第49話 開幕
九月の下旬。開幕戦だった。
一年前、要実が初めてこの体育館に座った日から、ちょうど一年が経っていた。
あの日、五千席はすべて空いていた。
今日は。
要は最前列から、客席を見た。埋まってはいない。だが、去年の開幕より、明らかに多い。二千人を超えていた。
コンコースからは、焼き鳥の匂いが流れてくる。鍬形の屋台に、開場前から列ができていた。
去年は無かった店も増えている。焼きいも、練り物、たこ焼き。壁には商店街の札がまた数枚増えていた。
開幕の日は町の祭りに少し似ていた。
試合が始まった。
相手は中位のクラブだった。去年、二十点差で二回負けた相手だ。
最初の相手ボール。エースがドライブで、ゴール下に切り込んだ。
去年なら、そこは、がら空きだった。ベイカーが戻らず、東が一人で埋めていた場所だ。
今日は。
そこに、ダリオ・サントスが立っていた。
大きい。そして、動かない。
エースがその壁にぶつかった。シュートが詰まる。角度を変えて、無理に放った。
外れた。
サントスは跳んでいなかった。ただ、そこにいただけだ。
要は東を見た。
東は自分のマークについていた。ゴール下へ戻っていない。
戻る必要がなかったからだ。そこにはサントスがいる。
一年間、東はあの場所を一人で埋め続けた。四十分、二人ぶん走って。
今日は、一人ぶんだけ、走っている。
東の上体が起きていなかった。まだ、疲れていない走り方だった。
潮見は点を取る試合をしなかった。
サントスはほとんど点を取らない。スクリーンをかけ、リバウンドを拾い、ゴール下に立つ。それだけだ。
だが、相手が、点を取れなかった。
ドライブはサントスで詰まる。外は東が消す。二人がゴール下と外を同時に締めている。
第一クォーターが終わって、相手の得点は、九点だった。
去年、この相手には、前半だけで二十点差をつけられていた。
第二クォーターだった。
相手がまたゴール下を狙った。だが、そこにサントスがいると分かると、外へパスを散らす。
その、外へ逃げたパスを、東が読んでいた。
東の手が伸びる。ボールがこぼれた。
黒木が拾って、走った。誰もいないゴールへ。今季初めての速攻だった。
客席がわいた。
そのこぼれ球を東が取れたのは、自分のマークから離れずに済んでいたからだ。去年の東なら、ゴール下を埋めに走っていて、そこにはいなかった。
味方の若手が床に転んだ。
サントスが無言で手を差し出した。引き起こして、またゴール下に戻る。
名前を呼ばれる選手では、ない。歓声も上がらない。
だが、コートの選手が、サントスのいるゴール下を信じ始めていた。
安心して、外へ守りに出られる。
ベンチで、郷田学が、立っていた。
腕を組んでいない。手を叩き、声を出し、守備の位置を指している。
要はその姿を初めて見た気がした。
一年間、郷田はベンチで腕を組んで、上がりかけた右手を下ろしていた。
今日は、下ろす手が、無い。
コートにいるのは、全部、郷田が「使いたい」駒だった。サントスは郷田が選んだ。東は郷田が認めた。
ベンチの端に、一ノ瀬樹が座っていた。
夏に合流した、育成の十八歳だ。まだ、一分も出ていない。
その一ノ瀬が、サントスの守備を、身を乗り出して見ていた。
点を取る選手ではない。地味な、守る大男だ。
四十点取って負けた男が、点を取らない男の守備に、目を奪われていた。
点差はじわじわと開いた。
派手ではない。誰も、二十点は取らない。サントスは、この日、六点しか取らなかった。
だが、相手も、伸びなかった。
最終スコアは六十四対五十一。
潮見の、守り勝ちだった。
ブザーが鳴った。
二千人が立って、拍手をした。去年の千五百人より、厚い音だった。
コートで、選手が肩を組んでいる。
その輪の中で、東が、まだ真っすぐ立っていた。膝に手をついていない。
一年前、四十分を二人ぶん走った東は、試合のあとしばらく動けなかった。
今日は動ける。
その隣で、六点しか取らなかった大男が、大して汗もかかずに突っ立っている。
郷田が、ベンチからその二人を見ていた。
腕を、組んでいなかった。
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