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「今日はよろしくお願いしますわ……ってあら? 永井さんはいませんの?」
「えっ、高橋さんと一緒じゃなかったの?」
今日は待ちに待ったライブハウス『TRITONE』でのライブ! 出番自体はもう少し……二時間後くらい? らしいのですが、それまではスタジオをお借りして練習あるのみ!! ということで私も意気揚々と、永井さんに最後の練習を付き合ってもらおうと思ったのですが、そこにいたのは男性用のスーツを着た、男の人にも見える女性のバンドメンバー、岡村かおるさんでしたわ。
「先に向かってる……とメッセージが来ていたので、てっきり永井さんも着いている頃だと思ってましたわ……」
「あれっひとみん一人だけ? みちるんは?」
「みちるが一番最後なの珍しい。いつも一番最初にいるのに」
先についている筈の永井さんの姿がいない……というのに、私の背後からスタジオの中を覗きながら、角田さんと谷野さんが顔を出しました。
……普段の永井さんの様子は知りませんでしたが、いつも一番最初にいますのね。骨の髄までのギター好きですから納得ですが。
……ですが、今日はその永井さんがいません。いったいどういうことなのでしょうか? もうスタジオ練習、始まってもおかしくありませんのに。
「……みちるも遅刻することはあるよ。それよりひとみ、ネクタイ結べる?」
「だからワンタッチで付けられるのにしときなって言ったんだよ」
前が短く、後ろがびろんと長くなっている茶色のネクタイ……随分渋い色選びましたわね!? を見せながら、悪戦苦闘としている様子ですわ。
角田さんはシルバー、岡村さんは黄色と髪の色に合わせたネクタイですのに、なぜ谷野さんはこの色を選んだのでしょうか?
まあ パーカーの上にスーツ……いえ、良いのですが、それと茶色のネクタイはミスマッチな気が……。
まあいいですわ。谷野さんが選んだんですもの、それを尊重しなければなりません。
しかし……ネクタイ、どう結んでいたかしら……? あれっ? えっと……これ後ろに回らないと駄目ですわね。向かい合いながら結ぶの無理ですわ。
「谷野さん、後ろから失礼いたしますわ」
「うん、大丈夫……あの、当たってるんだけど」
「大きいから当たるのは当然ですわよ?」
なに男の子みたいな反応してますの谷野さん? まあいいですわ。えっと、これを……この中に……よし、後は引っ張ってー……我ながらいい仕事をしましたわね。完璧ですわ。
結び終えたので腕を解いたら、姿見の前まで行ってネクタイを確認する谷野さん……出来は満足だったのか、何度か頷いて私にサムズアップをしてきましたので、同じくサムズアップで返しますわ。
「完璧」
「当然ですわ。必死で覚えましたもの」
誰かにやってもらうのに慣れてしまいますと、一人の時に出来なくなってしまいますものね。まあ、最近はネクタイを結べなくても問題ないアイテムも出ているみたいですが。
……しかし、こうして揃ったのに、永井さんだけ姿を見せないのが気になりますわね。
遅れるのであれば連絡をしないお方ではありません。なんなら待ち合わせ時間一時間前から遅れるかもと連絡をする方です。その時は結局町泡汗の三十分前に合流していましたが。
……なので、異常事態ですわね。永井さんが待ち合わせの時間にこうまで遅れるなんて。
「ひとみん、みちるんと電車は一緒じゃないの?」
「学校からですと一緒になりますが、ここからですと最寄り駅は左右反対になってしまいますわ」
「というかお嬢様も電車乗るんだね」
「……電車の方が早く着きますの」
やはり都会というのは渋滞が起こりますもの。朝の準備などを考えると、より時間に余裕を作れる電車になってしまうのは必然ですわ。
もう少し交通の便がいい所でしたら、車で通うことができたのですが……谷野さんも角田さんも、岡村さんも永井さんがどこにいるか知らない様子。ちょっと不味い気がしますわね。
「無事か確認の電話を──」
「すっ、すみません! おくれっ、遅れました……!! すみません! ごめんなさい!!」
「あっ来た」
私がスマホを取り出し永井さんに電話をしようとした瞬間、永井さんがようやく姿を現しましたわ。
遅れてしまったということもあり責めると可哀想になるくらい謝り続けていますが……心配こそすれ怒ってはいませんのに。
……気のせいかしら。永井さん、右足を引きずるように歩いているような……?
