第130話 一桁、違った
十日後、和久井が数字を持ってきた。
紙は一枚だった。一枚で足りる数字だった。
「有料会員、二百十四人です」
要はその数字を見た。
目標は二千人だった。
一桁、違った。要はその一桁をしばらく見ていた。
二千人と、二百十四人。要が見込んだ数ではなかった。見込みは、和久井が「信用するな」と言った数字だった。要は、その信用するなと言われた数字さえ、大きく下回っていた。
「内訳を、出しました」
和久井が二枚目を置いた。
「二百十四人のうち、住所が潮見市内の方が、百四十九人」
「……市内」
「はい。市外・県外の新規は、三十一人です。残りの三十四人は、市外ですが、去年、会場に来た記録があります」
和久井は、紙の下のほうを指した。
「もう一つ。申し込みの紙で、リーグの配信を使っているかを聞いてあります。二百十四人のうち、百二十人が、使っています」
「……」
「同じ試合を、二つの画面で、買っている方です」
要はその三十一という数字をしばらく見ていた。それから、百二十を見た。
町の外に作った客が三十一人だった。千五百万をかけて、三十一人だった。
「もう一つ、あります」
和久井は三枚目を出した。要はそれを見たくなかった。和久井が三枚目を出すときは、たいていいちばん見たくない数字だった。
「先週のホームゲームの会員の来場率です。二百十四人のうち、会場に来たのは、六十八人でした」
「……去年は」
「この百四十九人の去年の来場は、一人あたり、平均で年八試合です。今年は、いまのところ、五試合ペースです」
和久井はそこで一度止まった。
「配信があるから、行かない。……そういう方が、出ています」
事務室が静かになった。
浜口が、電卓に手を伸ばして、途中でやめた。叩くまでもない、と分かる数字だった。
「要さん。会場に来ないと、屋台も、グッズも、動きません」
「はい」
「千五百円の会員が一人増えるたびに、三千三百円の客が、一人減る可能性があります」
浜口は言った。
「これ、取り合ってます。町の外じゃなくて、町の中と」
要は答えなかった。
町の外に三十一人。その代わりに、町の中の屋台の前に立っていた人が、家の画面の前に座り始めていた。差し引きが合っていなかった。
三年前、要が客単価を上げたときは、誰も席を離れなかった。屋台で金を使う客は、席にも座っていた。二つは同じ人だった。
配信は違った。画面の前に座る人と、屋台の前に立つ人が、同じ人だった。片方が増えると片方が減る。要が三年、足し算で増やしてきたものが、初めて引き算になっていた。
その日の午後、要は一人で二階の正面のカメラの位置に立った。
そこから見えるのは、コートだけだった。
カメラのレンズには屋台が映らない。札の壁も映らない。試合後に子どもが走るのも、その前に親が三十分待つのも、映らない。李濬浩の隣の席に座る子も、映らない。
映るのは、B.ONEの十七位のクラブの試合だった。リーグの画面に、もう映っているものだった。
それを、月千五百円で、もう一度売っていた。
映っても、食えない。鍬形の一言が、二階のカメラの高さで、もう一度聞こえた気がした。
――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。
ページ下の★評価も、続きを書く力になります。




