2 俺は異世界を見つける
海川翔悟、池内高広、石須愛菜は小学校からの仲だった。もともと愛菜と翔悟は幼稚園からの幼馴染で、小学校に上がって高広と出会った。
出席番号が近かったこともあり、三人はすぐに仲良くなった。共通の趣味ということもあり、彼らのおしゃべりの話題はいつも小説だった。小学校の教科書に載っている物語から、図書室の本までいろんな本について語り合っていた。
三人が気が合った要因はそれだけではなかった。三人の内に秘めた探求心と好奇心が似通っていた。謎に対して知りたいと思う、知らない者について興味を持つ、それに無意識のうちに快楽を求めていた。だからこそ小説を好んだのかもしれない。
中学生に上がって、3人はネット小説というものに出会った。それが彼ら3人の人生を大きく変えるものとなった。
「なあ、昨日こんな小説見つけたんだけどさ!」
教室の一角、休み時間になるといつも三人で集まる窓際で、高広は携帯の画面を二人に向けた。
タイトルは『異世界チート転生』。トラックにひかれた高校生が異世界に転生して、女神から最強の能力を授かる、というものだった。
「あー! 私もそれ読んだことあるー! ランキングに載ってたよね!」
「俺は初めて聞いたな。高広も読んだのか?」
「ああ、まだ途中までだけど、めっちゃおもしろいぞ! 翔悟も読んでみろって!」
「あ、ああ」
家に帰った翔悟は早速その小説を読み始めた。
それは一話あたり3000文字、最新話まで80話近くある小説だった。
しかし翔悟はそれをすぐに読み切った。読み始めたときは、池内と同じように冒頭だけ……と思っていたが、知らず知らずのうちに次話をクリックする手が止まらなくなっていた。時に戦闘シーンにドキドキし、時にヒロインとの恋にドキドキした。一人称視点と相まってそれらがより臨場感を伴って翔悟の心を揺さぶった。
彼はいままで小説というと、太宰治や芥川龍之介といった文豪たちの名作を好んで読んできた。小学生の時はそんな彼を見て先生たちに心配されたほどだった。
そんな彼にとってライトな文芸は革命的なものだった。地の文からにじみ出る主人公の感情、かわいいヒロインの細かな表情、仲間たちの熱い友情、想像したこともなかった非日常。そのすべてが彼に新鮮な感動を与えた。
翔悟はその小説を読み終えてすぐに高広に電話をかけた。
「もしもし、どーした?」
「池内! あの小説おもしろいな! 続きが気になって仕方ないぜ!」
「は!? もう最新話に追いついたのかよ!? 相変わらず読むスピードはえーなー」
「それよりどう思う?」
「なにがだよ?」
「異世界はあるのかってことだよ! 池内はどう思う?」
高広は翔悟の発言に一瞬あきれたが、これこそ海川翔悟なのだと思い返した。小学校で『かぐや姫』を読んだときには、月には本当に人がいるかについて3人で真剣に語り合い、『注文の多い料理店』を読んだときにはその料理店がどこにあるのか必死に調べたものだ。
すべての物語に正面から向き合い、正面から向き合いすぎるあまり、常識をも視野の外にする。それが海川翔悟であり、そんな翔悟に流される高広と愛菜もまた、いい意味で常識はずれの読者となっていった。
「異世界かー、宇宙人も未来人もいるなら異世界人だっているんじゃね?」
どこかで聞きかじった未確認生物たちを並べた。
「やっぱ高広もそう思うか! ちょっと調べてみる! じゃあな! また明日!」
こうなるともう止められない。明日学校で会うときにはきらきらと目を輝かせてくるんだろうな、と高広は想像した。
今まで翔悟の頭にはなかった異世界というワード。もちろん今まで読んだ作品の中にも、『蜘蛛の糸』の地獄、『浦島太郎』の竜宮城のように異世界を舞台としたものはたくさんあった。しかし翔悟にここまではっきり"異世界"という言葉を叩きつけた作品は初めてだった。
自分の知らない世界があるのかもしれない、もっといろんな世界を見てみたい。そんな男の本能が呼び覚まされた。
その夜、翔悟は寝る間も惜しんで異世界ジャンルの小説を読み漁った。