「もー、遅いよみちるんー!!」
「ごっごごごごめんなさい! あのっ、賠償金いくらくらい払えば……えっと、確か相場は一万」
「いらないいらない! 怒ってないから! 心配しただけだから!!」
冗談交じりに行った角田さんの言葉を本気で受け取り、自然と財布を取り出す永井さん……その悪い癖、なんとかならないかしら。見ていてすごく痛々しいですもの。
なんとか財布を収めさせられた永井さん、もう充分謝ったというのにまた深々と頭を下げて謝り、ギターを取り出しますわ。
……少し躊躇しましたわね、今。
「おっ、遅れてしまった分は練習してとりもっ、取り戻しますので……あの、はい! 頑張ります!!」
「その頑張りは本番まで取っておきなよー永井さんー」
「……永井さん、少しよろしいかしら?」
「えっ、はい! えっと、なんでしょうか……? あっ、やっ、やっぱり入りますよね……ペナルティで、お支払い……」
「それはいりませんわ!!」
永井さんの財布を納めさせたらでは何? といった感じできょとんと首を傾げますわ。
ちょっともう疲れたところはありますが……ここで疲れたからといって流すには、少し気になり過ぎますのよね。右足を庇うように歩く様子に、ギターを取り出す際に顔を歪めておられました。
「右足を出していただけます?」
「足……あっ、足!? えっと、その、足はちょっと」
「出しなさい」
「……はい」
永井さんに強く言うのは少々憚られますが、そう言ってられません。
観念したように右足を出してくださいましたので、靴を脱がせ、黒の靴下も脱がせますわ。
「えっ、みちる……!?」
「どうしたのそれ!?」
永井さんの足の様子を見た途端、角田さんと谷野さんが驚きに顔を青くさせます。……半ば確信していた私も、少々驚いたくらいですから当然ですわね。
一回りほど大きく腫れている足。靭帯にあたる部分が毒々しく青紫に変色しています。内出血を起こしている証拠ですわ。
私の見立てでは二度損傷、といったところですわね。折れてはいませんが、恐らく走れない程痛みが生じている筈。駅からここまで十分程度の距離、歩くのでやっとといったところかしら。
「……永井さん、すぐ病院へ行きますわよ。早く処置しないと長引きますわ」
「だっ、駄目です……!!」
このままでは運動やバイト、ギターのエフェクター捜査にもに差し障りがあるといいますのに、永井さんからの返答は拒否。というより……拒絶ですわね。
「病院行っておきなよみちるん……ライブは、理由話したらみんなわかってくれるって」
「うん、手遅れになる前に行った方が良いと思う」
「永井さんバイトもしてるんでしょ? 早く治さないと大変なことになるよ?」
永井さんの拒否に、他のメンバーも説得に回ってくれましたわ。
ですが永井さんの意思は固いようで……首を横に振るだけ。……説得が難しそうですわね。
「あの、病院は……本当に不味いです。その、チケットを買ってくださったみんなが来てくれるライブ、台無しにしたくないです……あっ、あと、その、病院に行くとなると、学費が貰えなくなっちゃいますので……」
「……学費が?」
……そういえば、永井さんが私の前で吐血した時も、少し異常と言えるほど病院に行くのを拒否していましたわね。
病院に検査に行くのと学費が貰えなくなるの、どう繋がっているのかわかりませんが……とにかく、ただ事ではない様子。まあ本命はライブを抜けたくない、のところにあると思いますが。
まあ、今はそこはいいですわ。問題は、永井さんの意思が折れそうにないところ……このまま言い続けても、説得できそうにありませんもの。
……でしたら、仕方ありませんわね。
「……仕方ありません、ライブは決行いたしましょう」
「えっ、ちょっひとみん!?」
「ひとみ、いいの?」
「永井さんにとってライブは、自分の身体より大切なイベントなのでしょう? でしたら、やらせてあげた方が良いですわ」
「たっ、高橋さん……!!」
「ただし、ライブが終わったら私の家族が経営している病院に行くこと。いいですわね?」
まさしく希望から絶望へ、の良い参考例になりそうな表情を見せてくださった永井さん。
まあ、この反応は予想がついていましたわ。ただ、私が思っている以上にライブに出てもいいという条件は大きかったらしく、「退学……でもライブに出られるし……いいかな」と揺れています。退学はよくありませんわよ永井さん!?
「安心してくださいまし。あなた一人が通院・入院する程度の情報を握りつぶすなぞ造作もないことしてよ。……ですから、ライブが終わったら必ず、私に付き合っていただきますわ」
「……はっ、はい」
永井さんの肩を掴んでそう説得すると、納得していただけたのか頷いてくれましたわ。
少し脅迫じみていたところもありましたが、まあ……そこは、はい。強情な永井さんが悪いんですもの、仕方ありませんわ。
「……凄いバンドに参加しちゃったなあ、ボク」
……岡村さんが引いているような気がしましたが、ええ、気にしないことにしますわ。




