第47話 名簿を、寄こせ
要実はコーチ室に、外付けのハードディスクを一つ持っていった。
中に映像が入っている。
「外国籍の、候補です」
郷田学が顔を上げた。
「アジア枠じゃなく、外国籍か」
「ベイカーの、後釜です」
郷田は少し身構えた。
去年の記憶だろう。要が地味な選手を持ってきて、押し問答になる、あの構図だ。
「……で。誰を、獲れって?」
「それを、選んでほしいんです」
郷田の手が止まった。
「あなたが」
要は言った。
「選んでください」
郷田はしばらく要を見ていた。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味です。候補を、集めました。安いのばかりです。三十人ぶん、映像が入ってます」
要はハードディスクを机に置いた。
「この中から、あなたが、一人選んでください」
郷田はそれを見た。だが、手を伸ばさなかった。
「オーナーさんよ」
「はい」
「いる奴を決めるのは、あんたの仕事だろうが」
一月に、郷田が言った言葉だった。
使う奴を決めるのが俺の仕事だ。いる奴を決めるのは、あんたの仕事だろうが。切るなら切れ、名簿を寄こせ、と。
要はそれを覚えていた。
「あのとき、あなたは、そう言いました」
「ああ」
「今日は、逆です」
郷田は答えなかった。
「俺は、安い外国籍を、探せます」
要は言った。
「値段のついてない選手を、拾うのは、できる。……でも、その中の誰が、うちのバスケに嵌まるかは、俺には見えません」
郷田が要を見た。
「一月に、言いましたよね。俺には、バスケが見えない、と」
「……言ったな」
「本当です。今も、見えません。三十人の映像を見ても、三十人が走ってるようにしか、見えない」
要は言った。
「誰が、あなたのバスケに合うか。それが分かるのは、あなただけです」
郷田はハードディスクを見ていた。
八年、この男は、東京から降ってきた名簿で戦ってきた。選ぶ側に回ったことがない。
「……押しつけて、こないのか」
「はい」
「あんた、東のときは、押しつけてきたぞ」
「あのときは、数字がありました。今回は、俺には、その数字も無い」
要は言った。
「だから、頼むしかないんです」
郷田はそれ以上何も言わなかった。ただ、ハードディスクを手のひらで一度、包んだ。
要はコーチ室を出た。
出るとき、郷田はもう一台目の映像を開いていた。
要が渡したのは選手ではなかった。八年ぶりの選ぶ権利だった。
それは、外れたときに背負う重さと、同じものだった。
翌朝、要がコーチ室に行くと、郷田はまだ映像を見ていた。
目が赤い。三十人ぶんを一晩で回したらしい。
机の上に紙が一枚あった。郷田の字で、番号がいくつか書いてある。そのうちの一つに丸がついていた。
「決めたんですか」
郷田は画面を止めた。
一人の選手が映っている。大きい。だが、動きは地味だった。点を取る場面がほとんど無い。
「ダリオ・サントス」
郷田は言った。
「三十一歳。どこの一軍にも、定着してない。……安い」
「なぜ、この選手ですか」
郷田は画面を指した。
サントスがゴール下に立っている。派手には跳ばない。ただ、動かない。相手がドライブで来ると、そこに、壁のようにいる。
「こいつ、点は取れねえ」
郷田は言った。
「だが、ゴール下から、動かねえ。……ベイカーが、いつも空けてた場所だ」
郷田はそこで少し黙った。
「そこに、こいつが立ってりゃ。東は、二人ぶん走らなくて済む」
「点は」
要は聞いた。
「点は、こいつがいなくても、誰かが取る」
郷田は言った。
「けどな。ゴール下に、動かねえ壁を置ける奴は、そういねえ。……こいつは、それができる」
サントスの映像は地味だった。誰も、この選手を褒めていない。実況も名前をほとんど呼ばない。
去年、要が李濬浩の映像で見たのと、同じ静けさだった。
要はその画面を見た。
要にはやはり、ただ大きい男がゴール下に突っ立っているようにしか見えなかった。
だが、郷田には、見えている。
要には数えられない何かが、この男には、はっきり見えているのだ。
「その人で、いきましょう」
要は言った。
郷田は丸をつけた紙を要に渡した。
八年ぶりに、この男が、自分で選んだ一枚だった。
「……こいつだ」
郷田はそう言って、また画面に目を戻した。もう一度、サントスの守備を巻き戻していた。
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