お弁当を食べたよっ♪
着替えたよ、ああ、着替えたさ。朝から忙しかったよ、まったく。
ボクは今、大学の中心にある広場で、お昼ご飯を食べている。あの、みんな大好きオムライス風お弁当だ。こうなったらとことん味わって、幸せの気分を取り戻すしかない。お手製クッキーも持ってきたし、食べて幸せになろう。ちなみに、クッキーは三人とも、きちんとラッピングしたものをオプションで付けてある。だって、記念すべき初めての三人の朝だよ? リボンだってしてあるんだよ? それなのに、あんまりじゃない?
しかも、隣にいるのはあのにっくき男、大地である。コンビニの焼肉弁当を片手に、ペラペラ話しかけてくる。前の講義が一緒だったこともあり、流れで一緒にお食事だ。今日はできれば控えたかったよ。昨日のこともあるし。天使でしょ。女装でしょ。桜さんでしょ。ブスでしょ。……はぁ。
「おいおい、どうしたんだよ、花山。元気ねぇなぁ」
元気いっぱいの大地が笑いかけてくる。
ボクは「ハハハ……」としか答えられない。そりゃあんたは元気でしょーよ。デートしてたし。何、あの後お持ち帰りですか? ボクは朝、押し倒されましたよ? 何、この差。でもさ、本当、上手い切り替えしができないほどに、昨日からのボクの生きる道はそれている。というか、説明のしようがない。したくないし。
ところで、花山ってのは、ボクのあだ名のことだ。元ネタは言わなくてもいいでしょ? 知りたい? そうだねぇ。ボクとは正反対、ヤの付く職業で、筋肉隆々かつ漢気あふれる御仁だよ。似てないよね。本当に似てないよね。名前だけだよね。才能だって、一方は女装。一方は喧嘩。どうしよう。なんか、このあだ名って、失礼なんじゃないの? 大丈夫なの?
けれども大地には関係ない。しゃべくりちゃんだ。いつにも増して、絶口調である。
「どうしたの? なんか、機嫌いいね」
「よくぞ聞いてくれましたね。花山サン!」
「ええ、ええ。聞いてあげますよ、範馬さん」
大地の本当の苗字は違うけどね。ノリだよ、ノリ。ノッて欲しそうだったし、付き合ってあげましょう。
「トーナメントで優勝でもしたの?」
「地下闘技場のことではないッ。ふっふっふ。実はな。昨日、ファミレスで……、美女とフラグを立ててしまったのだ!」
「ナ、ナンダッテー」
「そうだろう、そうだろう。俺もびっくりだ」
「あー、ごめん。とりあえずノッてみたけど、知ってる。桜さんだろ?」
「えっ? なんで知ってんの?」
「歩いているところを見たよ」
「なーんだ。知っているのなら話は早い。しかししかーし。実は、美女とは桜さんのことではないのですよ、花山サン!」
「うん? よくわからない。桜さんじゃないなら誰なのさ」
「わからない……。知らない人っす」
「何それ? 出会い系?」
「いかがわしいサイトじゃねーよ。きちんとした、出会いだ」
「どんな出会いさ」
「正面衝突」
「そう。よかったね」
いっつも思うんだけど、どうしてコイツはモテるんだろう。理解ができない。そりゃぁ、イケメンっていえば、イケメンかもしれないよ。でも、中身は残念だし、自分の話ばかりだし。付き合う人にとってどこがいいのかわからない。いやね、ボクは女の人と付き合ったことなんてないけどさ。でも、ボクが女の人だったら絶対に近づきたくない。軽すぎるし、何かしらのフォローができるような大きさってのもないし。お試し感覚なのかな? まぁ、どうであろうと、ボクには関係ないけど。ボクだって、単に同じ高校だっていうツナガリだし、桜さんのことももう冷めたし。
だってさ。あんなこと言われたら百年の恋も終わっちゃうよね。そんな大層な恋でもなかったけど。高校から出て、大学生にもなったし、気分を変えてみようって、そんな気持ちが最初にあったことは確かだし。勇気を出して告白してみての失恋はツラかったけど、サイテンのおかげでなんかどうでもいいやって気分になれたし。ブスって言われたってのも大きいね。なに、あの性格の悪さ。やだねー。あんなに露骨にされると、同じサークルってのもイヤになっちゃうよ。どうせ、大地狙いでしょ? はいはい。この超能力さんとよろしくやってりゃあいいんじゃない。地雷同士、仲良くすればー?
