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Another5 "嘘"の世界4

「おーい、起きろー」


 エイネの声で目が覚める。いつのまにか毛布がかけられていた。


「……おはよう、エイネ」


「おはよー、朝ごはんできてるよ」


「あぁ、ありがと」


 立ち上がって背伸びをしようとする。昨日の仕事のせいか腕が上がらない。足も筋肉痛だ。

物につかまりながら食卓まで向かう。


「ちょ、大丈夫ー?」


「ああ、まあ平気さ」


 全然平気じゃない。今日もまたいろいろ活動しようと思案していたが、かなりキツそうだ。

 エイネはパジャマ姿から、またジャージ姿に戻っていた。


 朝食は食パンとコーンスープとサラダと目玉焼き。さらにコーヒー付き。バランスが取れている。


「いただきます」


「いただきまーす」


 しばらくは無言で食べ続けた。昨夜のこともあり、何を話して良いかわからない。

 エイネは今何を考えているのだろう、とエイネのほうをちらりと見ると目が合った。


「えへへ、何ー? なんかついてるー?」


「いや、なんでもない」


「変なのー」


 変なのはお互い様だ。全く気にしている様子ではないようだ。男の扱いに慣れているのか、それとも気にしていないフリをしているのか。


 自分でも顔が赤くなるのがわかる。俺はこんなに惚れっぽい男だったっけか。いや、男なら誰でも、昨夜みたいなことがあれば気になり始めるよ。よく耐えたほうだよ。

 しかし、一度気になり始めると、後に引けないのが恋心。昨日までどんな風に話してたっけ。



「ごちそうさまー、ちょっと出かけてくるから片付けお願いしていい?」


「あ、うん。了解」


「あ、翔悟も出かけるなら鍵かけてってー。ここ置いとくから」


「は、はい」


「行ってきまーす」


「い、行ってらっしゃい」


 なんだこの夫婦のやりとりは。こんな甘酸っぱいはずがない。いちごジャムを塗ったパンを食べながら、懐疑的になってしまう。

 俺の転生生活は、いつもならもっと苦しいものになるのに。コーヒーを飲みながら、そう思った。

 今回は偶然、幸せ生活なのか? 神様がたまたまご機嫌だったのか? 目玉焼きを食べながら、そう思った。

 コーンスープを飲みながら思う。俺の転生生活が、こーんなに素晴らしいなんて、まるで……




ーーまるで、嘘みたいだ。




ーーーーーーーー



 片付けをしているとインターホンが鳴った。

俺はこの家の人じゃないから出るべきか悩んだが、しつこく鳴らしてくるので玄関のドアを開けた。そこには男が2人立っていた。


「こちらはウナ・エイネさんのお宅に間違いありませんか」


「はい、彼女なら出かけましたが……」


「警察です。お話を伺ってもよろしいですか」



 ーーそう、嘘なのである。



「エイネさんがどちらに行かれたかわかりますか」


「知りません、ていうか、何なんですか? エイネが何をしたって言うんですか!?」


「エイネさんには麻薬の密輸の容疑がかかっています」


 ドキッとした。思い当たる節はある。思い当たる節しかない。あのカバン運送だろう。俺の時は、中身はきちんとチェックしたはずだ。もしかしたらエイネの時は違ったのか?

 可能性を考慮していなかったわけではないが、あのトラの語り口調に乗って、つい信用してしまった。

 トラの野郎、騙しやがったか。本当に嘘だらけじゃないか。


「エイネがそんなことするはずない!」


「お気持ちはわかります。ですが空港で押収されたカバンからエイネさんの指紋が検出されました」


「そんな!」



 そこで警察官の携帯電話が鳴る。失礼、と一言言い残し、庭のほうで通話を始めた。


 しばらくして戻ってきた警察官は険しい顔つきで問い詰めた。


「あなたにも容疑がかかっています。あなたはどちらにお住まいで?」


「いや、最近来たばかりで……」


「住民登録は?」


「してないです……」


「とにかく署までご同行願います、続きはそちらで」



 そして俺は、人生初のパトカーに乗せられたのであった。

 


