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 ライブハウス『TRITONE』のステージ、よく知らないけどくすりと笑える歌詞を歌うバンドを眺めながら、俺の隣にいる『Pitohui』のリーダーであるくろこがふと心配事を呟いていた。


「みちるちゃん、大丈夫かな……」


 ひとみと永井みちるから買ったチケットで入ったのはいいものの、野外ライブで凄い演奏を聞かせてくれたものの、くろこは未だに心配が勝っている様子だ。

 俺は手元の珈琲を揺らしながら、意味のない心配をしているこいつを横目見て鼻で笑う。


「あいつよりお前の方が緊張してんじゃねえか?」

「だって……みちるちゃんだよ?」

「あいつは……ことライブに関しちゃ、そこまでヤワじゃねえよ。少なくとも、まだハコでライブは早いってビビるようなお前よりはな」


 一週間前の出来事を思い出しながら、俺は珈琲を飲む。


 実際、あの度胸にはびっくりした。バンドに参加したひとみが野外ライブを行ってチケットを売るあいつの行動力を考えれば納得できるものだったけど……永井みちるが白昼堂々、それも生徒の前で堂々とギターを弾くのは、正直予想できなかった。

 あんな今にも自殺しそうな顔をしている女が、だ。


 だが見事にやってのけたのだから、心配なんてしたらむしろ逆に失礼ってもんだ。


「……にしても、ここって決行治安悪いってのに結構いるもんなんだな、顕花の奴ら」

「そうだねー。正直、場所調べて来ない子がいっぱいいるんだろうなーって思ってたけど」


 『TRITONE』のある場所は正直、お世辞にも治安がいいとは言えない場所だ。金持ちのボンボンばかりが通う学校である顕花高校の子であれば、俺みたいなはみ出し者でもねぇとしり込みするぐらいには治安が悪い。


 つうか俺も場所を調べた時はちょっとしり込みした場所だ。ひとみの奴、よくここに通ってるな……。


 だが意外にも、今この場には……俺よりもここに来るのは怖かっただろう。あの時二人のライブを見ていた顕花高校の連中がかなりの数いた。

 ひとみの取り巻きの奴らや、あの野外ライブでチケットを買った奴。そして見ていた奴も、今か今かと永井みちる達の登場を待っている。


「……あれくれぇの影響力が必要かもなあ、うちのボーカルにも」

「無茶言わないでくれる? 高橋さんのあの才能は努力どうこうでどうにかなるものじゃないよ」


 俺の軽口にくろこが反論する。正直俺も自分で行ってて無茶にも程があるな、とは思ったが……自分の実力をしっかり理解しているのは利点ではあるが、欠点でもあるな。少なくとも、そう感じさせるだけの潜在能力はあるんだが……。


 ……っと、多分次くらいか? と思っていると、歌い終えたのかステージからはけて、入れ替わるようにひとみ達が出て来た。


「永井さん来た……えっスーツ?」

「かっこいい……」

「お姉さま、頑張ってください」

「あれがりんの言ってた幽霊(ゴースト)か……どれほどの腕なのか」


 盛り上がる永井みちる達ゾディアック・クラスタ目当てに来た学生の子達。その後方で、ライブを終えただろうステージ衣装に身を包んだ他バンドの人達が満足げに頷いている。後方師匠面ってやつだなあれ。


 案の定緊張している様子のひとみ。永井みちるは自然体……つうか学校で見かけた時よりも力が抜けてるように見える。

 他の女は……金髪の明るそうな奴に、銀髪の明るそうな奴。全員スーツで決めてるってのにその下からパーカーの耳を生やしてる奴。


 俺に気付いたひとみが手を振ってきたので適当に振り返してやる。ヴァイオリン演奏とは違う環境での演奏、ありゃ緊張しちゃあいるが慣れている緊張だな。


 ……あん? あのひょろっこいの、永井みちるだよな……? なんか、歩き方が妙だぞ?


