰り道。いつもの横断歩道にさしかかる。

 悲劇はそんなときに起こる。



「ねーねー、明日はさ……」

「おい! 愛菜っ! 信号赤だぞっ!」


 二人の少し前を歩いて後ろを向いて話していた愛菜は、信号が赤だったことに気付かなかった。


「えっ! あっ……!!」

「危ない!!」


 そこにトラックが走ってくる。


「きゃぁっっ!!」


 愛菜は一瞬の恐怖のあまり足を動かすことができなかった。


 一方、翔悟の頭にはなにかがよぎった。どこかで見た瞬間だった。デジャブなのかあるいは妄想なのか。

 彼は一瞬のうちに様々な葛藤をした。

 ーー走れば間に合う。

 --この一歩を踏み出せば。

 --でも怖い。

 --下手したら俺まで……

 --でも愛菜が!

 

 しかし、彼の足は動かなかった。動けなかった。頭の中では助ける姿も、助けられなかった姿も想像できてしまった。


 

 

 ドスンッッ





 鈍い音が鳴った。


 周りの人の悲鳴が聞こえた。


「おいっ! 愛菜っ! 愛菜ぁっ!」


 高広は愛菜に駆け寄った。トラックの運転手も心配そうに降りてきた。

 翔悟は膝から崩れ落ちた。目の前の出来事を受け入れられなかった。


「おい、翔悟! 救急車を! おいっ、翔悟! 聞いてんのか!」


 その言葉は翔悟には届いていなかった。

 代わりにトラックの運転手が救急車を呼んだ。


 翔悟は自分の呼吸がどんどん荒くなっていくのを感じた。困惑と自責の念が彼の思考を狂わせた。


「……ぁ、愛菜が……」


 涙すら出ず、ただ嗚咽の混じった声で彼女の名を呼ぶしかなかった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 

 搬送先の病院で愛菜の死が確認された。享年18歳。


 緊急治療室の前の椅子に座る二人は、その事実を医者から告げられた。

 

「クソッ! なんでだよ! なんでっ……!!」


 高広は涙ながらにその怒りをぶつけることしかできなかった。


「……」


 翔悟はただ茫然自失で、病院の床を見つめていた。高広は愛菜の死を、受け入れがたくも、きちんと受けとめざるを得なかった。

 しかし翔悟は彼女の死を受け入れることすらできなかった。


「……クソっ、俺がもっと早く赤信号に気付けてたらっ……!」


「……」


「……俺が前見ろとか言っとけばっ……!!」


「……」


「俺が……、俺がっ……」


「……なあ……、池内……」


 翔悟は口を開いた。その声には感情も生気もこもっていなかった。


「……愛菜は、どこに行ったんだ……?」


「っ…! お前いい加減受け入れろ。愛菜は……死んじまった……」


「死……」


 その言葉は翔悟にとって聞きなれたはずの言葉だった。いろんな小説に出てきた。いろんなドラマにも出てきた。しかし、今それを実際に目の前にして死という言葉は初めて聞く単語のように思えた。


「じゃあ……、あいつは……異世界に行ったのか……?」


 それは死を受け入れられない翔悟が無意識に出した結論だった。


「はぁ!? お前ふざけんなよっ! こんな時に不謹慎だろうが!!」


 親友から飛び出した発言に高広の怒りは爆発した。


「でも……愛菜が……」


「俺だって受け入れたくなんかねーよ! でも……、でも、受け入れるしかねーんだよ!」


「事故で……転生して……」


 成り立たない会話に高広の怒りは頂点に達した。あるいは、自分への怒りも含んでいたのかもしれない。


「お前! いい加減にしろよ! 異世界なんてないんだよ!」


 今まで言ってはならない言葉だった。その言葉が純粋な彼に刺さるものだということは高広も理解していた。


「現(・)実(・)を(・)見(・)ろ(・)よ(・)!!」


「……ぃゃだ……俺は……」


「こんだけやっても見つかんない。俺らより頭のいい奴らが研究して不可能だったものを、俺らができるわけがないだろ! もともと異世界なんてなかったんだよ!」


「……あるさ……異世界は……あるんだよ!!」


 興奮する高広を止めるように病院のスタッフたちが駆け寄ってきた。そして落ち着いた二人は今日のところは帰るように言われた。


「……翔悟」


「……なんだよ」


「俺は今日限りで異世研をやめる。愛菜がいない異世研は異世研じゃねぇ。もう異世界ごっこは終わりだ」


「……あぁ、勝手にしろ」


 外はもうすっかり暗くなっていた。

 二人は別々の道から帰宅していった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから、二人は別々の道を歩んだ。

 池内はショックからしばらく大学に顔をださなかった。


 一方、翔悟は異世界の研究をつづけた。しかし、その方法はだんだんエスカレートしていった。自らの身を削りながら、実験に没頭した。


 二人は二度と顔を合わせない……はずだった。





ーー世界は微小に変化する。

  その変化は、世界から見ればちっぽけなものだが、当事者にとっては大きな変化なのかもしれない。しかしそれはあくまでも本人にとってだけであって、周りからすれば風が吹いた程度でしかない。あるいは、そうなるように世界が作られるのかもしれないーー








 いつの日からか二人は愛菜のことを忘れ、日常生活に戻っていった。


 2年になり、高広は別のサークルへ、翔悟はそのまま異世界研究サークルで活動していた。お互いにそれを何とも思わなかった。

 高広と翔悟は幼馴染で、親友で、もとは同じサークルだった。


 2年が終わるころにはサークルの活動資金が底を尽きかけ、翔悟は資金援助をもらうため、活動実績を作ることに決めた。







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