幸せが毬藻に編
ある物を探し、黒服の男たちが動く。
一番の犠牲となった男が、倉庫で血まみれで倒れていた。
動いた指先・・・・・
男は毬藻と出会う、その頃一組のカップルが、フェリーに乗った。
「そっちはどうだ」
「まだ見つからない」
俺は無線機を握りしめながら、ギリギリと歯を鳴らした。
空港、船、バス、電車、未だどこからも連絡は無い。
「女か・・・」
「すぐに、アイツの女関係調べろ」
無線機は勢いよく保管倉庫の頑強な扉にぶつかって砕け散った。
ショーとしたスピーカーから、ガガッ、と一瞬の音がしたきり
不燃ゴミに姿を変えた。
黒服の男が、背後で耳打ちした。
「すぐ行く」
「おい、品川プリンスだ」
言葉なく頷いた男は、ギヤをDに入れた。
レクサスは砂煙と共に夜の工業地帯に消えた。
その出血量から、すでに息絶えたかに見えた男の指先が
ピクリと動いた。
誰も気付いていない。
バタンッバタン、続けて閉まるドアの音。
走り去る車のエンジン音が遠ざかった。
次の日、倉庫に残されていたのは、夥しい血痕の残る
変わり果てた高級ブランドスーツの上着だけだった。
突然開かれたドアの呼び鈴が鳴る。
無精ひげの男が、飲みかけたマグカップをデスクに置いた。
「まだ準備中だ、表のプレート見ないのか」
返事がない。
「おいおいそんなとこで・・・おい、おい・・」
何処か遠くで、呼ぶ声が次第に遠くなって行った。
「目え覚めたかい、久しぶりの再会にしちゃ、冴えねえな」
「生きてる・・・のか。うっ・・」
「まったくゴキブリ並の生命力だ」
薄手のゴム手袋を外しながら、皮肉っぽく笑う。
独特の消毒液のにおいが漂っている室内には
綺麗に整理され並んだ薬品の入ったケース棚。
使ったばかりの鮮血に染まったメスが無造作に置かれた
ステンレス製のトレイに、外したゴム手袋がパサリと落ちた。
「あれだけ出世コースに乗っていたお前が、こんな町医者に
来るなんざ、まあ訳は聞かねえでおく」
「ついでに治療代もツケておいてくれ」
「お~い、これ消毒とコイツ部屋に運んでくれ」
「娘か?」
「馬鹿言うな、あれから一度も連絡来ねえよ」
病室、とは言い難い狭い部屋の隅にあったベッドに
肩を借りながら寝かされる。
「な、な、何かあったら呼んでください・・」
「名前は」
「毬藻・・・姉は幸来なのに、変ですよね」
「北海道か・・」
「父が学者なんで、こんな変な名前付けられて」
「いや、いい名だと思う・・幸せが毬藻に来るようにか」
「は、はじめて言われました、そういう考えしたことなかった」
「一度聞いたら忘れない」
「今体拭きますね、汚れてたから」
「行ってみたいな北海道・・・」
「元気になったら、ご案内しましょうか」
懸命に体を拭く毬藻という名の女、歳は
まだ大学生ほどに見えた。
香水の微かな匂いも、肌艶も若々しい。
「ちょっと俺の腕を君の首に掛けてくれ」
「こ、こうですか」
キスをした。
何度も瞬きを繰り返すだけの毬藻。
「今できる優いつの御礼だ」
「ま、また来ます」
静かに目を閉じた。
丁度その頃、一台の運送会社のトラックの助手席に
スポーツバックを抱え、深々とキャップを被る男の脇で
背筋を伸ばし座るカップルの姿があった。
「若いってのはいいねえ」
「すいません」
「いいっていいって、一人長旅に飽きてたとこだ。このままフェリーだけど
構わないかい?トイレなら止まるよ」
二人が無言で首を振った。
「ちょっと、彼休ませてあげても・・」
「ああ、汚ねえけど寝台で休みな」
「これ、二人分の代金です」
男は、無造作にそれを腹巻に突っ込んだ。
毛布の中で震える男は暫くして、寝息を立て始めた。
女の背中に、ジワリと汗が滲んでいた。
「やっぱ若い姉ちゃんの匂いは、活力になる・・下品だったな今のは」
「いえ、お礼はします」
運転手はギクリッとしながら後ろを気にした。
「二日も寝てなかったから、大丈夫です」
「いいのかい」
「フェリーに乗れたら」
男はゴクリと生唾を飲んだ。
アクセルを踏む足に力が入る。
ライトに照らされた表示看板に、埠頭入り口
二キロ先の文字が浮かんだ。
女はTシャツの下から手を入れ、下着を外し始めた。
つい五日前に知り合ったばかりの男に、此処までしている
自分を不思議に思いながら。
「お前らはあれが幾らの価値があるか分かっているのか」
「すいません・・・」
「構わんから出ろ」
「ちょっと失礼します」
「馬鹿野郎、たった一人のガキに何やってやがる」
ロビーの目が、張り上げた声に集中した。
「女のヤサはそのまま付かせろ、海外に飛ばれたら終わりだ」
会話を終えたまま、スマホは真っ二つに折れた。
床に落ちたそれを、素早く黒服が片付ける。
「金はいくら使っても構わん、置いて行く」
付き人らしき男が、アルミケースをテーブルに置き
去って行った。
「お前ら、中から一つずつ取っておけ今日はいい」
「送ります」
「いや、飲みたい気分だそれはアイツに届けとけ」
「じゃあ、せめてこれだけ」
折り畳み傘を受け取った男が大きくため息を吐き
ロビーを後にした。
一段高くなったステージに置かれたピアノに向かい
淡いグリーンのドレスに身を包んだ女が、アンティ-ク
なチェアーに腰を下ろし、滑らかな指さばきを見せている。
ダウンライトの明かりが、つややかなロングヘアーの合間から
時折見える透き通るように蒼白な顔を照らしていた。
カウンターの中では、サックスをピアノに合わせる男。
先程のロビーの男が、ロックグラスを軽く揺すり回す。
ロックアイスが、カランっとリズムに合った。
「お一人なんて、珍しい」
「一人でピアノを聞きたくなる時もあるさ」
「誰のピアノでもいいってこと?」
「言わせるな」
女は同じものを、サックスを片付けていた男に言った。
「相変わらず暇な店だ」
「量より質、誰かからの請け合い」
初めて男が微かに笑った。
「あなたが笑うと、血の香りがするわ」
女の差し出したグラスに、男がグラスを当てた。
こんな感じで始めてみました。
二人の兄弟がどう繋がっていくのか・・・・・
またお会いしましょう
不器用な黒子