スピード狂の亀
違う男に抱かれた・・・男を逃がすためなら・・
父の顔が頭を過った。
顔がまだ知られていなかったのが幸いした。
ステップに足をかけ覗かれたときは、生きた心地がしなかった。
男のとっさの一言が、フェリーへの搭乗を助ける形となったのだ。
黒服たちが運転席の男に言った。
「何積んでる?」
「牧草だね、テスト休みの娘と北海道旅行ですわ」
「悪かった、これ土産代にでもしろ」
足元に落ちた二枚の札。
「こりゃどうも」
駐車スペースでエンジン音が止まった。
「訳有りみてえだな」
「ありがとう・・」
「ところで・・・・」
「荷台にスペース・・」
「あ、あるある、そうだな」
側面のスライドドアが、ほんの少し開かれたまま。
「ほんとにいいのか」
「好きなだけ・・・」
狭い荷台の空いたスペース、空いていたのではない。
男が急いで空けたのだった。
直ぐにそこは、女の匂いで満ちていった。
ざらついた指先が、きめの細かい若肌を這い回る。
時折ビクンと女の体が跳ねた。
荒々しい息の男は、その若肌に夢中だった。
一度果てた男に、女は服を着かけたが、引き倒された。
「こんなことそうあるもんじゃねえ、もう一回」
女は静かに目を閉じた。
出航の霧笛が辺りに響いた。
父は許してくれるだろうか、必死に体を求める男の下で
女は考えるのだった。
「これ、何かの足しに、な」
先程の二枚の一枚。
男の顔は、懐の痛んでいないことを、浮かべた笑顔。
財布の隅に、小さく畳んだまま入れた。
服に付いた藁を綺麗にはたいてから、車内に戻った。
「海の上だ、奴ら乗って来たか」
男は起きていた。
「解らない、たぶん大丈夫」
「腹減ったろ、何か食おうぜ」
運転手に言われた通り、ドアをロックした。
バッグが邪魔だった。
「預けるか、これ目立つもんな」
「部屋でいいよ、行こう」
「具合でも悪いのか」
「ううん、早くシャワー浴びたい」
男は娯楽ルームで、湯上りのビールを片手に
ゲーム機と向き合っていた。
運転手が現れた。
小さく頭を下げる。
あの情事を知らない証拠。
途端に運転手に笑顔が覗いた。
「これから二人は何処に向かうんだ、俺は日高だ」
「同じです」
「ならもう少し一緒だな」
「すんません」
「いいって、もう浴びてきたのか、ちょっくら行ってくるか」
あまり長話は気まずいとばかりに、行ってしまった。
知る由もない男は、ビールを仰ぐ。
「植木君…じゃない?」
懐かしい父方の旧姓で呼ぶ声。
辺りには、他にも乗客の姿があった、自分じゃないかも知れない。
男はゲームを続けた。
「やっぱ植木君だ、変わってないね」
足元に、ハイカットのスニーカー。
見上げた。
「覚えてる?」
「鶴ヶ崎だっけ」
「亀ヶ崎、その呼び名三年間付いてきたんだから」
「誰?」
「中学の時のクラスメート、鶴ヶ崎」
「ん~、亀ヶ崎です植木君の彼女?」
「ぅ、植木?」
「お袋の性に変わったんだ、今は金木」
「そっか、二人はどこへ」
「日高」
「なら良ければ、乗ってかない?旦那の牧場帰るとこだから」
男より先に女が頷いた。
「彼女はオッケーみたいよ」
「そうだな」
「一人暇だったの、植木じゃない金木君となら安心」
「安心?」
「あら、彼女に言ってないの?」
「まだ付き合ったばかりなんだ」
「空手、強かったんだからモテたしね」
「空手・・・」
「昔のことだ、メシは?」
「これからよ」
「いいよな」
こくりと頷いた。
「彼女、名前は」
「幸来、幸せが来るって書いて、幸来」
「いいなあ、私なんて亀ヶ崎 みどりよ」
「ミドリガメ?」
「そうでしょ、初めて聞いた人がそうなんだから、小さい頃からのあだ名」
俺は初めて幸来が笑ったのを見た。
「お腹空いた・・ね」
「腹一杯食えって言っても、レトルトだろうけど」
「降りたらおいしいとこ連れてくから、少しにしといてね」
「聞こえなかったら、腹一杯にしてたぞ」
「その方が彼女食費助かるじゃない」
「金ならある」
「ごちになります」
この偶然が、二人を救うことになる。
運転手には歩いて行くと言って別れた。
その目が名残惜しそうに、幸来の体を見ていた。
トラックより先に出れたのも幸いだった。
既に連絡を受けていた、黒服たちの関連会社の連中が
トラックに乗った幸来を怪しんでいたのだ。
トラックに気を取られていた奴らの横を
難なく通り過ぎる。
「出来れば、静かでうまい店がいい」
「任せなさい」
静かな店に行くのは間違いないだろう、一番うるさいのは
このミドリガメだろうな、そう思うと俺は口元を緩めていた。
「今笑った」
「そうか」
「そんな顔して笑うんだね」
男の笑顔が自分のことのように嬉しかった。
「さら、さらって何処かで聞いてるんだ・・・幸来?」
急停車した車内、勢いよく振り返る。
「あんた、幸来ちゃんって、教授のお父さん居たりする?」
「します」
それを聞いた途端、車がUターンし始める。
「さらの親父がどうしたんだ?」
「ご飯は後回し、倒れたのよ一週間前」
「た・・おれた・・父さんが・・」
メーターの針が上がっていく。
「おいおい」
ミドリガメの運転する車は、かなりのスピードで
市街地に向かっていた。
「亀だって車に乗れば早いのよ・・」
そうつぶやいた言葉が、二人の耳に暫く残った。
同じ事件に不思議に絡んでいく姉妹・・・・
そんな話です。
またお会いしましょう・・・・不器用な黒子