ーーーーーーーーーー




 取調室。刑事ドラマでしか見たことがなかった。


「名前は?」


「海川翔悟です」


「翔悟さん、先程採取させてもらったあなたの指紋を照合した結果、押収されたカバンのうちの一つについていたものと一致しました。どういうことですか」


「それは……」


 どういうことですか、と言われても。俺が知りたいくらいだ。慎重に証言しなければいけない。


「実は昨日、そのカバンを空港のロッカーに運ぶよう頼まれて……。中身を確認したら本だったはずです」


「なるほど。そのカバンは二重底になってましてね。そこから麻薬が発見されました」


「そんな! 知らなかったんです! ただ頼まれただけで……」


「誰に?」


「トラっていう金髪のおっさんに」


「トラ?」


「カフェ〈タイガー〉を経営してる人です」


「それはいつ頃?」


「昨日の昼です」


「なるほど、貴重な証言ありがとうございます」


 取調官は近くの警官と何やらヒソヒソ話している。しばらくしてその警官は取調室から出て行った。


「今、捜査に向かわせました、続いてエイネさんですが」


「彼女も僕と同じだと思います」


「トラという男に命令された、と?」


「はい、おそらく一昨日に」


「彼女の居場所がわかりますか?」


「わかりません、今朝、出かけるとだけ行って、外出しました」


「あなたとエイネさんとの関係は?」


「友人です、彼女に助けていただきました」


「ほう。まあ、しばらく待ちましょう。じきにトラって男も、エイネさんも見つかります」


「はい……」


 待っている間に思考を巡らせる。

 トラは嘘をついていた。トラの言ってたことは全て嘘なのか? おそるおそる取調官に尋ねた。


「あの、この国では嘘が許されるって本当ですか?」


「まあ、本当ですね。我々は公平に嘘はつかないと誓っていますが、街中は嘘だらけですね」


「法律でも許されるんですよね?」


「そうですね、我々も困らされるんですよ……」


「嘘だってはっきり分かれば覆るんですよね」


「そうですね、我々でも嘘かそうでないかくらいはわかります、それを示す証拠さえあればね」


 そうだ。この世界の人々は嘘がわからないわけじゃない。嘘を許しているだけだ。下手な嘘はつけない。逆に、相手の下手な嘘なら返すことができる。






ーーーーーー


 30分くらいすると、ノックの後、警察官が一人入ってきて、取調官に耳打ちをし始めた。時折うなずいたり、聞き返したりしている。

 その後、取調官はこちらを向き直し、静かに口を開けた。


「残念ですが、海川さん。トラという男はこの事件とは無関係だと思われます」


「は!? そんなはずない!」


「トラは容疑を否認していて、昨日と一昨日には誰も来店していないと証言しています」


「そんなの嘘だ!」


「カフェ〈タイガー〉の近隣住民も、昼に店に入っていく人は見かけなかった、と証言しています」


「そんなはず……」


「その他にも、一昨日はずっとトラと一緒にいた、と証言している人もいます。エイネさんとの関係も薄いかと」


「違う! その証言者たちが嘘をついているんです!」


「その根拠は?」


「トラがお金で買収したに違いない!」


「それを証明できますか」


「それは……」


 クソッ。完全にやられた。結局、金があるやつは何をしてもいいというのか。やっぱりこんな世界は、おかしい。

 俺に金はない。手詰まりか。



「今なら間に合いますよ。ご自身の証言を変えられますか」


「俺の言い分は変わりません。俺はやってない!」


「そうですか、まあカツ丼でも食べてください」


 突然、カツ丼を勧められて拍子抜けしたが、イライラを収めるためにカツ丼にがっついた。味は全く感じられない。


 取調官は窓の方に立ちすくんで、ポケットに手を突っ込んだまま、外を見て黄昏れている。


「ほら、海川さん。田舎のお袋さんが泣いてますよ」


「……」


 ほら、と言われても。田舎ってどこだよ。そんな定番セリフに落ちるほどちょろくない。そもそも俺は悪くないし。

 いや、違う。


ーー騙される方が悪い。


 徐々に悟り始める。ここが俺の死に時か。もうだいたい察しがついてきた。どうせ死刑かなんかで死ぬ運命なんだろ?