「ど、どうしたんだよ。なんか怖ぇよ」
「べつにー? なんでもないよ?」
「そうなのか? まあいいや。それよりさっきの話だよ。桜さんとファミレスに行ったんだ。そこで、トイレに行こうと歩いてたら、トンッて、衝突したんだよ」
「テーブルと?」
「女の人だよ。さっき話してた美人。めちゃくちゃ可愛くてさ、上目遣いで、控えめに「ごめんなさい……」とか言って、もう嬉しいやら興奮やらで鼻血もんだったよ」
「そ。よかったねー」
なんか、どっかで聞いたことがあるような……?
最近、いろいろありすぎて何がなんだかよくわかってないんだよねー。
でもさ、大地。あんた、桜さんと一緒にいたんなら、桜さんのことしっかり見てあげなよ。出会いとか浮かれてて、バカみたい。ちゃんと、桜さんとデートしてるんだからさ。さすがにそれは可哀想だと思うよ。他の女のこと見てないでさぁ。
「そうなんだよ。よかったんだよ。コイツは、とっておきを使うしかあるめぇ」
「なに、そのとっておきっての?」
「超能力だ」
三枚目すぎる……。
「どういうことさ?」
「これ、誰にも言うなよ?」
「言わないよ。どうせ、ろくでもないことだろ?」
「ろくでもないとはなんだ。必死こいて、考えたんだから。たとえばさ、ホラ」
突然、膝元にちょこんと置いていたラッピングクッキーが、コロリと落ちた。あっ、今日はレーズンなのに! 楽しみにしていたのに! 驚いていると、さっと、落ちる前に大地が手をかざして優しくキャッチしてくれた。「どうぞ」とクッキーを丁寧に笑顔で返してくれるイケメン。ふ、不覚にもカッコイイかも……、なんて思っちまったじゃねーですか。頼りがいがあるように見えるじゃねーですか。大地のくせに。
「と、こんな感じだ」
「ん? なんのこと?」
「だからな。俺が超能力でちょっとした事故を作る。手にしていた資料が落ちるとか、鍵を落としたとか、とにかくなんでもいいんだ。んで、俺がそれを格好良く解決する。当然、俺が自分で起こした事故なんだから、解決なんて簡単だ。パパッと資料を拾ったり、鍵を拾ったり、余裕をもって対応したり、簡単だろ。わかってるんだから。そうなると、この人カッコイイー。なんて頼りがいのある人なんだろう、って思うわけだ。どうだ、すげぇだろ?」
誰にも言うなよ。なんて付け加えたりしてくる。
ゲスい。なんてゲスいんだ。小者すぎるぞ、大地よ。……えっ? ってか、さっきのって、自作自演? なにそれ。それはないでしょ。最低じゃん。どーしよーもねー。え、ってことは、桜さんにも? 他の女の人にも? そんなことずっとしてきたの? 超能力使って? は? ってか、おい、詐欺にも程があるだろ。ったく、よくこんなことに頭が回るね。ある意味すごいよ。
「あー。すごい、すごい。あれ? でもスプーンを浮かすことしかできなかったんじゃないの?」
「ふっふっふ。それはテレビ向け。奥の手は見せるもんじゃないんだよ。隠しておくもんなんだよ。だいたい、スプーンを浮かせることができるなら、他のこともできるだろーが」
「それもそうだね」
コイツはダメだ。想像以上に。
「で、それを、やろうと思うわけだ。なんにしようか。今回は極上な大物だからな。これは必殺、痴漢電車でもするか。どう思う? 超能力でお尻を触って、さらっと助ける戦法。触っている感触を味わえると同時に、『大丈夫ですか』と、さりげなくかばったフリをして、背後に立つって最終兵器よ。桜さんはこれで落とした」
ドン引きだ。最悪だ。クズだ。
すでに犯罪に手を出してやがる。
これはナイフで刺されても文句言えないわ。
「へ、へぇ……。でもさ、電車で会うとは限らないよね……?」
「だよなー。だから、いろんな手口を考えてるんだ。他にもあるんだぜ、最終兵器」
「そ、そう……」
手口いうな。
しっかし、どういう思考回路してんだろ、こういう男って。
どうか、その女の人に、危害が加えられませんように……。