Another5 "嘘"の世界1
ちょっと早めのエイプリルフールを。
さて、意識を失うのにはもう慣れた。もう寝起き感覚だ。
目覚めた場所はベッドの上だった。目覚め方としてはチュートリアル以来の久々の当たりだ。誰かが拾ってくれたか、あるいはもともとここに転生していたのか。
とりあえず部屋を出ると、ちょうどそこには女の子がいた。間違いなく人間だ。ジャージ姿にメガネをかけている。髪は後ろで縛っていて、スポーツ少女を思わせる。
「お、目が覚めたみたいだね」
「あ、うん。ありがとう」
「びっくりしたよー。道端で倒れてるからさ」
「ここまで運んでくれたのか?」
「うん、でも大したことないよー。家の近くだったからさ」
「とにかくありがとう。俺は海川翔悟」
「私は、ウナ・エイネ。エイネって呼んで」
「よろしく、エイネ」
「よろしくー。んで、なんで倒れてたの? 持病?」
毎度ながら、この質問に対しては慎重にならなければならない。相手が異世界を信じるかどうか。かといって持病で乗り切るのは出来なそうだし。
「実は、俺は異世界から来たんだ、って言って信じるか?」
「何だ! 私と一緒じゃん!」
「エイネも転生者なのか!?」
「うん! よかったー。私この世界についてよくわかってなかったから仲間がいて心強いよー」
「俺もだよ。ここへは最近来たのか?」
「うん。3日前くらいかな」
「この世界はどんな感じだ?」
「んー、なんというか普通って感じ。怪物もいないし冒険要素があるわけじゃないしー」
「そっか。俺も少し見てこようかな」
「あ、じゃあ一緒に行こー。私もまだ行ってない所いっぱいあるし」
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家の外の景色は、日本とほとんど同じだった。道路に沿うように家が立ち並び、車も走っている。もしかしてここは地球なのではないか?
そう思って空を見上げると、明るいのに太陽がない。夜でもなければ曇っているわけでもない。まだ決めつけるには早いかもしれないが、どうやらここは地球ではなさそうだ。
「翔悟はどこから来たの?」
「もともとは地球で暮らしてた。そこから転々としてこの世界に至った」
「あー! チキュウね! 私も一回行ったことあるよー」
「おぉ、まじか。どの辺に住んでたの?」
「名前はわかんないけど島国だったかな?」
「もしかして日本か?」
「あー、そう! たぶん、それ」
「俺も日本に住んでたんだよ。もしかしたら道端ですれ違ってたかもな」
「あはは、どーだろーねー」
エイネとは自然に打ち解けた。マントの力がなければコミュ症のままの俺でも、彼女とは気兼ねなく話せる。それだけ彼女は喋りやすい不思議な魅力を持っている。
「エイネはどこから来たんだ?」
「えっとねー、魔法学園から来たの」
「てことは、魔法が使えるのか!?」
「いやいや、今は使えないよー」
「まあ、そうか……」
「あ、でもマジックなら得意だよ」
「そうか、時間があるときにまた見せてくれ」
「む、興味なさそうだな」
「ばれたか」
会話が途切れることなく続く。彼女はクラスにいたら人気者になるタイプだ。
「ねー、今までどんな所を旅してきたの?」
「そうだな、ゲームの世界とか、じゃんけんの世界とか、あと魔界とか、どれも大して面白い世界ではなかったな」
「あはは、やっぱり君はおもしろいねー」
面白い? どこに面白い要素があったのかわからなかったが、聞き流した。
「やっぱりさー、拠点の確保が重要だよねー」
「だな、さっきの家はエイネの家なのか?」
「うん。2日目に見つけたの。空き家みたいだったし格安で借りれたよー」
「俺も早く寝泊まりする所を見つけないとな」
「何ならうちに住んでもいいんだよ?」
「いや、さすがにまずいだろ」
「あはは、冗談だよ。あとで不動産屋に行こうかー」
「俺、金持ってないけど大丈夫か?」
「ふっふっふー、それに関しても大丈夫! 私、いいバイトを見つけたのです!」
「おぉ、どんなだ?」
「なんか、荷物を運ぶだけのお仕事! しかも報酬もなかなかだよ!」
「アブナイ仕事じゃないだろうな……」
「大丈夫だよ、依頼主さんも優しいしさ」
聞く限りただの運送業とは思えない。いわゆる運び屋というものだろう。あまりいいイメージはない。しかし背に腹はかえられないのも事実。
そもそもこの世界にアブナイ薬とかが存在するのかもまだわからない。
「ひとまず、その依頼主とやらに会わせてくれないか?」
