第164話 八試合目は、来ない
十月最後のホームの相手は、去年、第四クォーターに沈められたクラブだった。
郷田の数えた七試合の一つだった。レイが十八分で下がり、東が二人ぶん走り、それでも残り三分で逆転された。要も覚えている。
浜口はもっと細かく覚えていた。
「あの夜は、三千百人でした」
試合前の事務室で浜口は言った。
「逆転された残り三分で、二百人くらいが席を立ちました。出口の混雑を嫌ったんだと思います。……ああいう帰られ方をした夜の数字は、忘れません」
浜口の帳面にはそういう夜がいくつも挟まっている。
今日の入りは三千九百だった。
第二クォーターに比嘉が相手の胸を見てパスを一本切った。
ボールでも目でもなく、胸の向きで読んだスティールだった。速攻は自分で行かずに、走り込む宇野へ回した。二十四番の今季初得点になった。ベンチの東は何も言わなかった。言わないのが合格の意味だった。
第三クォーターまで点差は六点だった。潮見が前にいる。去年と同じ展開だった。
第四クォーターの頭、レイの十八分が尽きた。
去年この瞬間から試合が変わった。
今年はコフィが立った。
相手のエースが中へ入った。去年いくらでも通れた道だった。今年は二百一センチが立っていた。一度目ははたき落とされた。二度目は入る前に止まった。三度目から外へ回すようになった。
外には東がいた。
走っていない東は脚の残っている東だった。残り三分、去年いちばん重かった時間帯に、東の足はまだ軽かった。エースの前に半歩早く立ち続けた。ボールを持たせる前に立つ守備は、ボールを持たせてから追う守備の何倍も静かだった。
残り一分半、相手がタイムアウトを取った。
郷田は腕を組んだまま座っていた。
第四クォーターに郷田が動かない試合を、要は初めて見た。去年のこの時間帯の郷田は、交代と指示で立ちっぱなしだった。埋まらない継ぎ目を采配で埋めようとしていた。今年、継ぎ目は編成で埋まっていた。
采配の要らない五分が静かに流れた。
タイムアウト明け、相手のエースは外から打った。中に道が無く、東の前に間が無く、残っていたのはそこだけだった。落ちた。リバウンドはコフィが押さえて志水に渡した。
七十四対六十六。
去年の借りを派手さのない形で返した。客は最後まで残っていた。二百人が立った去年の残り三分は、今年、誰も立たなかった。
帰り客の列の外で鍬形が炭を落としていた。
「兄ちゃん」
鍬形は要を呼び止めた。
「今年は、炭が早く無くなる」
「……仕入れを、増やしてください」
「増やしてる。それでも無くなる」
鍬形は火消し壺の蓋を閉めた。文句の顔ではなかった。炭の減りで景気を測る男の報告の顔だった。
試合後、和久井が画面を要に向けた。
「第四クォーターの失点、今季ここまで平均十四点です。去年は十九点でした」
「五点ですか」
「五点です。一試合五点は、順位に直すと、たぶん四つか五つぶんです」
和久井は言った。
「それと、これを」
画面が切り替わった。去年の七試合と同じ形——レイが下がった直後の五分で、十点を超えて失点した試合——を数える欄だった。
今季の欄は空だった。
「八試合目は、まだ来ていません」
和久井は言った。
「十試合終わって、七勝三敗です」
浜口が月末の定点をまとめた。
「十月の平均、三千八百です。去年の同じ時期より四百多い。……線まで、五百です」
浜口は工程表の隅にその数字を書いた。
「要さん。言いにくいことを言います。この勝ち方で、あと二百は来ます。でも、五百は来ません。勝ちで埋まるぶんは、もう埋まりかけてます」
「はい」
「線の上に届くには、勝ち以外の理由で来る人が要ります」
要はうなずいた。
「作ります」
要は佐伯を呼んだ。
「次のホームで、試合以外に何を楽しみに来ているか、聞いてください。札を出していない人にも。僕も聞きます」
佐伯が手帳を開いた。
李濬浩の札は残す。本人にはそう答えてある。
まだ決まっていないのは、あの選手がこの町で何をしたかを、札とは別に残す方法だった。
要は浜口の紙を裏返した。山根と書いた。その下に陸と書いた。
名前と、理由。
――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。
ページ下の★評価も、続きを書く力になります。




