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当初予定していた曲は四曲だったところを、当日本番直前に無理を言って(といってもPAさんから「妥協して……三曲ですね。MCは最低限にして。……みちるちゃんの体調面を考えるなら一曲だけと言いたいですが、タイムスケジュールを動かすのはこれが精いっぱいです。本当ならライブなんてやってる場合じゃないんですけどねこいつ」と頭を突かれながら言われた)にしてもらった。
スケジュールを無理に調整するので当然他のバンドにも迷惑がかかる。
殴られるの覚悟で他のバンドの人達にお願いして、頭を下げて回ったけど……なぜか快く受け入れてくれた。
ありがたいけど、何故? 確かに普段サポートに入ったりしてるけども、それも対価を貰っての事だからいつものお礼、って言われても私、助かるけども困惑のが勝るんだが!?
ライブは無事に成功。来てくれたみんなに、見てくれてた他のバンドの人達。みんなが私達のライブを祝福してくれた。今後チケットが全部売れるかは分からないけどもね。
とにかく大団円、めでたしめでたしよかったよかった……で終わればよかったのだけれども、そうは問屋が卸さなかった。
ライブ終了後、私がぐねった足がとんでもないことになってた。内出血でなんか肌の色が紫色の部分が増えてたし、サイズが二倍になったような気すらする腫れ具合になっていた。まあエフェクターとか操作しまくったもんね、ライブしてる間。痛み? 凄い感じてたよ。
おまけに右腕もあまり適切な治療をしていなかったから、というか応急処置で動かしてたからってのもあったんだろうけど……ライブ終了後、ここもなんかすっごい腫れた。蜂に刺されたみたいな……っていうと一回り小さいから少し違うけど、とにかくすごいことなってた。
この後打ち上げの予定だったんだけど私のせいでキャンセルに。別に私抜きでやってくれてもよかったんだけれど、はくりちゃんもりんさんも、頑として全員でやりたいとのことで打ち上げは後日に延期。私がいないと意味が無いなんて言ってくれて、本当に嬉しい話だ。
原因は私なのでもちろんみんなに頭を下げて、帰りがけに適当に湿布でも買おって帰ろうとギターを背負っていたら……足立山さんに呼び止められた。
ああ、そういえば高橋さんの病院に行く約束してたんだ……と思い出すのもつかの間、高橋さんと運転手さんに連行されて、高橋さん家の車に乗せられた私。
自宅で私の帰りを待っている足立山さん。私は今……怒り心頭の高橋さんと一緒に、レクサスに乗っています。
どうしてこうなったんだろうね……?
高橋さんの膝に私の足を乗せられて、コンビニで買った氷で冷やされながら見ていて怖い無表情で私の顔を見つめ続けてる足立山さん。
左手で腫れた右腕に氷を固定しながら、私はその目をそらさずに見つめざるを得なかった。前世の職場だと少し目を逸らしただけで根性焼きされたものだ、お局に。その習慣が今も私の中にこびりついている……。
無理やり素手でやらされてたトイレ掃除が安寧の時間だったとかいう意味不明な環境だったからなあ、私の前世……。
「……永井さん。何故私が怒っているか、わかりますわよね?」
「……おっ、遅れるのに……れっ、連絡……しなかったから……?」
前世で務めていた会社の経験から予測して言ってみた。
始業開始三十分前に遅れる際は連絡をしないといけなかったし、連絡入れてもハイヒールで足踏みつけられたなー。あれのせいで一時間前行動が身に沁みつきすぎて落ちなくなっちゃったし……。
そんな早くに出社して何をやるのかっていうと、営業に行ったり電話したりする優先リスト作ったりとか、掃除とか、今日の予定をメモして確認したりとか……自殺する人が出ても誰も気にしないちょっとヤバい会社だったなあ。
と前世の事を思い出しながら言った私の言葉を聞いて、高橋さんの眉間のしわが濃くなったので間違った事を言ったと悟った。
「えっ、あのっすみません。私が間違ってました許してください本当に申し訳ありません」
「……何故、私が怒っているのかお分かり?」
「……ごめんなさい」
高橋さんの言葉に、そっと目を逸らす。本当に心当たりがないから。
えっと、遅刻は……しなかった、よね? いつもよりかなり遅くはあったけれども、練習時間にはきちんと間に合ってた。うん。
出血も別にしてはいなかったから、床を汚したって可能性も無し。ライブは……あっそうかライブ!
「よっ、よりによって本番でコードミスを多発させてしまい申し訳ありませんでした二度とこのようなことが起こらないよう痛みに耐えられるよう慣れるよう頑張りますのでどうかご容赦くださいませ」
「それやったら絶縁しますわ」
「ヒィッ……ごごごごめんなさい!!」
睨まれた。すっごい表情で睨まれた!! えっなに間違った事言った私!? ヤバい、分かんない……噓でしょなんだったの社会人経験の記憶糞程役に立たないじゃん!!
「……私が怒っているのは、何故無理をしてライブハウスに来たのか、なぜすぐ病院に行かなかったのか、ですわ」
高橋さんに見限られると思って不安になって謝罪の言葉を並べたものの、なんだか……凄い可哀想なものを見る目になった高橋さんから、ため息とともに怒っている理由を説明された。
「えっ、なんで……?」
説明されたけど、その意味は分からなかった。何故それが怒る理由になるんだろ……。
練習時間に間に合わせたから練習に滞りは無かった。本番ではいつもより多めにミスをしてしまったけど、私が抜けたせいでサポートの人に頼むなんてことをさせないで済んだ。
少なくとも前世での会社員時代はそれが普通だったぞ!?
「ら、ライブ前の練習に遅れそうになってましたし……そうしたら、ぞぞっ、ゾディアック・クラスタのみんなにも、ほっ他のバンドの人達にもめい、迷惑かかりますし……」
「迷惑をかけてもいい事例、というものがありますのよ」
「迷惑を、かけても……いい……?」
高橋さんの言葉が全く理解できない。そんな事例無いでしょ。
遅刻したら大声で説教され殴られて減給させられて、仕事でミスしたら大声で怒鳴られて殴られて減給され、セクハラ訴えたらもみ消されてイジメられて減給させられて……迷惑をかけるってのは、つまりそういうこと。必ず何かしらのペナルティが課せられる。
だから迷惑をかけてはいけない。迷惑をかけるくらいなら、死んだ方が良い。それが正しい、筈なのに……。
「……永井さん。私は、少し遅刻して練習が遅れるよりも、貴女が傷つく方が……ずっと、辛いですわ。それは角田さんも、谷野さんも同じ筈です」
そう言って、高橋さんは私の手を両手で包み込むように握って、涙を流していた。
何故高橋さんが泣いているのかは分からなかったけど、私の為に泣いてくれているってことだけはわかった。
私が傷つく方が、傷ついても放置する方が迷惑をかけてしまう……って事だろうか。仕事に支障が出る、って訳でもないけど……よくわからない。
わからないけど、高橋さんを泣かせたい訳ではないからなあ……でも、どう返せばいいんだろ。私の為にこう泣いてくれた人、初めてだからさっぱり分かんない。いやお母さんが「あんたなんて産むんじゃなかったー」って泣いてたことはよくあったけど、あれとはまた別の涙だと思うから……。
ヤバい、変な汗が出てくる。前世含めて一番追い詰められてるぞ今の私……!!
「あっ、あの……たか、はしさん」
「……永井さん」
「……つ、次は、心配させないよう、頑張ります」
「……隠すって意味じゃありませんわよね?」
高橋さんの言葉に、私はそっと目を逸らした。