 唯一の希望があるとすれば、エイネの証言だ。彼女は部外者だ。なにかのイレギュラーとして働いてくれれば、神の思惑を潰せるかもしれない。


 しかし、この状況はまずい。このままでは共倒れだ。エイネの指紋が検出されている以上、彼女も俺と同じ罪を背負いかねない。もしや神はここで2人とも死ぬというシナリオを書いているのか?


 彼女の話を聞く限り、彼女の今までの転生生活は俺みたいな悲惨なものではなかった。一つ一つの世界を楽しみ尽くしていた。

 今回は、俺がいたばかりにこんな運命に巻き込まれた。こんな運命は彼女には似合わない。あの笑顔に、こんな終わり方は似つかわしくない。

 エイネに、"転生の現実"は見せたくない。


 ーー刹那、一つの案が浮かんだ。

 神への反逆第2弾だ。

 俺自身がイレギュラーになってやろう。神のシナリオをぶっ壊してやる。


 そうだ、これは実験だ。

 俺の悪あがきがどこまで神に通用するかの実験だ。

ここで2人とも死ぬくらいなら、エイネだけでも生き残って欲しい。俺はどうなってもいい。あるいは、俺はエイネを守るために転生させられてきたのかもしれない。



ーー世界は体験するものじゃなくて、変えるものだ。

 転生者はそのために転生してくる。しかし、俺にはそんなことはできない。

 きっと彼女ならこの世界を変えられる。


 "嘘"を除けばこの世界は快適だ。





「刑事さん……実は……」


「お、なにか思い出しましたか」


「俺がエイネに運ぶよう指示したんです。俺の指紋はカバンを手渡す時についてしまったものです」


「ほんとうですか」


 嘘だ。だって嘘が許される世界だもの。

 これは人を陥れるものでも、他人を不幸にするものでもない。やさしい嘘だ。


「はい、ほんとうです。ですので彼女は悪くありません。私が脅しました」





 その時、ノックの後、1人の警官が部屋に入ってきた。また取調官に耳打ちしている。


 そして、取調官はこちらを向き直し、静かに口を開いた。


「エイネさんが見つかりました。エイネさんからもあなたと同じ証言があったそうです。あなたに指示され、運んだと」


「え、エイネがそう言っていたんですか!?」


 一瞬彼の言っている意味がわからなかった。


 予想外だった。俺がエイネに指示をした? 口裏など合わせていない。なのに、なぜ俺の嘘と同じ証言をした? 俺がついさっき嘘の自白をしてなかったら、エイネはどうするつもりだったんだ?

 エイネはどういう意図で俺を主犯にしようとしている……?

 トラに買収された? それもありえない。トラにメリットがない。




 違う、意図なんてない。ただの嘘だ。

 エイネの、自分を守るための、そして俺を陥れるための嘘だった。


 裏切られたような気分だ。というか、現に裏切られたのだ。こうもあっさりと、こうもきっぱりと。


 貴重な転生仲間で、気のおけない存在。そう思っていたのは俺だけか。


 何で君を守ろうとしてしまったのだろう。何で俺はここまでして裏切り者を守ろうとしているのだろう。

 もう引き返せない。



「11時41分 海川翔悟を麻薬密輸罪で逮捕する」


 警察官は手錠を取り出し、俺の手にかける。

 俺の望んだ結果のはずなのに、腑に落ちない。


「あの、もう一度だけエイネに会えませんか」


「だめだ、危害を加えかねん」


「電話越しでもいいんです!」


「……相手の了承が得られればいいだろう。ただし1分だけだ。何かおかしなことをしたらすぐ切るぞ」


「ありがとうございます」


 警官がエイネの電話番号を聞きに行った。

 彼女を責める資格は俺にはない。ただ、エイネがなにを考えているか知りたい。


 戻ってきた警官から携帯を受け取って、通話を開始した。









これだけじゃ終わらないのが異世研。

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