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りんさんからの提案、というかお願いを了承した訳だけど……さて、どうしよう。
というのも私、自分専用のパソコンを持っていないんだよね。社会人時代に徹底的に、この場合テッテ的と言った方が文法的に良いんだっけ? に叩きこまれた『社会人たるものどのような無茶ブリにもNOと言ってはいけない』という洗脳が沁みついてて……断ることが、断ることができなんだ……。
正直あの教えが私の利点になったことは一切なかったなあ。なんて思いながら、キッチンの前にたたずんでいた。
足立山さんにどう打ち明けて、どうお願いすべきか……元の家にいた際、唯一私の趣味であるギターを受け入れてくれた、というか今世で一緒にセッションした初めての相手が足立山さんなんだけど、流石に曲を作る為にパソコンなんて買うのも使うのも金のかかる代物をおねだりする訳には……電気代、多分凄いことなるからね……。
やはり土下座? 土下座か? でも私、家を追放された人間な訳だから……この頭を下げたところで、果たしてどれほどの価値があるというのか。
「うぅん、どうしたものか……りんさんに土下座して許してもらうしかない……?」
「あれ、どうしたんすかお嬢? そんなところで立ち尽くして」
「うひゃあおう!? あっ、あああ足立山さん!?」
「はい足立山っす」
気付いたら私の背後に足立山さん……(字余り)。手にはいっぱいのレジ袋、あれ私に買い物頼んだんじゃなったっけ? と思ったけど、中身は……電池とか生活用品とかでいっぱい。なるほど、これは私にも買い物頼むわけだ。この家じゃ買い物するの、私と足立山さんだけだからね……。
私の反応に面白そうに笑う足立山さん、笑いごとじゃないの。私の心臓バックバクすぎて壊れそうなの。びっくりさせないで、ノミよ? 私のメンタルはノミくらいよ?
家政婦たるもの、家主を不快にさせない為物音を立ててはいけないとかで静かに忍び寄るのが癖付いてるとかなんとか言ってたけど……絶対その癖、家政婦の必須スキルじゃない。暗殺者とかそっち系のスキルだって。
「で、どうしたんすかお嬢? 何か悩んでいる様子っすけど……バイト先でなんかあったんすか?」
「あっ、いえ、全然……皆さん私に良くしてくれますので」
「となると……バンドメンバーと揉め事とか? イジメとか、ヒエルラキーで差別するとかあるっすからねぇ」
「あっ、えと、全然それも大丈夫です。むしろみんなに介護させてしまって申し訳ないくらいと言いますか」
あぁ~~~~……足立山さんの目が、目が懐疑的になってきてる……!! 大丈夫、イジメられたりとかしてないから。説得力無いかもだけど。毎朝ゲロ吐いてる人間が「イジメられてない」なんて言っても説得力皆無だろうけど!!
なんて説明したらいいか分からず迷って言葉に詰まっていると、かしゃりと音が鳴った。足立山さんがレジ袋から手を離したみたい……。
えっ何事? と思って足立山さんの顔を見上げようとした瞬間、なんか不意に抱きしめられた!? なんで!?
そのままなんか優しい手つきで私の頭撫でられてるし、えっ、ええーっ……何事……?
「大丈夫っすよ、お嬢。ウチはお嬢の味方っすから。もしイジメられてるってんなら、学校もバイトも、全部辞めちゃっていいっすから」
「あの、待って足立山さん」
「大丈夫、大丈夫っす」
「なにも大丈夫じゃありませんから! あのっ、違うんです! 本当に違うんです!!」
あぁ~~~~!!!! 完全に私、イジメられてると勘違いされてるー!!!!
そうだよね!! 最近色々環境が変わった人間が思い詰めていたらそりゃそういう反応になるよね!!
とっ、とりあえず誤解を解かなきゃ……あの職場を辞めさせられかねない!
