声
亀ヶ崎によって、二人は無事フェリーから降りた。
幸来という名に、驚くミドリはハンドルを切った・・・・
教授と呼ばれていた幸来の父、いくら薄学の金木でさえ
馬蔵兵寿の名は知っていた。
家出娘の幸来の父が、馬蔵だとは・・・。
亀ヶ崎は入り口には向かわなかった。
関係者以外・・・・・そう書かれたグレーの扉。
「此処からじゃないと、会えないの」
「何でお前が、此処まで詳しいんだ」
「夕飯のおかずお裾分けに行って、私が見つけたからなの」
「付き添いだったわけか、幸来」
俺は扉を開いた。
中々入ろうとしない幸来。
屈強そうなガードマンが顔を覗かせた。
「身分を証明できるもの」
それでなくても、人見知りをする幸来だ。
冷めた言い方に、後退りする。
「教授の娘に、そんな言い方でいいのか」
「い、一応規則ですから・・」
「これで・・」
「確かに、馬蔵ですね・・どうぞ」
こちらの・・・と言いたげな視線を幸来が言い払う。
「婚約者とその友達です」
まるっきり隔離じゃねえか、それだけ重要
な人物ってことか。
「入ったら、すぐにロックしてください」
「はい」
「出る時はこのボタンを」
「ミドリさんか・・・」
「居るけど・・・私よ」
「・・・・・・・」
沈黙を破ったミドリ。
「あんなに会いたがってたじゃない」
「幸来の方だな」
「はい」
「来なさい」
カーテンの外で、待つ時間・・・空気が張り詰める。
「本当に、あれなのか」
「間違いないと思う」
「私が倒れて良かったというべきか」
「そんなに大変なものなの?」
「すぐに、それを持って行きなさい」
「どこへ・・」
「わしが連絡しておく、研究所は覚えてるな」
「え、はい」
「彼とやら、来なさい」
「ほら」
「失礼します」
「よく持ち出せたね、誰かが犠牲になったんじゃないか」
「バイト先の上司が、無事かどうかもわかりません」
「やはりな、幸来を頼みたい」
俺は小さな走り書きの入ったメモを受け取った。
「それで全て揃う」
「わかりました」
「行きなさい」
「言い忘れました、金木 凪です」
「凪くんか、次に会うまで無事にな」
「はい」
「ここは私が、車は研究所でいいから」
幸来は最後に手を握った。
白髪の老人の目から、涙が流れ落ちた。
「お願いします」
「後で連絡して・・・これ」
幸来がボタンを押した。
「私が運転するから、隠れてて」
俺は言われる通りにした、土地勘がゼロだ。
こうするのが一番の選択肢に思えた。
何処をどう走っているかさえ分からないまま、
車は二十分ほど走り続けた。
ゲートの開く音がする。
「着いたのか」
「まだそのままで」
何かが風を切る音が近付いた。
「行こう」
「これで・・・か」
バッグを抱え乗り込んだ。
「ここに全部そろえておいた、間違いないかい」
「はい、凪は?」
「確かに俺の名前」
「向こうに着いたら、この人物が待ってる」
英語ダメ。
「わかりました」
自家用ジェットなんて、映画でしか見たことなかったが
今それに自分が乗っている。
ジェスチャーで合図を受けた機体が、徐々にスピードを上げる。
「ベルトを締めて」
女だ、若い。
機体が安定し始めた時、確かに女は言葉の中に
凪の名を入れた。
「ミドリガメの次に私に会うなんて、この先の天候
大丈夫かしら、ねえ凪」
俺がその声を聞き違えるはずはなかった。
「ふうー・・・・」
うつ伏せになり煙草を吹かす。
「いいの?」
「あのじじいのことだ、もう他の金のなる木見つけてるだろ」
ダウンライトに照らされた部屋、窓の下では光の森の中を
ホタルのようにヘッドライトが行き交っていた。
ジャズバーで、ピアノに向かっていた女。
その女が、男の腕に添えていた手で、ピアノを弾く仕草を見せる。
「久しぶりに行くか、NY」
「ブルーノートかぁ、まだ在るのかしら」
「なければ他でも、お前のピアノならいける」
男はそう言って、ダウンライトのリモコンボタンで
消灯を押した。
次話で声の主が・・・・
幸来の秘めた力にも注目していてください。
またお会いしましょう。
不器用な黒子