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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第一章 屋台 ―― 客単価から、数え直す

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第5話 売れない理由

十一月も半ばを過ぎた。あの初めての屋台からひと月あまり。コンコースの屋台は四軒から六軒に増えていた。


「鍬形んとこが儲けたらしい」という噂が、死にかけの通りを静かに駆け巡ったのだ。


だが要実の目は浮かれてはいなかった。


――先週、しくじったばかりだった。



屋台が回り始めた勢いに乗って、要は店主たちにこう勧めていた。


「せっかく人が財布を開け始めた。もう一段、いいものを出しましょう。単価を、上げられる」


売れる場ができたなら、質を上げれば客はもっと落とす。そう踏んだ。


総菜屋は彩りのいい弁当を組んだ。魚屋は自慢の刺身の盛り合わせを並べた。


――ひとつも、売れなかった。



この数日で急に冷え込んだ。海風は刺すようになり、暖房の弱い体育館はコンコースまで底冷えする。


柱の陰で、要は手帳を片手にじっと屋台を見ていた。


売れている店と、売れていない店が、はっきり分かれている。


鍬形の焼き鳥は今日も飛ぶように売れた。湯気の立つ焼き鳥を求めて客が並ぶ。だが要の勧めで用意させた弁当と刺身は、ほとんど動かない。


総菜屋のおばちゃんが、しょんぼりと要のそばに来た。


「要さん。あんたの言うとおり、いい食材にしたんだけどねえ。……さっぱりだよ」


要は答えられなかった。自分の読みが外れた。その事実だけが、冷えた床に転がっていた。



(同じ客だ。同じ、冷えて腹を空かせた客が、目の前を通ってる)


なのに片方は売れて、片方は売れない。なら差は味でも値段でもない。


要は通路を歩く客を一人だけ目で追った。


その客は焼き鳥を買い、白い息を吐きながら、片手で串を持ってコートへ消えていった。次の客もそうだった。湯気の立つ何かを片手に、かじりながら席へ向かう。


――刺身を片手で食う客は、いない。冷えた弁当を、寒い客席で広げる客も、いない。


要の中で点が線になった。



この会場で客がものを買うのは、試合を観る、その合間だ。席を立って、通路に出て、また戻る。そのわずかな時間。


客が欲しいのは「いい食材の弁当」じゃない。冷えた体を温める、片手で持てて、席で観ながら食える――そういうものだ。


刺身は醤油がいる。座って食う必要がある。彩り弁当は箸がいるし、膝の上で広げなきゃならない。


どんなに手をかけても、"寒い席で、観ながら食えない"ものは、この会場では売れない。


俺はそこを外したのだ。



「おばちゃん」


要は口を開いた。


「その弁当、やめましょう。俺の勧めが間違ってた。代わりに……唐揚げと、フライドポテト、作れませんか」


「唐揚げ?」


「総菜屋さんの唐揚げなら、冷めても旨い。むしろ、冷めても旨いのが強みだ。熱々を紙カップに山盛りで。ポテトも一緒に。片手で、つまめるように」


おばちゃんがきょとんとした。それから、はっとした顔になった。


「……ああ! そうか、うちの唐揚げなら……!」



魚屋の大将にも要は声をかけた。


「大将。刺身はしまいましょう。あれも、俺が余計なことを言った。その代わり――練り物は、作れませんか。揚げかまぼこ、チーズちくわ、いか天。あぶって、熱々を、串で」


「刺身が、いちばん儲かるんだぞ」


「この寒さで、冷たい刺身は売れません。大将のネタで、熱いのを。魚屋にしか出せない味です」


大将が鼻を鳴らした。だがその手はもう、ネタケースの奥へ伸びていた。


和菓子屋にも要は言った。


「たい焼きは、そのまま。もう一つ、焼きいもを。……この寒さなら、いくらでも売れます」



次のハーフタイム。席を立った客の流れが変わった。


紙カップに山盛りの熱々の唐揚げとポテト。あぶりたての練り物の串。ほくほくの焼きいも。


どれも片手で持てる。湯気が立っている。冷えた席に持って帰って、手を温めながら試合を観て、食える。


総菜屋のおばちゃんの唐揚げが、飛ぶように売れていく。


「……売れてる。要さん、売れてるよ!」


おばちゃんの声が裏返っていた。


要は柱の陰で手帳に数字を書き足した。一人あたりの客単価。


去年まで、数百円がやっとだった。それが今日は――倍を超えていた。


客の数は一人も増えていないのに。



試合は今日も負けた。スコアボードの二十点差は変わらない。


だがコンコースの空気だけは――湯気と匂いで、あたたかかった。


「要さんよ」


片づけをしながら鍬形がぼそりと言った。


「あんた、飯のことなんか何も知らねえだろ。焼き方も、味付けも」


「はい。何も」


「なのに、なんで売れるもんが分かる」


要は少し考えてから答えた。


「……いっぺん、外したからです」


「あ?」


「先週、いい食材で単価を上げようとして、しくじった。弁当も刺身もさっぱりで。……その売れないのを見てたら。売れるものが、やっと分かったんです」


鍬形はしばらく要の横顔を見ていた。それから、ふんと鼻を鳴らして、また手を動かし始めた。


その口元がほんの少し笑っていたことに、要は気づかなかった。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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