「おっけー、ちょっと連絡してみるー」
徐にポケットから携帯電話を取り出して通話をし始めた。携帯までも地球のものとそっくりだ。ただ、そのロゴはリンゴではなく桃。
「あ、もしもーし。エイネでーす。仕事探してる子がいるんだけど会ってもらえない?」
「……」
電話越しの向こうの声はよく聞こえてこない。
「了解でーす。いつもの場所ですね? はい、はい、はーい。ん? あー、はい。大丈夫ですよー。はい、はい、はーい。ではでは〜」
「何て言ってた?」
「今ちょうどやってほしい仕事があるから、すぐ来てってさ。案内するよ」
「あ、ああ。どこへ行くんだ?」
「彼の経営するお店ー」
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案内されたのは路地裏のカフェ。店内はカウンター席だけ。カウンターには革ジャンを着た金髪の男が立っていた。見るからにおっかない。
「お、来たな、まあ座れって」
俺とエイネは金髪の向かい側に座った。
正面から見ると彼の凄みが増す。顔にはキズ、サングラスにタバコ、ピアスにジャラジャラとしたアクセサリー。絵に描いたような悪役の見た目をしている。とてもエイネの言う優しい人には見えない。
「にいちゃん、名前はなんて言うんや」
「う、海川翔悟です」
「ワイはトラって呼ばれとる。本名は訳あって言えへん、よろしゅうに」
「は、はあ」
握手を求められ、恐る恐る握り返すと、彼はニッと笑いながらガッチリ手を握ってきた。
コーヒーが一杯ずつ差し出された。ありがたくいただく。
「んで、仕事やけどな。このカバンを中央国際空港のロッカーまで運んでほしいんや」
差し出されたのはいかにも怪しいアタッシュケース。カウンターの上に置くと、ドスンという音とともにコーヒーが波打つ。かなり重量があるようだ。
「あ、あの……中身とかって……」
「ん? 別に大したもんやない。気になるんなら見てもええで」
「じゃあ……」
ケースを開けると中には大量の本。その中の一冊を手に取って、中をパラパラとめくってみたが普通の本だった。どうやら小説らしかった。
「すまんな、最近歳のせいか重いもんを遠くまで運べんもんで」
「誰かに本を送るんですか?」
「おう、知り合いにな、図書館の司書やっとるやつがおるんや。そいつに送る」
「車とかは……」
「事故が怖くて運転できへんねん、やで、車は持ってへん」
「運送業者とかは……」
「やつらは信用できん、一度頼んだ時、本を盗まれたんや」
「そんな、訴えたら勝てますよ!」
「無駄や……あぁ確か、にいちゃん新参者やったもんな。ええか、にいちゃん、よく聞け」
金髪店主はサングラスを取った。なかなかつぶらな瞳をしている。
「この国はな、嘘が許されるんや。虚偽証言も虚偽答弁も法的に許されるんや」
「そんなばかな……」
「それがホンマなんや。やで、訴えても勝てる確率はかなり低い。金落として証言者をつけたもん勝ちなんや」
「そんなのおかしくないですか?」
「誰もおかしいと思ってないんや。子供の時から、嘘はついても良いって教えられるしな」
「何で国はそれを許したんですか?」
「元は政府が汚職を隠すために、嘘を許すようになったのが始まりやからな……」
この世界の核がわかった。地球に限りなく似ている世界だが、明らかに違うのは"嘘"が許されることらしい。
「そのせいで街中は嘘に溢れとる。どの店も信用できん。信用できるんは、にいちゃん達みたいな切羽詰まっとる人だけなんや」
「うーん……」
「報酬は、週一でやってくれればこれくらい出せる」
電卓を差し出してきた。この世界の通貨はよくわからないから、エイネに小声で尋ねた。
「これってどんくらいなんだ?」
「生活費プラス家賃を払っていけるくらいに破格だよー」
「ワイが嘘をついとる可能性だって十分ある。信じるか信じないかは、にいちゃん次第や。でもワイにはにいちゃんみたいな人しか頼れんねん。お願いできるか?」
「そ、それじゃあ」
「おお! 引き受けてくれるか! 頼んだで!」
勢いに圧倒されて引き受けてしまったが、怪しさは満載だ。まあ、エイネもこの仕事をやったと言うからには、契約破棄の可能性はなさそうだが。
「報酬前払いや。はいよ」
少し厚めの封筒を手渡された。これでもう後戻りはできない。
「エイネ、にいちゃんに付いてってくれ」
「承知ー、それじゃ行こっか」
「コーヒー代はタダや。気をつけてな」
「はい、ごちそうさまでした」
こうして運び屋、ではなく運送業者の業務が始まった。