「……健司、気付いた?」

「……ああ。ありゃ、足に怪我してやがるな」

「……それもだけど、右手。ギターを持つ手が左手に重心をかける感じになってる」


 ……それには気付かなかったな。無駄によく見てやがって怖いわ。

 俺以外にも違和感を抱くやつはいるみたいで、観客側が少々ざわついてやがる。なんならバンドマンらしい奴らのが動揺しているな。


 ……俺達の見間違いじゃねえ、ってことは……あいつ、怪我した状態でライブに望むってのかよ。


「みちるちゃん、なんでそんな無茶を……」

「……チケット買ってくれた奴らを裏切りたくねぇ、ってことか?」


 くろこの言葉に続けるように俺が予想してみる。確かに色々と抱え込んでいたり、無理な時にも「大丈夫です」なんて言いそうな奴ではあるけどもよ……。

 いや、無いな。ひとみは医者の家系、もし永井みちるがそうならひとみが止めている筈だ。


『ゾディアック・クラスタ、初のライブ見に来てくださり感謝いたしますわ!』

『まあライブ初なのはボーカルだけだけど』

『正直「また君達か」って思われてそうだからねー』

『そこっ、うるさいですわよ!!』


 マイクに乗ってかけられる、ひとみの簡単なMC。ひとみに茶々を入れたベーシストとドラマーはひとみとは対照的に、緊張した様子が一切無い。つうか、緊張しているのはひとみ一人だけだ。

 最初は永井みちるも応援しようと思っていたんだが、この様子だと別に必要そうではないな。


『……こほん、それでは拝聴くださいませ──ゾディアック・クラスタで、いきたくない』


 不穏なタイトルを読み上げ、ドラマーがビートを刻み、永井みちるとベーシストが腕を振り下ろした瞬間──今までの思考も、声も、くろこが隣にいることすら忘れて、音楽に取り込まれた。

 いや、飲み込まれた……と言った方が正しいかもしれない。手元の珈琲すら飲むのを忘れて、自然と体がリズムに乗って動いてしまう。


 優れた音楽は人間の感情を引き込む、なんて言うが……これは引きこむなんて生易しいものじゃない。引きずり込まれる、だ。

 何より、ギターが……永井みちるのギターが恐ろしい(・・・・)。曲の裏のテーマを裏返して見せつけられているようだ。


 やがて、一瞬とも思える永久が鳴りやんだ。


「……これが、永井みちるのバンド……?」

「ちょっとこれは……私達とは、レベルが違いすぎるね」


 くろこの言葉に、俺は思わず頷く。

 ここまでレベルが高いと、もはや認めたくねぇ、なんてすら思わない。

 

 今まで聞いてきたバンドも、当然だが俺達みたいな学生バンドよりレベルが高かった。だが永井みちるのバンドは……なんつうか、格が違った。


 ひとみは……ギターの腕はまだ俺より上だ。だが俺はギターで、あいつはギターボーカル……だっていうのに、ギターの腕が俺に近付きつつあると思えるのが恐ろしい。おまけに歌声も、まるで本当に歌詞の通りの気持ちを抱えているように感じさせやがる。絶対あんなの抱いてないってのに。


 ベース・ドラムも、まるで機械のように精確だ。人間特有のブレが、まるでわざと入れてるかのよう。少なくとも、あんな歳の奴らがやれるような演奏じゃねえ……全くブレることなく、リードしてやがる。


 そしてただでさえ質の高い演奏だってのに、それを引き立て、引き上げるキーボード。ただでさえ豪華な演奏を更に二段階ぐらいランクアップさせやがる。


 そして何より、ギターだ。永井みちるのギターには、なんというか……引きずり込まれる演奏だ、としか言えねぇ。本当に凄いものを前にしたら、人間何も言えなくなるんだなと……今回で初めて実感した。

 ぶつけられたのは、特大の殺意……いや、狂気か? わからねぇが、鳥肌が立ち本能的に恐怖するようなギターだった……。


「怪我して本調子でない状態であれかよ……」

「……正直、野外ライブの時に引き込まなくて失敗と思ってたけど……あれをうちに参加させてたら、全部塗り替えられてたね」


 くろこの言葉に思わず同意する。

 決してPitohuiの実力を過小評価している訳ではない。顕花高校で一番上手いバンドは俺達だって自負があった。

 ……が、これを見せられたらその評価も撤回するしかねぇな。


「何者なんだ……あいつ」


 後方師匠面してる奴らはさぞ得意げな顔をしているんだろうな……と、バンドマンらしき奴らの顔を見てみると、奴らも目を見開いて、口をあんぐりと開けてやがった。


「永井ちゃんの色を出したら……あんな演奏なるんだ……」

「サポートに入るバンドの色に合わせてくれてたんだな……永井ちゃん……」

「本気でやられてたら色全部塗り替えられてたわこれ……」


 お前らも知らなかったのかよ!! 後方理解者面みたいな顔してて!!

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