そのどれもが彼を魅了した。それぞれの世界観はもちろんのこと、そのストーリーや登場人物たちの魅力にも惹かれていった。また、それらが小説ごとに違っていることも彼にとって衝撃だった。書く人によって見ている世界が違う。三者三葉、十人十色、千差万別な物語がある。そのどれもが彼が想像もしてこなかったものだった。
いつしか、彼は平凡だった主人公が強大な力をもつようになるというサクセスストーリーに自分を重ね合わせるようになっていった。主人公が活躍すると、自分も活躍したような気分になった。
そうして自分がもし異世界に行ったら……、何か能力を授かるなら……、そんな妄想が膨らんでいった。
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翌朝、目の下にクマを作って登校してきた翔悟を見て、愛菜と高広は驚いた。
「どーしたの、翔ちゃん!? 寝てないの!?」
「ああ、ちょっとな」
「まさかあの後も小説読みまくってたのか?」
「まあ、そんなところだ」
目をこすりながら翔悟は答えた。
「もー、ちゃんと睡眠はとらなきゃだめだよー」
「気をつけるよ、それより二人に聞いてほしい」
「なんだよ?」「なにー?」
翔悟は寝不足の眼を見開いて、びしっと人差し指を二人のほうに向けて高らかに宣言した。
「決めたんだ。俺は異世界を見つける!!」
教室中が一瞬静寂に包まれた。談笑していた者たちも翔悟のほうを振り向いた。
そして何かの冗談だろうと思い、また各々雑談に戻っていった。
一番驚いたのは高広と愛菜である。
「おい、どうしたんだよ翔悟」
「いきなりどしたん?」
「俺は昨日異世界小説を読んでいて気づいたのさ。これだけの作者たちが異世界を具体的に書いてる。つまり異世界は本当に存在するんじゃないかってな!」
「また、小説の影響を受けたか……」
予想以上に小説に毒された翔悟を見て、高広はため息をついた。
「お前も昨日あるかもしれないって言ってただろう」
「あれは話を合わせただけだろうが」
「宇宙はロケットで、未来へはタイムマシンがあるんだ。異世界に行ける何かがあるんだよ、きっと!」
「翔ちゃん、冗談言ってるんだよね?」
「いや、本気だよ。俺の将来の夢が決定した。俺は世界初の異世界研究者になる」
「そんなんで決めちゃっていいのかよ……」
「ああ。俺は自分が何のために生まれてきたのかずっと考えてた。昨日気づいたよ、俺は異世界を開くために生まれてきたんだ!」
中学生らしいのか、中学生らしくないのか生きる意味を語る翔悟。
「だから、お前ら二人にも協力してほしい。一緒に研究しないか?」
二人は顔を見合わせた。
「俺も異世界モノ好きだし、行ってみたいけどよぉ、ほんとに行けんのか?」
「ああ、絶対見つける!」
将来の夢を決めあぐねていた愛菜と高広にとって、夢を語る翔悟は輝いて見えた。
「私は賛成だよ! 見たこともない世界を見てみたい!」
「んー、愛菜が言うなら……まあ、興味がないこともないし……」
「よし! 決まりだ! 俺らでいつか絶対に異世界を見つけような!」
「おー!」「おう」
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普通なら、これは中学生の時のかわいい夢としていつしか忘れてしまうものだろう。しかし彼らはそれ以外になりたいものも見つからず、いつしか本気で世界で初めて異世界を見つけようとし始めていた。
彼ら三人の仲は高校まで続いた。
その時期になると、周りは彼らを冷たい目で見始めた。中にはあざける者もいた。
また、男子二人に女子一人というグループ構成、さらに愛菜が男子からひそかに人気だったこともあり、周りからはあらぬ噂を立てられた。
しかし彼らはそんなものは気にせず、ひたすら勉強に励んだ。すべては名のある大学に行くため。そして最高の研究環境で、異世界に行くため。
また、異世界を題材にした小説を読むことも欠かさなかった。同じ作品を読んでは三人で議論した。
そうして三人は同じ大学に進学した。国立藍上大学の文学部だった。