「……本当っすか?」
「……ほっ、本当! 本当ですから!!」
もう脳が揺れて気持ち悪くなるくらい勢いよく頷く私。足立山さんはそれにほっと息を吐いて、また最後に私を強く抱きしめた。
そして先ほどまでの慈しむ、というか憐れむ? というか。なんというか、捨て犬を保護した時みたいな眼差しから一転、いつも通りの快活な、家政婦というよりどちらかというと悪友みたいな笑みに戻る。
「それなら安心っす! ……でも何か悩みがあるのは本当っすよね? あるなら打ち明けてほしいっす」
「え、と、それは……その、あっ、足立山さんにお願いしたいことがあって……」
「お願いしたいこと……お嬢がお願いしたい!? ウチに!?」
「そんな驚くことですか!?」
なんか今世紀最大の衝撃!! みたいな驚かれ方してるんだけど!? えっ、私がワガママ言う事ってそんな衝撃的な出来事だったの!? お金持ちの家に雇われていたんだから、そのくらい慣れっこの筈でしょ!?
「くぅ~~~~っ……ギターのおねだりと家賃収める以外何もわがまま言ってこなかったお嬢が、ついにようやく、子供らしいわがままを言うなんて……!! 今日は買い物行っちゃったからあれっすけど、明日はお赤飯っすね!!」
大げさじゃないかな足立山さん!?
なんか感涙流してるし……なにに感激したの足立山さん、何に。そしてなんなのそのテンション、ワガママ言われる側なんだよ足立山さん?
「で、お願いってなんなんすか? なんでも聞くっすよ!! 誕生日にもクリスマスにも何も言ってこなくて寂しかったんすからね!! 常識の範囲内ならなんでも聞くっす!!!!」
「えっと、その、ですね……ばっ、バンドで作曲をすることになったのですが、私専用のパソコンが無くてですね……」
「うんうん!! なるほど、つまりDTMを使うためのパソコンが欲しいと──」
「あっいえそうじゃなくて、それなりのスペックが要求されますので、相応の電気代もかかると思いましてその許可を……足立山さん?」
なんか、急にテンション下がった……足立山さん、どうしたの!? 口から魂抜け出そうになってるよ!?
「……お嬢」
「はっ、はい!?」
「そこはパソコンのおねだりするところじゃないっすか……なんすか電気代って。そんなの月にバイト代の半分も納めてもらってんすから、気にしないでいいっすよ。電気代なんてかかっても一万っすよ一万」
そっ、そこはおねだりされるものが高くつくものじゃなくてよかったやったーって反応するところじゃないかな!? というか、エンゲル係数で言ったらすごく高くなるからね足立山さん!?
「ウチが払った教科書代も返されて、食費は全然かからず、家事の方も率先してやってくれて、おまけにバイト代も収められて……養うつもりでお嬢引き取ったのにお金はむしろ増える始末……」
「いっ、良いことでは……?」
「過去の自分が恥ずかしくなるんすよー! 分かってくださいよお嬢ー!! 私なんてお嬢の年頃の頃なんてバイト代全部自分に使ってたっすよー!?」
えっ、ええーっ……なんで私怒られてるの……? いいこと、だよね? お金が増えるって……。
しかしこの反応……もしかして、普通にパソコン買っちゃってもいい、ってことなのかな……? 電気代のことは気にするなって言ってくれてるみたいだし……。
「えっと、ぱ、パソコン買っても、いいんですか……?」
「買うっすよ! 買って曲作るっすよ!! なんならウチが出してもいいんすよ!? お嬢のお陰で全然お金減ってないんすから!!」
「あっ、えっとそれは自分で買いますので……貯金ありますので……」
「なっ、おっ、お嬢……お願いっすから、お願いっすから……」
足立山さんがワナワナ震え出した……えっ、駄目だった!? 私がお金出すの駄目だった!?
「私に貢がせてくださいっすよーーーーー!!!!!!!!」
……私、足立山さんのことが全然わからないよ……。




